【七節】龍と踊るは灰の双狼
風雨を跳ね除けて、人と馬、さらに剣の三位一体となりこちらへ向かい来る敵は、左腕を負傷しているとは思えない程の闘気を放っていた。乳白色の耽美なサーコートとその溢れ出る闘争心が、まるで反発し合っているようだ。
その左腕の傷は、先だっての
小柄なカジャと、大柄なマテオ。先に脅威となりうる存在を潰しておこうという算段だったのであろうが、カジャはその判断に
「舐めて貰っては……困る!」
カジャは、一切の無駄のない動きで肩掛けされたベルトから刃物を抜き出すと、それを今にもマテオに
弓矢と違い熟練された投げナイフ使いは、動作の
そんな闇夜に舞う
しかし、カジャは知らなかったのだ。目の前にいるグラニュートが、
マテオへと向けていた
そしてその刀身を、今まさに飛来する投げナイフに沿わせるように振り抜く。それは弾くわけでもなく包み込むような柔らかい
カジャは、その
それは、一瞬でも投げナイフに気を取られ、
「うおおおおおおお!」
カジャと肩を並べる戦友、マテオである。
マテオは、石柱に柄を取り付けたような
瞬間、やや右斜め上方向から、『力』の結晶体が振り下ろされる。まともに受ければいくら巨剣といえども受けきれず、最悪武器を破壊されかねない重撃。瞬時に行われた士団長同士の連携は、普段の鍛錬の
――――だが、再び耳をつんざくような音が響く。
「
その耳障りな金属同士の
その光景に、仕掛けた本人であるマテオだけでなく、カジャも目を剥いた。投げナイフに対応するに留まらず、一撃必殺のマテオによる攻撃もその巨剣で
――武将という奴は、みんな
……いや、今はそれより…………!
「マテオ! 危ない!」
「もう遅いわ!」
カジャが叫ぶのと、グラニュートが受け流すのに刀身を寝かせた状態から、一転して右手を添えつつ縦切りを放ったのは同時であった。
それに対し、全霊の一撃を
雨に濡れた
「マテオ!!」
カジャは間に合わないと思いつつも、
束髪の青年の胸に、あの日ひとりの親友を失った時の感情が、再び去来しかける。
――――しかし、カジャにもまだ理解が及んでいなかったことがあった。
それは、親友であるマテオの
「ぬぅあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
その雄叫びはマテオの
「!?」
反撃の一手を
しかし、それも致し方無かった。受け流して無力化したと思われていた敵の
しかし
それは、普通ならば有り得ない挙動。しかしマテオの
「マテオお前…………やるじゃないか……!」
「へへっ……
僕には、
思わず投げナイフによる支援を忘れ、カジャは親友へと駆け寄り賛辞の言葉を投げかける。そしてマテオは武器を降ろすと、口元を弓なりにして笑い、右腕で力こぶを作ってみせた。
この数ヶ月感、レナードが修行に明け暮れる間、彼は何もしていなかった訳ではない。マテオは自分なりのやり方を信じ、ただ愚直に磨いてきたのだ。そしてそれが今、自分の命を救った。
そんな感慨にカジャが浸る中、「
弾かれたようにその叫びの元へと顔を向けると、そこには脇腹に手を添えてから、兜を脱ぎ去るグラニュートの姿があった。
がしゃりと、地面に兜が落下する。しかしそれよりも、グラニュートの鬼気迫る表情に、ふたりの
えらが発達し四角形に近い輪郭の顔には、
「驚いた…………これは偶然か?
まさかゴットキルト将軍の如き
しかしその表情に反して、語気には驚きも混じっているようである。そして自由な右手を、金砕棒による一撃を受けた箇所に持っていく。身につける鎧の側面はそれにより歪んでいるが、その
お互いに、睨み合いの時間が訪れる。じりじりとした緊迫感に肌を焼かれるが、時間が止まったように感じるのは、その場にいる三人の武将だけであった。
「東方軍団長をお守りしろ!」
その声は、相対するグラニュートの後方から聞こえてきていた。そして同時に、カジャとマテオはその方向へと視線を向け、敵将に負けないほどの
それは自分たちの将に助成するために現れた、
敵兵士の誰もが、良い面構えをしていた。それは片腕の負傷を押して戦場に立つ、グラニュートを救わねばならないという義務感から来るものだろうか。まるで壁になるかのように複数の兵が立ち塞がり、敵将の姿は隠れてしまった。
「くっ……! 増援か」
「まずいよ、カジャ。こっちは人手がただでさえ足りないんだ。
この状況じゃ………」
「あぁ。ここは一旦……」
撤退だ。
そう言いかけた時、精強な敵兵士たちをさらに上回る声量の、
「
将同士の戦いに、水を差すでないわ!!」
一斉に、
それもそのはず。彼らを
「し……しかし、東方軍団長」
「何度も言わせるな。この私が遅れを取るとでも思ったか。
これは武人としての、正式な果たし合い。要らぬ心配は不要
雨に濡れているせいもあり、その覇気の籠った表情は
カジャとマテオは、その状況に思わずぽかんと口を開け、
やがて、その場には再び三人だけの空間が出来上がっていた。まるで先程の
グラニュートは、その光景に満足したように鼻息をつくと、軍馬を一歩進める。
「理解できない…………といった顔だな」
「……あぁ。俺たちとしては、願ったり叶ったりな訳だが」
「ふっふっふ…………いやなに、
苦い経験を、この前したのでな」
そうカジャの言葉に返したグラニュートは、水分を含み黒ずんだ包帯まみれの左腕に、視線を落とす。しかし一切の隙は見られず、カジャは胸元のナイフに手を添えたまま、動けずにいた。
騎士道精神というものは、未だに煌国兵士の中では根強い。侵略や殺戮にしても、制御を失えば自らもその
しかしそれにしても、二人の前に立つその男は、まさに武人としての生き様の
「あなたは敵だけど………………僕はあなたを尊敬します」
「ふふふ…………そうか。その心根があれば、貴様も武人よ」
じりじりと距離を縮めてくるグラニュートに対し、マテオが口を開く。そして敵将は苦笑を浮かべながら、左手と一体化した
グラニュートは、武人としての
自分ひとりで十分。力強く言い放ったその
または、周囲に味方がいると、思う存分に戦えないからか。
「…………考えても仕方がないな。
マテオ、ここは俺たちで食い止めるぞ」
「うん。やろう」
こくりと頷きつつ短く返答するマテオに対し、カジャはえも知れない頼もしさを感じる。そして双方ともが、軍馬に前進を命じた。
風雲急を告げる暗雲は、未だ空を厚く覆うばかりである。
──────── お知らせ ─────────
本日から1/3まで毎日更新に致します。それ以降はいつものペースになります。
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