アリサ
竜車は時速二十キロほどの速度しか出ない。
遅い。
だがそんな竜車には車、いや、惑星探索用トラックにもない利点がある。
曳いているのが
迷宮ペンギン程賢くないので
亀が元になったとされる彼等は速度はそこまで出ないが、持久力に優れ、食い溜め、寝溜めに加えて休み溜め迄出来るので、歩くだけなら三日間ぶっ続けでも平気だし、ある程度は賢いので道くらいは簡単に覚えてくれる。御者が寝ていてもお構い無しに夜も歩き続け、童話の亀の様に兎に勝てずとも、追いすがることが出来る。
そして
魔物は野生動物だ。魔力を宿し、生態を変化させ、強力な力を得ても、野生動物なのだ。彼等は無駄な怪我を嫌う。怪我をすれば弱る。弱れば他の魔物に狙われる。だから
だからある程度の魔物は竜車を避ける。
だから襲ってくるのは、強い魔物か――
「ごめん。ちょっと止まるに!」
一番街から離れる二日目の夕方。
御者台からのレオのそんな言葉に続いて、竜車が止まる。慣性の法則にしたがい、一度大きな揺れが来た。「……」。外は茜色。沈みかけの太陽が森の間に造られた道を行く竜車の影を長く伸ばしていた。木々に遮られ、それでも背中にある太陽はかろうじて世界を照らしている。夜と言うには明るく、昼と言うには暗すぎる。そんな昼と夜の間だ。イチゾーの様なペンギン憑きにとっては嫌な時間だ。
ニゾーは鳥目だ。昼なら普通に見えるが、夜は魔力で強化して視界を確保している。こう言う半端な時間は余り宜しくない。
「賊か?」
だからその可能性が
ペンギンが居る竜車を狙うならイチゾーもこの時間帯を狙うから。
「……にぃ。
レオがそう言うので、アリサと一緒に荷台から降りて御者台に向かう。「これを見て」レオがそう言いながらタブレットを手渡してくる。道の先を調べているドローンの映像の様だった。レオのミラーグラスの内側にも同じモノが映っているのだろう。
「竜車が転がっているに。空風峠に行く時には無かったに」
レオの言う通り、画面には横倒しにされた竜車が映っていた。「……」。荷物が散らばっている。
襲われた。それは間違いない。だが『何』に襲われたかが今一分からない。
「……この辺だと良くあんの?」
「いや。実はここの所、少し様子がおかしくてね……」
「に。その為に今回、レオの仕事にアリサ様が付いて来てくれたに」
「……ふーん」
新しく強力な迷宮が出来た。他所から野盗が流れて来た。若しくは魔物が流れて来た。
今の情報だと考えられるのはこの程度だ。
「横の森の索敵は?」
「……にぃ。カメラには映らない。それしか言えないにぃ」
「……サーモとエコー」
「……ごめんに。付いてないに」
「……」
これだから安物はよぉ……。
他人の装備に口を出すのはマナー違反だから何も言わなかったが、それがイチゾーの正直な感想だった。
「ラファとドナは? 何か感じていないのかな?」
足元のラファの首をもみもみしながらアリス。ラファはそれを気にすることなく、三角形の形の良い耳をピン、と立てて、鼻面を道の先に向けている。何かを感じては居そうだが――
「
イチゾーのその言葉が答えだ。
血の池が出来上がる程に垂れ流されたその匂いが強過ぎる。それに匂い消しなり、匂い付けは野生動物と野盗、それに
最も、犬の嗅覚は優秀だ。
更に魔力を宿したラファとドナならその能力は強化される。だから連れて近付けば仮に森に隠れていたとしても見つけられるだろう。
「ラファと私が見に行こう」
だからアリサのこの提案はそれ程おかしなことではない。アリサが貴種で無ければ、だが。「――」。レオの顔がイチゾーの方を向く。ミラーグラスで視線を隠して居るが故の行動だが、返って言いたいことがこれ以上無く伝わる。
「……行くなら俺とニゾーとラファのが良いな」
アリサに聞こえない様に「水な」とレオに耳打ちした後にそんな言葉を。
「に! そうだね! それが良いと思うよ!」
提案者であるレオは当然、そう言う。ニゾーは行くのが当たり前だと思ってるので、返事すらしない。だが――
「いや。私も行こう。イチゾーくんは
お嬢様が正論をおっしゃる。おっしゃるが、レオの立場を考えてあげて欲しい。領主の娘。それを索敵に使って怪我――程度なら兎も角、死なせたりしたら、生き残っても地獄だ。
「……」
ミラーグラス越しに助けを求められるが、その説得までやってやる気は無い。だって極論、イチゾーには何の関係も無い。
「……分かったに」
このままぐだぐだしていても仕方が無いと思ったのだろう。レオがマイキーを竜車から離して、ドナを傍らに呼び寄せる。何かあったら彼等に頼ってどうにかする気なのだろう。そうして自身の防御を固めてから、荷台を軽く漁って一丁のARをイチゾーに投げて寄越した。
「ビートルワークス社の新作、アダマンドビートルに。取り敢えず貸してやるに。そんで――」
「……お嬢様が無傷でご帰還頂けた場合はプレゼントキャンペーン実施中、だろ?」
「……そいうことにぃ。弾もくれてやるからほんと頼むに。ほんとにほんとにたのむに?」
「あいよ」
レオは本気でイチゾーにどうにかして欲しいと思っているのだろう。
AR用のアタッチメントのライトも付けてくれた。銃身の側面に取り付けられたライトは暗く成りかけた道を行くのにはそれなりに頼もしい。
ノブレスなモノの勤めだか何だか知らないが、やたら前に出たがるお嬢様に「すっこんでろ」を丁寧にオブラートで包んでどうにか呑み込んで貰うことに成功したイチゾーはニゾーを頭上に、ラファに先導させながら目的地に向かって歩いていた。
レオの竜車から大体五百メートル。途中で大きく曲がることもあり、太陽は何時の間にか背負う形から左手側に。「……」。更に暗くなったのは木々に遮られたからなのか、更に沈んだからなのか。
そんなことを考えながら歩いてると、横倒しになった竜車が視界に入った。
「……」
前を行くラファの耳が立ち上がり、ふんふんと地面を嗅いでいた鼻面は持ち上げられ、左の森に向けられる。風はそちらから吹いてる。乗って匂いが届いているのだろう。
――居る。
それは確定した。何が居るかは分からない。分からないが、竜車を襲った
ラファは優秀な猟犬だ。レオの紹介通り、クールでもあった。
だが未だ二歳にも満たないので、経験が不足していたのだろう。
「ニゾー」
「ぐあ」
イチゾーの言葉に、ニゾーが降りる。「ぐが」と一度低く唸り、それに合わせる様に風が唸る。風魔法。弾丸を逸らし、斬撃を逸らし、自身を高速で撃ち出す迷宮ペンギンが最強の一角とされる要因のそれが行使される。
それを見ながらイチゾーも動く。アダマンドの側面に取り付けたライトを外し、口に咥える。「? 何をして――」その行動に対するアリサの疑問。それが届くよりも早く――投石。
不意打ちだ。
それはイチゾー達の背後から来た。死角。視界の外。だが、それが来ることを理解していたイチゾーとニゾーには通用しない。
アリサとラファを守る様にニゾーが風の壁を展開。イチゾーに至っては振り向きもせずに、抜いたウォーハンマーで砕く。「!」。イチゾーが見飢える先。同時に挟撃に出るはずだった左の森の連中がその視線に射られ、止まる。一手損。
「!
次に森に響いたのはアリサのそんな声。角猿の『ざ』の部分で隣にいたはずのイチゾーが轟音とARを残して消えていた。いや、消えたと言うよりも――視界に現れていた。
アリサが振り向いた先に居た角猿。長い腕を持ち、木製の道具位なら自分で造り出す角を持った猿の魔物。それが五匹いた。いたはずだった。今は四匹になっていた。そして五匹目の代わりにイチゾーが立っていた。
それがイチゾーが一瞬でアリサの視界に現れ、五匹目を吹き飛ばした技だった。
『魔力を持つモノに対しては、魔力を込めた攻撃以外は効き難い』
そのルールがあるので、
これを突破するには同じ魔力を纏った攻撃で無いと届き難い。
だが、それだけだ。
膜が、シールドがあるだけだ。だから――
殺せはしなくとも、倒せはする。
体重差と脚力。そこに身体操作術からなる八咫式歩法術の壱足・槍天。名の通りに地を蹴った力を槍の様に一直線に使うその歩法は、蹴りに使えば体重の軽い角猿を吹き飛ばすことに使えるし――
地を削るその歩法であれば移動しながら足払いも行える。
同じ八咫烏のカゲチヨすら手玉に取って転がしたイチゾーだ。
この程度の――下級の角猿を転ばせることくらい、何ともない。
地を削り、死角に潜り、両手に持ったウォーハンマーで膝の裏を叩いてやりながら――上段から下段に弧を描く回し蹴り。踵を顔面に叩き込んでやれば、ダメージは無くとも、思い切り後頭部を地面に叩きつけることくらいは出来る。
そうして瞬時に三匹を吹き飛ばし、転ばせたイチゾーは、がっ、とウォーハンマーの
「ウキャ!」
と攫われた仲間を助けようと手を伸ばす角猿。だがイチゾーの一歩が大きすぎることもあり、その長い手は届くことはない。虚しく虚空を掻く。
だがそれ以上に堪らないのは攫われた角猿だ。
何が起きたか分からない。痛くは無い。血は出ていない。それでも明らかに自分よりも『強い』相手に攫われたのだ。暴れる。直ぐにウォーハンマーが口から抜かれた。少し、安心する。強いが、こちらを殺せない。それを確信する。立ち上がる。瞬間、間合いを詰められる。棍棒を振り、頭を克ち割ろうとするが――
棍棒は空を切り、その勢いに負けて、再び転ばされた。
振りを避けるのでは無く、加速させる。
叩きつける――と言うよりは絡められたウォーハンマーにより、力を加えられた結果だ。だがそんなことは角猿には分からない。ぽかん、としてしまう。
「
そんな角猿に構わず、ライトを咥えたイチゾーの端的な指示。
左の森はニゾーとラファが担当している。だから手が空いているのはアリサだ。アリサだけだ。一秒遅れてアリサはそのことに気が付いた「あ、あぁ!」返事をする。腰の鎖鎌に手を伸ばす。震えた手が鎖鎌を取りこぼす。「ちっ」。とイチゾーの舌打ち。「
暴れる仲間を助けようと角猿が集まるが、何も出来ない。
傷口から勢いよく吹き出す鮮血が、撒き散らされ戦化粧の様に残った猿たちの顔を彩った。だが高揚は起こらない。見たことのない強さのイキモノであるイチゾーに対する恐怖が広がるだけだ。
そんな弱気をイチゾーが見逃す訳はない。攻め時だ。日が落ち切り、輪郭だけとは言え見やすくなったので、ライトを口からポケットに戻し――
「後ろはニゾーにやらせる。ラファ、付け。止めは任せるぜ?」
ラファがその言葉に元気よく「ウォン!」と返事をした。
一匹、角猿が残った。
助かった、では無く『残った』だ。
そいつは真っ先にイチゾーに蹴り飛ばされた奴で、他の仲間が次々にラファに噛み千切られるのを見て、参戦するか、逃げるかを迷っていたら別動隊を全滅させたニゾーに背後を取られ、追い立てられる様にしてイチゾーの前にやって来た角猿だった。
寒さに耐える様に身体を縮こまらせて、震える様は哀れだが、優しくしてやる義理は無い。
イチゾーはラファとアリサにレオを迎えに行って貰っている間に、
「さて、と」
そう言いながらイチゾーが座るのは死体の山。角猿の、彼の仲間だったモノ。日が完全に沈み、闇が支配する森の中、その闇の様な黒い眼で彼は射抜かれる。
「物資と拉致った奴、どこに隠した?」
「……」
「ヘーィ? 何かリアクション返せや。ウキでも、ウキャでもよォ。テメェらが俺達の言葉理解してんのは分かってんだぜ?」
角猿は
「……ニゾー、腕」
その言葉に従い、ニゾーが嘴で角猿の左腕を突く。戦車装甲すら貫くその一撃は強烈だ。穴をあけ、骨を砕く。突然の痛みに「キ!」とつい抗議する様な声を出してしまうが――
「ぐがああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「――きィ」
迷宮ペンギンの威嚇に何も言えなくなる。
威嚇の時に大きく開かれた嘴。その中に並ぶ無数の鋭い歯。それを赤く染めていたのは彼の仲間の血だ。
「俺のソファに加わりたい。ニゾーに噛み千切られてぇ。テメェの
それは嫌だろ? だから――
「キングだかシルバーバックだかにビビってンだろうがな。
「……」
それでも彼は何も言えない。
それは群れのボスへの忠誠心からではない。
それは群れのボスへの恐怖からではない。
ただ単純に、このままだとどうせ死ぬからだ。
だが相手に言葉が通じない。
「……」
それ故の睨み付ける様にしながらの無言の交渉。痛む左腕を抑えながらのそれが――
「案内すンなら逃がしてやるぜ?」
身を結んだ。
あとがき
角猿さんは角猿語マスターしてて、人類の言葉のヒアリング完璧なので、多分ポチ吉よりも賢いです。
だからシーシェパード的にはイチゾーはテロリストです。
そんな悲しみ。
今日のペンギン語は
「ぐがああああああああああああああああああああああああああああああ!」
です。殺意を表す「ぐが!」の強調系です。訳は
「おう! 今のはなんじゃぃ、ワレェ! 何ぞ文句でもあるンならワシが聞いたんぞクソボケがぁ!」
です。
しんしてき。
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