Iwato-B

 一日目の最後に、食堂のおばちゃんが割れた皿を持って来てくれた。

 後々揉めるのも嫌なので、『買い取ったモノは修繕して売ること』『その際、当たり前だが買値よりも高い売値を付けること』『修繕の後に返せと言っても返さないこと』をイチゾーはしっかりと説明した。

 以前、有ったのだ。直った皿を見て『やっぱ返せ』とか『そんなに高い値段を付けるならもっと高く買い取れ』と良く分からない苦情を言って来た奴が。

 幸いにもおばちゃんは『技術料』と言う概念を持っている人だったようで、あっさりと了承して一環と言うおにぎり一つ買えるかも怪しい金額で納得してくれた。


「ここまで持って来て貰っといてわりぃね」

「なぁに、気にしなさんな。利益じゃなくて冷やかし半分、興味が半分さね」


 それでも気になるなら今度店に来てよ、とおばちゃん。「どこの店なん?」と訊けば、ギルドなどが集まった大広場にある家族経営の定食屋を教えられた。朝も昼も夜も客で溢れ返っている店だった。


『武器は炭鉱種ドワーフ、薬は精霊種エルフ、飯屋は豚人種オーク


 そんな標語通りの店だ。「……」。元から興味はあったので、今晩行ってみるのも良いかもしれない。そんなことを思ったので、まだ夕方なので、早々に店を畳むことにした。どうせ客来ないし。

 元がスラムの孤児であるイチゾーは今一『金を払って食う食事の為に並ぶ』と言うことに馴染めない性質だった。

 ただなら並ぶ。それは当たり前だ。

 だが、金を払うのに並ぶと言うのは真っ先に『そこまでする必要ある?』が来てしまう。好き嫌いに美味しい不味いはあるが――遠征中の食事からも分かる通り、『食えればえぇねん』が根本にある。

 だから混む前に見せに行くことにした。買い取った皿を布で包んでリュックに入れて、ブルーシートを畳む。そうして立ち去ろうとしたら――


「あれ? もう店じまいですか?」


 そんな声を掛けられた。


「後輩さんの売ってるもの、見たかったのに……」

「今んとこ売りモンはねぇですよ、先輩」


 仕入れの段階です、と言いながら振り返るとセツナーー先輩。

 仕事帰りなのか、野戦服にタクティカルベストと言う戦闘装備。肩にはSRスナイパーライフル、腰には鎖の両端にダガーを付けた鎖鎌の変化形の様な武器を下げていた。


「先輩は仕事あがり?」

「はい。迷宮一つ潰して来ました!」

「お疲れ様です」

「えぇ、おつかれです」

「……」

「後輩さん、先輩がお疲れですよ?」


 可愛らしく小首を傾げながら、セツナ。


「……俺達、これから飯なんだけど、先輩も一緒に来る?」

「え? わたしと一緒にご飯が食べたいんですか? 仕方がないですねぇ、後輩さんは!」

「……」


 無理矢理言わせといてこのリアクションは中々に酷いと思う。

 だがイチゾーはカエデとの付き合いでこう言う時の対処方法を学んでいるので、何も言わずに大人しくしておくことにした。










「あ、ごめん、先輩。ちょい俺、買い物したい」


 大広場のバスターミナル。

 そこには街の外から運ばれて来た人を相手に、幾つかの屋台が出ている。

 そう言ってイチゾーが向かったのは煙草屋だった。


「後輩さんはヤニカスでしたか……」

「蟲を鍛えるのに適度なニコチンは有効らしいですよ、先輩?」

「それ、科学的根拠も魔術的根拠もないって知らないんですか、後輩さん?」

「……」


 非喫煙者からの目線は何時だって喫煙者に厳しい。じと、としたセツナの目線を受けながら、「ヘィ」、とイチゾーは煙草屋の鱗種リザードマンに声を掛ける。


「Iwato-Bのチックを一箱」

「現金? 物?」


 商品に手を出してます。そんな感じの焼けた聞き取り難い声で鱗種リザードマン。「あー……」。ちら、とその鱗で覆われた指で指差された料金表にイチゾーが視線を奔らせる。物々交換の方は、弾との交換しか出来なかった。


「金で」

「十五環ね」

「……また値上がりした?」

「ううん」首を横にふりふり鱗種リザードマン。「また値上がりする・・」街道、荒れてるの知ってるでしょ、ハンター? と言われる。

「……やっぱカートンで」

「百五十」

「割引とかは……」


 利いたりしないんでゲスかねぇ? ぐへへー。


「特別に紐サイフを返してあげるよ」

「わぁ、すてき」


 へ、と笑いながら環通しを三本手渡す。鱗種リザードマンは手慣れた手付きで三本の表面を撫ぜて一本にしっかり五十枚満額入っているのを確認すると、宣言通り特別に解いて紐サイフを返してくれた。「……」。家から持って来たモノなので、返してくれて嬉しいが、そこまで嬉しくない。どうせなら割引して欲しかった。


「……ニゾー」


 リュックに入れたいが、リュックを降ろすのはメンドクサイので、ニゾーにこっちゃ来い、と手招き。「ぐな」。非常に嫌そうに文句を言いながら寄って来たニゾーのリュックに一箱だけ抜いた残りを突っ込む。


「Iwato-Bのチックですか……結構軽いの吸ってるんですね、後輩さん」

「先輩、やめてやめて」


 十二歳の先輩が煙草の軽い重い知ってると流石にハンター業界の喫煙事情に言いたいことが出て来ちゃうから、やめて。


「駆け出しの男の人はイキって強いのを良く吸うって訊きますよ?」

「……味とパッケージが気に入ってるンすよ」

「味は兎も角……パッケージですか?」

「パッケージ」


 言いながら、ほれ、と見せてやる。少しデフォルメされたイワトビペンギンの雛が描かれていた。可愛い。「……」。何となく、ニゾーを見る。「な?」。煙草を持たせたのが気に入らないのか、なんじゃい? と言って来た。可愛くない。


「……昔はニゾーも可愛かったのになぁ」

「なっ?」


 今でもラブリーですが? そんなことを言って来たが、残念ながらそんなことはない。


「――っと、ニゾー、頭乗れ」


 人が増えて来た。ちょっとタイミングが宜しくなかった。ちょうど街の外からバスが来た所だった。最近の街道の荒れ具合は、煙草の値段にも影響するが、人の動きにも影響が出ている。

 強い護衛を付けなくてはいけないので、本数が減り、その分、一台のバスに詰め込まれる様にして運ばれていた。


「……?」


 見るともなく、見ていた人の群れ。その中に何かを見付けて、イチゾーが止まる。だが、正直、自分でも何を見付けたのかが分からない。馴染みの匂い。言うなればそれを感じた気がした程度の違和感だ。


「後輩さん?」


 どうしましたか? と言う先輩の声にも、イチゾーは反応しない。じっ、と視線を凝らす。荷物を降ろして貰っている少女が見えた。花の様な笑顔で降ろしてくれた人間種ヒュームの男にお礼を言っている。男はデレデレだ。だがそれ以上の『お礼』を要求することも無く、離れて行く。「……」。場合によっては揉めるシチュエーションだったのに、少女は随分と手慣れているらしい。

 風が吹いた。

 少女の髪が乱れた。

 手櫛で、そっ、と髪を治す少女の顔が、はっきりとイチゾーに見えた。「……」。ここにいるはずのない人だったので、イチゾーは声を出せない。


「ぐあ!!」


 代わりにニゾーが声を上げた。

 周囲の人がその声に反応してニゾーを見て、イチゾーを見て、『自分には関係ない』と判断して視線を切る。

 少女がその声に反応してニゾーを見て、イチゾーを見て、心底嬉しそうな顔をして駆け寄って来た。荷物を置き去りに、両手を開いて抱き着く様に。

 イチゾーもソレを迎え入れる様に軽く、両手を広げる。

 そして二人の距離がゼロになって――


 バチィン!


 と乾いた音が響いた。周囲の視線が再度集まる。彼等の視線の先には思い切り頬を叩かれたイチゾーと、思い切り腕を振り切った濡れた様な黒髪の少女がいた。


「ぐが!」


 その余りな行動に、ニゾーが怒りを露わに、イチゾーを庇う様に前に立つ。

 少女はそんなニゾーを一瞥するだけで気にもせず、手紙を取り出しイチゾーに叩きつけて――


「――連絡を、しろっ!」


 絶叫。


「ぐがが!!」


 非常にごもっともなので、ニゾーはくるっと回って少女――カエデの前に立ってイチゾーを攻め立てる様に威嚇した。











あとがき

『位階向上』の手紙出した後、一切連絡しなかったとかマジ?


煙草のペンギンシリーズはペンギン憑き相手に良く売れる。

大体相棒と同じ種類のモノが買われる。

因みに名前とパッケージが違うだけで、煙草は一緒。

だから多分、別にイチゾーも味が気に入ってるわけではない。

ほら、アレですよ。コーギー飼うとコーギーグッズ集めちゃうあの現象ですよ。



以下、前回のあとがきに書いた方が良かっただろう内容。

※本作の蟲は前にも言った様に、およそとおしとされしもの――です。新入りも虫モデルってだけです。

……またコメント欄が混乱してしまったよ!

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