改革前夜

@aaa-3454

サイバー・エイジ

俺の職場、おしゃれに都会風に言えばオフィスなんだろうけど、実情は視界の両端には黄ばんだ壁紙、真上には煙草のヤニでくすんだ天井からぶら下がる蛍光灯が不気味に明るく、足元はコンピュータの配線と散らばった書類でぐちゃぐちゃだ。そのうえ男三人が籠るだけの狭苦しい部屋。

そんなわけでオシャレワードを当てはめようなどとは到底思える職場ではない。





「先輩、原稿できたっす。お願いします」


隣の席の部下、アアアセフは2枚の紙を渡してくる。それは隅がホッチキスで止めてあり、見やすいように工夫されている。


インクジェットプリンタの今にも消えそうなけだるげな文字に目を滑らせ、赤いボールペンで訂正をしていく。ツッコミどころだらけだ。


「どうっすか?」


アアアセフはこっちに身を乗り出し、満面の笑みで話しかけてくる。


「あのな、まずいろいろ言いたいことはあるんだが...」


「この、 「政府は市民の声を無視している。」っていう〆方。これはあまり適当とは言えないな」


アアアセフはムスッとした顔で

「じゃあ何ならいいんすか?」


「うーん、『政府は市民の声を十分に反映させることに苦慮している。』がいいだろう。政府も努力しているとアピールできる。」


「そんで次だ、君の担当した地方の幹部の横暴の記事だけども」


当然奴の顔はさしずめ不満を言う三秒前って感じだ。

「『この不正は政権の腐敗の象徴だ。』ってところ、『この不正問題は、政権に対する信頼に影響を与えている。』に差し替えるべきだな。これでまあなんか言われることはないだろう。」


「まあ細かい、いや当たり前のことなんだけど接続詞とかの使い方が怪しいところとか誤字脱字も修正しといた。まあなれるさ」


真っ赤な冊子を返却して、再び俺の仕事に戻る。


はあ。


隣の席から「こんなの元々のやつと全然違うじゃないですかぁぁぁぁぁ」とか聞こえてくるけど。無視。


仕事仕事

帝都の12月は、文字通り寒いという言葉が枕詞になるくらいの寒さで、このように部屋の窓も締め切って(勿論換気は定期的にするけども)石油ストーブをずっと動かしているから、ただでさえ最悪の空気の"オフィス"はより一層どよんだ空気に。暑いけど窓開けたら寒い。



「おはようさん」


ドアが開いて、新鮮な空気が取り込まれ、停滞した空気がかき回される。なにより涼しい!


「あっ社長、お疲れ様です。」

「おつかれっす!」


「おお、アアアモフ君、アアアセフ君。どう、原稿の進み具合は?」

何か重い感じの顔の社長だ。まあ今日は無理もないかな。

「はい、1人の時よりかはだいぶ楽になりましたから。6時までにはアップロードできると思います。」


椅子に腰かけた社長は、満面の薄っぺらい笑顔で「まあ、頑張れよ」と言った。

そりゃあ誰でもああゆう顔になるよなぁ、とか思うけど、口をつぐみ、「はい」と答えた。



再び停滞し始めた空気で頭がぼんやりする中、俺はひたすらキーボードを打ち込んでいく。

いつもの日常。


「そういえばもうお昼だなあ。」

突然、社長が立ち上がりながら言った。

デスクトップの時計は11:50。まだ10分あるけど、世間的にはお昼だ。


「二人とも、どうだね、一緒に横の食堂でも行ってきたら?その間に俺はお客さんの来る準備をするからさ」

「誰がくるんす...」

慌てておれはアアアセフを黙らせる。

「いいんすか?行ってきます!」

俺は椅子を軽く引き、立ち上がった。

「はい~」

めんどくさい話になるところだった。危ないところだった。


俺は、画面に表示された記事の下書きを保存し、マウスを動かしてワープロソフトを操作する。

フロッピードライブの唸るような音とともに、作業が無事終了したことを確認してから立ち上がる。


「よおし、行くか!」

「行きましょう!」

ジャケットを羽織り、外へ出る。


冷たい空気が頬に触れる。涼しい、いや寒い、でも気持ちいい!



腐ってもここは帝都の一角なので昼時の食堂にはサラリーマンがすし詰めになっていた。

何とか2人分の座席にありついたあとは、店員に注文、と言っても3種類しかないのだけれど、をして、しばらく待つように伝えられた。

配られた水を飲んでいると、アアアセフが話始める。

「先輩、なんでさっき止めたんすか!?俺聞きたかったですよ!」

どうする、ここは公衆の目がある。余計な発言はしたくない。


「ああ、知らないと思うけど、政府の人が今日は来るんだ。あまり大きな声で言わないでくれよ。」

俺はごまかすのが下手だ。つくづく実感させられる。

「ああ、そうだったんですね。」

アアアセフの答えの後、なんか察されたような、微妙な空気が流れる。

普段はあまり思わないが、この時ばかりは速く料理を届けてほしい。


そんなことを考えていると、ついに念願かなって料理が届いた。

そういえば俺、腹が減ってるんだった。



「もどりました」


「おう、お疲れさん。」

社長は何かソワソワした感じだった。


「あの人たちはまだなんですかね?」

そう聞いてみた次の瞬間、来訪者を予告するかのように俺の手元の電話が呼び出し音を奏でる。

電話なんてめったに使わないから、書類やゴミに埋まってしまっていて、取り出すのに時間がかかった。

「はい、はい、わかりました。社長につなぎま...」

次の瞬間、社長はいきなり受話器をひったくって話始める。

「はい、はい、どうもお世話になっております~、わかりました。ええ、お待ちしております。では。」

「どうでした?」


「もう入口まで来てるんだそうだ。」



さて、客人はパーティションで区切られた部屋の一角に招き入れられた。


一方で俺たちは息をひそめて、できるだけ客人を視界に入れないように、絡まれないように、そう務めるのだった。

こんな緊張状態で仕事が手につくわけがない。

しかしサボっていると絡まれるかもしれない。 

マウスを意味もなく動かしたり、設定をいじって戻したりを繰り返す。


「いやー御社の評判は常々耳にしておりますよ!なんでしたっけ?あの、パソコンの...イ...イン..インターナショナルでしたっけ?」

「インターネットです。」


パーティションの奥で、社長が強く言い切るのを聞いた。


「あーそうでしたそうでした。ウチの倅がですね、大学で使ってるというのですが、最近家でもインターネットがしたいと言い出しましてね...」


「はい、そうなんですか...」


「それでですね、我々は貴社の業務について大変関心を持っております。」

自信満々に下の句を継ぐ客人。

「ですから貴社も、真実を報道するという責務に真摯に向き合い、これからも人民に情報で奉仕していただきたい。」


すりガラスの向こうで、例の客がソファーから立ち上がり、いそいそドアの方へ向かうのが見えた。

きやがった。とっさにCRTモニタに身を隠し、通過を待つ。

横のアアアセフもさすがに察したらしく、俺に倣ってモニタ越しに相手を見る。

「...では失礼します。貴重なお時間をありがとうございました。」

「いえいえ、では。またお待ちしておりますんで。」


バタンとドアが閉じて、向こうから音がしなくなっても油断はできない。まるで時が止まったみたいに同じ姿勢でやり過ごす。

たったの数十秒かもしれないが。ここにいる三人だけは5分程に感じていたに違いない。


「...」

「..はぁ。」

「ううーん」

社長は一気に緊張が解けたらしく、大きく伸びをする。

それを号令にして、俺たちも緊張が解けた。ホッと胸をなでおろす瞬間。


「毎月大変っすね。」

アアアセフもいろいろ察したようで、まるで何時間も残業をした後のようなやつれた顔をこちらに向けて、吐き捨てるように言う。


「こればっかりは慣れねえよ、ほんと。」

座席に大きく腰かけながら社長は愚痴るように吐き捨てる。


「さあて、もう二時だ。俺も仕事すっか」


仰々しく時計を見て、演技みたいな声を出した社長は、自分のコンピュータを起動して、キーボードと格闘し始めた。


我々も仕事だ。


部下の出した記事を添削。


自分の記事の執筆。


見出しを変更。


印刷してどうなるかの検討。


誤字脱字の修正。


5時過ぎ、社長が声をかけた。

「よし、できた。」

続けてアアアセフ

「こっちもできたっす。記念すべき初の記事っす」

「こちらも完了です。データ、お願いします。」


ふたりは3.5インチのフロッピーディスクを渡してくる。それを受け取ると、ディスクを慎重にPCのドライブに挿し込み、フォルダを開いてデータを確認する。保存先のフォルダを選んで、ファイルをハードディスクに保存する。騒がしい音の後にデータがコピーされる。


まだ儀式は終わっちゃいない。


次に、俺のデスクの隅にある、古びたモデムに目を向ける。モデムのランプが点滅しているのを見て、電話線を挿す。カチッと言う感触を感じる。コンピュータを操作すると「ジリジリ、ガー、ピピピ...」と、まるで機械が苦しんでいるような音が響く。


「接続…完了。」


やっとのことでインターネットに繋がったのを確認するとFTPクライアントを起動して、データをアップロードする。進捗バーがゆっくりと動き始める。


数分後、画面に表示された「完了」の文字を確認。反映されたかどうか、手早くブラウザを開いてチェック。新しい情報がしっかりと表示されていることを確認する。


「これで今日の分は完了ですね。」


「よし、じゃあ今日の業務は終わり。お疲れさん。」


ふたりが画面に向かって頷き、俺も椅子を引いてリラックスする。コンピュータの電源を落とすと、部屋に静けさが戻る。今日も無事に仕事が片付いたことに、少しだけ満足感を覚える。




「先輩!今日食べて帰りましょうよ!」

「いいね、そうしようか。」

どうせ帰ろうが誰も家にはいないし自炊は面倒なので、食べて帰るに越したことは無い。



アアアセフが指さした駅前のレストランは、昼の公営食堂とは違って、メニューが20種類くらいはある。


ショーウインドーにつられて入ってみると、まず鼻を刺激する。

肉の焼ける香ばしい香り。

次にウエイトレスが運ぶ美味しそうな食事。


もう気分はここに決まっていた。


2名ですね、店員に連れられて座席に腰かけると、その落ち着いた雰囲気にはうっと息を吞む

ジャズ調の音楽と、たまに聞こえる客の話声。

落ち着くなあ。


「いやあここ、俺たち来ていいんすかね?」

ニヤニヤ顔のアアアセフが、雰囲気をぶち壊しつつある。

「別にいいだろ、早く注文しろよ。俺はもう決めたぞ」

軽く笑いながら返す。


落ち着いた照明。隣にはピシッとしたスーツ姿のビジネスマンが、上品そうなしぐさでワインを傾けている。自分たちはくたびれたスーツに、めちゃくちゃの革鞄。それがどうした。


「決めましたよ。ハンバーグ定食にするっす。」

言い終わる前に客席のブザーを押し、ウエイトレスに要望を伝える。

やがて暖かそうなハンバーグ定食が2つ届く。

「...」

「...」

美味しい!

何てことだ。ジューシーさに甘辛ソースが絡みつく。

これはすさまじいぞ

うーん、昼のあれは何だったんだ。

真顔で食物を口に運ぶ集団。

異様にしか見えないだろう。



結局。ワインまで飲んでしまった。

しかしそれ以上の物を手に入れた。


外に出れば、サラリーマンが続々と駅に吸収されていく。


改札で定期を見せて、無機質なコンクリートの階段を下る。

電車が来ると、ぞろぞろ動く人につられて、いそいそ乗り込んでいく。


何気ない日常。


アアアセフは1つ前の駅で降りた。

「おつかれ」と軽く挨拶して、明日の朝までしばしの別れ。


目的の駅に着いて改札を出ると、地上に這い上がって、ひたすら家まで歩く。


凍てついた道を、ただ光量の少ない街灯だけがぼおっと照らす。

しかし寂しくはない。

時刻は夜9時。

家に帰れば朝まで一人の時間だ。



ぼろい国営アパート4階。住む分には何ら問題ない。

鉄のドアに冷たいかぎを挿して回す。

「ただいまぁ」

小声でつぶやきながら真っ暗な家に入っていく。

狭いけれど、きれいな部屋。

電気をつければ、点灯管が光って、蛍光灯が部屋全体を明るく照らす。

決して住み心地は良くないけれど、ここにいるとまた別の落ち着いた感覚がする。


部屋はまだ寒い。ストーブのスイッチを入れる。ボッと点火した音がし、凍える部屋を暖め始める。

温風が部屋の温度を上げるまで、少しの辛抱だ。

その間にシャワーを浴びてこよう。


バスルームに入ると、タイルの冷たさが心地良い。

暖かいシャワーは、疲れをいやす。


リビングに戻ると、部屋はだいぶ暖かかった。

窓が少し曇っていて、外の寒さが嘘のようだ。


時計を見ると、10時03分。

もうそろそろだな。


俺はすかさずコンピュータを起動させる。


インターネットにつなぐと、モデムが泣き叫ぶような音を出し始める。


10時を超えると通話料金無料時間なのだ。

なので皆、この時間帯にネットをするのだ。

全国で似たような行動をしている同じような人間がいることが、少しユーモラスだ。


でも、その前にやることがある。

ブラウザを立ち上げ、ブックマーク・バーから会社のサイトを見る。

しばらくすると、画面上部からじわじわとページが読み込まれる。

俺の会社のロゴがゆっくり現れ、次にレイアウトが整い、最後に画像や文字がすべて表示される。



「よし。」


心の中でつぶやき、ウインドウを消すと、また別のウインドウでいつものように掲示板やお気に入りのサイトをチェックする。


この部屋には1人しかいない。

けれども画面の中、電話線の向こう側には別の世界がある。

別の人間が何万といて、それぞれ世界を構成している。

声も顔も名前も知らない。誰かが。

今日もその喧騒の街に、自分を沈めていく。




「...」


「うわっ!?」


「今何時だ!?」


時計は、朝の8時を示していた。

やばい!!


思わず画面の前で寝ていたようだ。すぐにコンピュータをシャットダウンして、脱ぎ散らかした戦闘服に着替えて、朝食もそこそこに部屋を飛び出す。



「うおっっ!」


昨晩の霜だろうか、小走りで駅まで向かう途中、危うく転びそうになる。


駅につけば、同じ風景、銀色の電車。同じ広告、同じ模様の地下鉄駅。同じ仏頂面の駅員。



決して贅沢ではない。

決して華やかではない。


けれどもこれが俺にとっての贅沢であり、華やかな暮らしなのだ。


『サブ・ストリート24番街~サブ・ストリート24番街~』


「うわあもう50分だ!」


我先にと電車を降り、改札を出て、今日もまたインターネットの世界を作る仕事が始まる。


俺はふと考えることがある。


この向こうには何があるんだろう?

何が起こるんだろう?

何が起こせるんだろう?

何が待っているんだろう?



うるさい。これが俺の改革前夜だ。

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