術書

「昨日、セツナから聞いたよ。イチゾーの授業料はそれ・・にしようか」


 翌朝、カズキと共に正式に報告に来てみれば寝起きの不老者イモータルはパジャマ姿で弟子に髪を梳かされながらそんなことを言って来た。

 小さな口を、くぁ、と開けて。もう良い? もう良いよね? それで良いよね? もう二度寝しに行っても良いよね? と全身で言っていた。

 長く生き過ぎた不老者イモータルらしい怠惰。殺されると言われても、鈍くなった生存本能は刺激されない。これまでどうにかなっているのだから、これからもどうにかなると言いたげな態度に、カズキは溜息を吐き出す。


「これまでの連中も同じ様な対応じゃったが、全員死んどる。アンタ等は不老であって不死じゃねぇんじゃ。ちくと真剣に考えてくれんかのぉ?」

「? イチゾーは、その時居なかったよね?」

「……まぁ、そうじゃが……」

「なら大丈夫だよ。それとも陸軍は位階レベル肆以上を寄越してくれるの?」

「それは無理じゃが……」

「それならこの話はお終いだよ。私はイチゾーに任せる。イチゾー、出来るでしょ?」

「……話聞いた感触通りなら」


 話通りの馬鹿相手なら、とイチゾー。それを聞いて、満足そうに、ふ、とナユタが笑う。この話はこれでお終い。


「それで? その子がイチゾーに噛み痕付けた子だよね?」


 可愛い子だね、と紅茶を飲むカエデを見ながらナユタ。


「えぇ、そうです」

「蟲憑き?」

「いいえ、違います」

「そう。残念だね。多分、術師として私よりも上に成れるのに」


 まぁ、蟲憑きになれるか分かんないから仕方ないよね、とセツナ。


「前のイチゾーの授業料・・・のことだよね? 心配しなくても食べて・・・無いよ」

「そうでしょうね。貴女を見てそれは直ぐに分かりました」

「? そうなの?」

「えぇ。だってイチゾーは巨乳派だから」


 空気が、ピシッ、と割れる。

 うわ、とカズキとえもにゅーが『関係ないし』と距離を取り、セツナが何となく自分の胸を触る。ナユタとカエデは見つめ合い、イチゾーは何も言えずに、大人しくするしかなかった。


「そうなの?」

「えぇ、そうなんです。小さい頃から大きいおっぱいが大好きで……」


 最低でしょ? だから手、出さないで下さいね? と、カエデ。


「……そうなんですか、後輩さん?」

「先輩、やめてやめて」


 答えたくないからヤメテ。


「――つまり、わたしは後輩さんの『対象外』だと?」

「先輩、やめて。本当にやめて」


 どう答えても死ぬしかない質問ヤメテ。


「まぁ、不老者イモータルの先生は兎も角、子供に欲情するのはどうかと思いますし、良いんじゃないですか?」

「……」

「たまにわたしをそう言う目で見る大人の男の人、居るんですよ」

「……」

「何故かハンターに多いです」

「……深堀する気は無かったんで説明しないでくれませんか?」


 あと、先輩、そう言う人と絶対に迷宮に行かないでね?


「ふぅん? 本当にそうなんだね、イチゾーは」


 弟子のやり取りを見て、ふーん? と目を細くするナユタ。ちろ、と赤い舌が軽く唇を濡らして――肉食獣の笑顔。それを浮かべて――


「凄い必死に私のおっぱい触ってたからてっきり貧乳派だと思ってたよ」


 牙を立てる。


「は?」

「!」


 ぎゅぃ、と音を立ててカエデが見て来たので、慌てて顔を逸らす。勢いが良過ぎて、ぐき、と首が鳴ったが気にしない。それよりもカエデを見る方が今はずっと怖いから。











 どんなに怖い思いをしたとしても、働かなくてはならない。

 ギルドに貼らせて貰ったポスターに書いた店の期間は三日。カズキに借金はあるし、ポスターを貼るのにも金は掛かっているので、今日もイチゾーはブルーシートを引いて露店を開いていた。


「……」


 肩がずきずきする。またカエデに噛まれたのだ。またマーキングされたのだ。他の女がイチゾーに手を出さない様に――とのことだが、別にモテる訳でもないのに、この仕打ちは酷くないだろうか? 素直にイチゾーはそう思う。「……」。と言うか恋人でも何でも無いのに、こう言うのは良くないと思う。


「ぐぐもな、な?」

「あー……」


 恋人に成れば良いのでは? と言うニゾーの言葉に、特に意味のない呻きを上げつつ、イチゾーは昨日買い取った皿を作業用の布の上にパズルの様に並べて行く。それなりに手慣れた作業なので、あっと言う間に組み上がる。大きい部品はそろって居るが、縁の小さな欠けに対応する部品は見当たらなかった。しょうがないので埋めることにしよう。


「な?」

「……」

「ぐぐもな、な?」

「……いや、蟲憑きに成ったら俺もそうするつもりだったんだよ」


 告白とかしようと思ってたんだよ。取り敢えず高確率で訪れる死を回避出来たら「月が綺麗ですね」とか言おうと思ってたんだよ、とイチゾー。

 それは八咫烏衆で卵を呑んだ少年少女が持つ暗黙のルールの様なモノだった。『遊び』なら兎も角、『本気』の場合は蟲憑きになれる迄、告白をしない。

 何故なら蟲憑きに成れる可能性は四割。死んで恋人を悲しませる様な真似はできねぇよ! と言う空気があったのだ。まぁ、当然だが死んでしまうなら――と告白して付き合う奴等も居る。と、言うかそう言う奴の方が今は多い。

 正直、最近だと相手のいない少年の叫びの様に扱われていたことも否めない。

 でもイチゾーは何となくその考え方が肌に合ってしまったので、蟲憑きになるまではカエデとそう言う関係には成らないでおこうと思っていた。


「な?」

「いや、成ったらなったで結局死亡率がなぁ……」


 相変わらず高いので、ちょっとなぁ、とイチゾー。「……」。だから正直、昨日は危なかった。とても悲しかったが、アレで良かった様な気もする。そんな複雑な感情だ。


「ぐー、んぐ、なっ!」

「……」


 複雑な感情なので、ニゾーに○○ピー音入りそうな罵倒をされても言い返せなかった。












 金継ぎには時間が掛る。

 伝統的な技法を使った場合は三ヵ月掛かってしまう。

 これは作業量が多いから――と言うよりは乾燥時間が長いからだ。平気で一週間、二週間と乾燥時間が掛る。

 だからイチヒコはイチゾーに金継ぎを薦めたのだろうな、と今なら分かった。

 一つの作業を終えて、乾燥期間の間に迷宮に潜る。次の作業する為には帰ってこないと行けない。素直に「無事に帰って来い」と言えない不器用な小鬼種ゴブリンなのだ。イチヒコは。

 そんなことを考えつつ、皿の断面と欠けた部分をやすりで磨いて、薄く漆を塗ったら今日出来ることはもうない。イチゾーが段ボールで造った漆室の中に皿を入れたのは丁度十一時だった。

 朝食を捌き終えた屋台に再び火が入り、昼食に向けて準備が進められている。


「ニゾー、昼飯どうする?」

「あぐ」

「……食うのは分かってんだよ。何食いたいかを聞いてんだよ」

「な?」

「俺? あー……ハンバーガー、とか?」

「ぐあ!」


 コーラとの相性も悪くないので、ニゾーにも文句は無いらしい。あの新人講習を受けた結果、無くなったバーガー欲を満たす為に扱っている屋台に行く。ハンバーグを挟んでるモノもあるが、そこは串刺しされた豚一頭をその場で焼きながらナイフで肉を削いで挟むポークステーキバーガーが売りの様だった。

 目の前で焼かれる肉は最早暴力に近い。

 イチゾーは当然の様にステーキバーガーを選ぶ。変に保守的な所があるニゾーは少し悩んでから同じモノを買うことに。

 残念ながらチェーン店の様なセットはこの屋台には無いらしいので、適当に他の屋台でサイドメニューを買うことに。ポテトが無くて、蟲揚げしか無かったのでソレを買う。「……」。そう言や都市伝説にこの蟲は蟲憑きに成れなかった連中死体から取れたってのがあったなぁ。食べる前に思い出さなくても良いそんなことを思い出しながら、瓶コーラを二本買って買い物は終了。

 そうして自分の露店に戻る為に歩き出すイチゾー。その足が、ある露店の前で止まる。


「ぐな?」


 冷めるんですが? とニゾーが不満を言っているが、ちょっと売っているモノに興味があった。術書スクロール。紙に魔法を刻み、そこに魔力を流せば発動する使い捨ての魔法だ。

 それは珍しいけど、珍しくない。

 お値段が馬鹿みたいなことに成っているが、店に並んでいるのを見ることはできる。

 問題はこの術書スクロールが手作りであり、商業ギルドの鑑定書が無いことだった。


「これって本物?」


 触ってうっかり魔力を流したら大変なことになるので、しゃがみながらも、決してうっかり触らない様に注意しながらイチゾー。


「……本物に決まってるだろ?」


 もう何度も同じことを聞かれているのだろう。イチゾーと同じ位の年齢の、店主である眼鏡をかけた精霊種エルフの少年は舌打ちをしそうになりながらそう答えた。

 非常に素敵な接客態度だ。


「へぇー」


 だがイチゾーは気にしない。好奇心の方が勝ったので、ぐなぐなと文句を言い出したニゾーを無視して本格的に商品を覗き込む。

 今並べられている術書スクロールは三冊。文庫本サイズのソレはそれぞれ〈鋭化〉〈隠密〉〈加速〉の魔法らしい。「……」。ちら、と値段を見る。一万環。術書スクロールの値段としては相場よりも少し安い。安いが――


「鑑定書ねぇと売れねぇんじゃね?」


 術師、ナユタの様に自分の蟲以外の魔法を使える者よりも術書記述者スクロール・ライターは更に希少だ。作成コストも高いから値段も高くなる。

 だがソレが本物か普通の人には判断が出来ない。

 使い捨て――魔力を通すと燃えてしまうこともあり、遺物の様に魔力を流しての鑑定も出来ない。専用の設備が技能が居る。だから術書スクロールには鑑定書が必要だ。

 鑑定書無しで相場よりも安い価格だと、警戒しかされない。


「売れなくても良いんだよ」

「えーと……変わったご趣味で?」

「……うるさいなヤンキー。さっさとペンギン連れて自分の店に帰れよ」


 睨まれる。それで思い出す。初心者講習で内職してた精霊種エルフだ、コイツ。と言うことは新人。少なくとも位階レベル壱の蟲憑き。それでも八咫烏であるイチゾーの様に、或いは鬼であるカズキの様に、位階レベル以外の強さを持ったモノ。そう言うことだ。


「……」


 すっ、とイチゾーの目から温度が引く。武装を見る。大楯と――近接は無しで腰のSMG。盾で守って、SMGで威嚇しながら魔法で攻撃。そんなスタイルだろうか? そんな思考。足は鍛えていない。八咫烏の可能性は――ほぼ無い。「……」。考えすぎだな。そんな結論。だから一言詫びて自分の店に戻ってポークステーキバーガーを食べることにした。











あとがき

後半、シリアスっぽいことやってるけど――前半クソだせぇからどうしようもねぇからな、お前!!


ハイボールのロング缶を一本昼に飲んだら潰れたので投稿が遅れた。

ごめんなさい。

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