第2話 肉泥棒

 笑い声が止むと、その女はハァとため息を吐いて冷やかに微笑んだ。


「肉、食べたことあります?」


 キン、と不快なマイクの音が響く。

 女の子は嫌そうに目を瞑った。


「うっせ、食べてたらなんだってんだよ」

「肉って、そこに座り込んでいるような獣人を解体して作られているんですよ」


 何だと!? 獣人の子はふんわりと耳をへたらせ、視線を避けるかのように、虚ろな瞳を下へ向けた。


「無知なアナタに説明しますとね、遥か昔に勇者の固有魔法によって、人類を虐げてきた魔王のいる世界とこの世界とで分断しました。その後、人間と獣人は戦争をしていました。理由は獣人が動物たちを食い荒らし、絶滅させたからですね。獣人は力こそあれど頭が悪く、我々人類に負け続けました。最期には自分たちの絶滅を避けるため、我々人類に従属すると約束したのです。自分たちは他種族を絶滅させておきながら、愚かなやつらですよ。そして獣人は品種改良され、自分たちが絶滅させた動物たちのかわりに、家畜として我々人類との付き合いを始めたわけです」

「ヘッ。んなこと知ってっし」


 正直知らんかった。

 肉ってのは、人間とほとんど同じ姿をしたこんな子たちだったってのか?

 オエッ……さっき食べたぞ。

 看板のアレは、そういうことか。

 こんな風に見世物として、何度も何度も獣人が殺されてたって訳だ。

 今まで夜になれば町の監視をやめ、妖精に言われるがまま寝ていた自分への怒りが、沸々と湧いてくる。


「ではなんです? アナタ、解体ショーを止めに来たんですか?」

「そうだよ止めろ! そこにいる獣人が可哀想だろが!」

「……獣人を人間のように扱うことは重罪だと分かっておられいますか? ここに転がっているお二人のようになりたいと、そういうつもりと見てよろしいですか?」

「知るかバーカ。オレを殺せるもんなら殺してみろよ」


 その腰の銃に手がかかり、女の背後にあった男の人形が動き出す。

 ってこれ、人間だったのかよ。

 近いとほんとにデカい、オレ二人分くらいか? こんな人間もいるんだな。


「では遠慮なく。解体だけを頼むつもりでしたが、ジャッキーさん! このロリコンケモナーの処理をお願いします」


 はへっ、コイツらはコイツらで勇者の仲間の強さを知らんらしい。

 こんなヤツ、デカいだけだし? 武器なくても勝てるわ。


 どでかい斧が振り下ろされ、バコンと壇の木片が弾け飛ぶ。

 めり込んだ足場を踏み越えて、男の顎に蹴りを入れるとあっさり倒れ込み、再び動かなくなった。

 いあー、余裕余裕。

 

 ──バン、バンバン


 隙かさずに飛んできた弾はオレの額や頬をくすぐって止まり、チリリと地面に転がる。

 獣人に当たらないようわざと受けたが、勇者から指先でグリグリされるのと同じくらいには痛ェ。

 目の前の女は膝を震わせながらこちらを凝視し、ゴトンと銃を落とす。


「ば……バケモノ……」


 力の抜けた情けない声で、そう悪口を言われた。

 いや、オレはどーみても人間だわ。

 まあ力の差は分かって貰えたみたいだし? よしとするか。

 ……さてと、カッコよく決めるぜ。


「お前、名前は?」


 銃弾で擦られ赤くなっているであろう顔を手で覆い隠しながら振り向き、獣人に名前を尋ねる。

 完璧ッ! 状況的にも惚れたろ、こりゃ。


 ………………。


 こっちを見ちゃいるが、死にかけたんだ。

 そりゃ、言葉も出ねえか。


「何してるの? 獣人に言語を理解するような知能はないよ。とりあえずそのダサいポーズやめたら? みんな引いてるよ」

「はん? もう一度この子をバカにしてみろ、ケツから串刺すぞ」

「……まあいいか。ボクからも一つ教えておくよ。獣人は食って寝て、あとは糞尿を垂らす、交尾する、死に際に叫ぶ。生きてるうちにその五つしかしない生き物なんだ。家畜って、そういうものなのさ」


 パツッ。


 握り拳で妖精を叩き潰そうとすると、その小さな体をすり抜けた。

 んおお……痛いッ。

 本当に、コイツの相手はすればするほどストレス溜まるだけだ……。


「失礼なこと言うんじゃねーよ。……ほら、立てるか? とりあえず場所を変えよう」


 壇上の下にいる群衆はザワザワと話す。


 ……あの子、あの歳でケモナーなの?……

 ……警察、警察を呼びましょう……

 ……買って、踊り食いしたかったナ……

 ……だから、男の処刑は後にしろと……


 まるで意味のわからんことを言う奴らだ。

 オレは、獣人へと手を伸ばす。

 その目は希望を持ったのか、キラリと光る。


「ほら、もう怖がる必要ないんだぜ? 来いよ」


 ああ、マジで動かねえな。

 獣人の腕を取ろうとすると、巻き付くように抱き付いてきた。

 そう、巻き付くように。

 うおっ、あったけ……。

 んふっ……細長いヒモみたいなコレ、思ったよりフワフワだ。

 しかしそんなことよりも、この子の恐怖心はまだ残っているのだと、震えを通して伝わってくる。


「貰うぜ」

「うぅっ、ちょっと! 返しなさい! ちょ、やめェィ!」


 白髪の女性から剥ぎ取った服を獣人と共に抱き寄せ、人集りを突き飛ばす。

 とにかくこの子を安全な場所まで……城まで連れて行かねーとな。

 

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