【七節】龍と踊るは灰の双狼


 風雨を跳ね除けて、人と馬、さらに剣の三位一体となりこちらへ向かい来る敵は、左腕を負傷しているとは思えない程の闘気を放っていた。乳白色の耽美なサーコートとその溢れ出る闘争心が、まるで反発し合っているようだ。


 その左腕の傷は、先だっての戦乙女神隊(ワルキューレ)との戦いで負ったものなのであろうか。しかし男はそれを気にする素振りも無く、まずはマテオの方へと進路をとる。


 小柄なカジャと、大柄なマテオ。先に脅威となりうる存在を潰しておこうという算段だったのであろうが、カジャはその判断に憤(いきどお)りを覚えつつ、胸元へと手を滑り込ませる。


「舐めて貰っては……困る!」


 カジャは、一切の無駄のない動きで肩掛けされたベルトから刃物を抜き出すと、それを今にもマテオに躍(おど)りかかろうとする敵将――――グラニュートへ向かい、投擲(とうてき)した。


 弓矢と違い熟練された投げナイフ使いは、動作の起(・)こ(・)り(・)を完全に消し去る。それにより相手は例え矢よりナイフの速度が遅くとも、相対的に疾(はや)く感じるのだ。


 そんな闇夜に舞う蝙蝠(こうもり)のような一投はカジャの手元から放たれ、グラニュートの胴鎧と兜の隙間である、頚部(けいぶ)へと突き立つ――――はずであった。




 しかし、カジャは知らなかったのだ。目の前にいるグラニュートが、対(・)飛(・)び(・)道(・)具(・)の(・)天(・)敵(・)で(・)あ(・)る(・)こ(・)と(・)を(・)。




 マテオへと向けていた十字剣(クレイモア)の切っ先を、瞬時にグラニュートは側面へと方向転換させる。


 そしてその刀身を、今まさに飛来する投げナイフに沿わせるように振り抜く。それは弾くわけでもなく包み込むような柔らかい剣捌(けんさば)きであったが、それにより甲高い金属音を残し、ナイフの軌道は明後日の方へと逸れてしまったのだ。


 カジャは、その厳(いかめ)しさを感じる見た目とは裏腹な技巧(ぎこう)に、言葉を失う。しかし同時に、目的を達したことに対する達成感も得ていた。




 それは、一瞬でも投げナイフに気を取られ、グ(・)ラ(・)ニ(・)ュ(・)ー(・)ト(・)の(・)歩(・)み(・)が(・)止(・)ま(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)。その隙を狙うのは、カジャではない。




「うおおおおおおお!」




 カジャと肩を並べる戦友、マテオである。


 マテオは、石柱に柄を取り付けたような金砕棒(かなさいぼう)を振りかぶり、意識を逸らしたグラニュートへと飛びかかっていく。彼の体躯に相応しい健脚を誇る荒馬を乗りこなし、軍馬同士がぶつかり合うのも気に留めていないような、距離の詰め方であった。


 瞬間、やや右斜め上方向から、『力』の結晶体が振り下ろされる。まともに受ければいくら巨剣といえども受けきれず、最悪武器を破壊されかねない重撃。瞬時に行われた士団長同士の連携は、普段の鍛錬の賜物(たまもの)である。




 ――――だが、再び耳をつんざくような音が響く。




「四陣軍団長(しじんぐんだんちょう)を、舐めるでない!」




 その耳障りな金属同士の擦過音(さっかおん)は、振り下ろされた金砕棒(かなさいぼう)が、傘のように構えられた十字剣(クレイモア)の刀身を伝い、滑り落ちていくものであった。そしてグラニュートによる怒号が、平野部を駆け巡る。


 その光景に、仕掛けた本人であるマテオだけでなく、カジャも目を剥いた。投げナイフに対応するに留まらず、一撃必殺のマテオによる攻撃もその巨剣でい(・)な(・)す(・)その対応力は、かつて戦った戦乙女神隊(ワルキューレ)のシンを思い起こさせる。


 ――武将という奴は、みんなこ(・)う(・)なのか!?

 ……いや、今はそれより…………!




「マテオ! 危ない!」


「もう遅いわ!」




 カジャが叫ぶのと、グラニュートが受け流すのに刀身を寝かせた状態から、一転して右手を添えつつ縦切りを放ったのは同時であった。


 それに対し、全霊の一撃を躱(かわ)されたマテオは、振り下ろした体勢のまま防御も次撃も生み出せない状態にある。グラニュートは、その金砕棒(かなさいぼう)という敵の持つ武器の性質上、初撃を受け流せば後は容易(たやす)い事を見抜いていたのだ。


 雨に濡れた十字剣(クレイモア)が、この日初めての血を求め、主人より大きな体躯を持つ相手へと切りかかる。その剣筋は、マテオの首元から右脇腹までを横断するものであることが、一目でカジャには理解できた。


「マテオ!!」


 カジャは間に合わないと思いつつも、一縷(いちる)の願いを込め軍馬を走らせながら、胸元のナイフを取り出す。


 束髪の青年の胸に、あの日ひとりの親友を失った時の感情が、再び去来しかける。


 ――――しかし、カジャにもまだ理解が及んでいなかったことがあった。






 それは、親友であるマテオの底(・)力(・)。






「ぬぅあああぁぁぁぁぁぁっ!!」




 その雄叫びはマテオの臓腑(ぞうふ)から絞り出され、大気を震わせる。そして叫びは純朴な青年に慮外(りょがい)の力を与え、手にする死した鈍器に、再び生命(いのち)を吹き込んだ。


「!?」


 反撃の一手を刊行(かんこう)するグラニュートの表情が、驚愕に塗り潰される。




 しかし、それも致し方無かった。受け流して無力化したと思われていた敵の金砕棒(かなさいぼう)が、今(・)度(・)は(・)横(・)方(・)向(・)に(・)薙(・)ぎ(・)払(・)わ(・)れ(・)、強(・)か(・)に(・)グ(・)ラ(・)ニ(・)ュ(・)ー(・)ト(・)の(・)脇(・)腹(・)を(・)打(・)ち(・)付(・)け(・)た(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)。




 千の剣(エクスタリア)の猛将は、予想外の一撃に反撃どころでは無く、鎧を着込んだ軍馬ごとその身を吹き飛ばされる。


 しかし咄嗟(とっさ)に手網を握り、鐙(あぶみ)を踏み込む両足に力を込める事で、なんとか転倒は防いだ。そしてグラニュートだけでなくカジャも、重厚な鈍器を振り抜き空中で静止させる、力の化身たる男を見やる。


 それは、普通ならば有り得ない挙動。しかしマテオの膂力(りょりょく)は、初撃を受け流されても尚(なお)、無(・)理(・)矢(・)理(・)に(・)第(・)二(・)撃(・)の(・)薙(・)ぎ(・)払(・)い(・)へ(・)と(・)繋(・)げ(・)た(・)。芯を喰わず、手打ちのような形であった為に敵へは有効打とならなかったが、マテオは窮地(きゅうち)を単独で乗り切ったのだ。


「マテオお前…………やるじゃないか……!」


「へへっ……気(イド)とか、体性感覚とかは僕には分かんないけど…………

 僕には、力(これ)があるから」


 思わず投げナイフによる支援を忘れ、カジャは親友へと駆け寄り賛辞の言葉を投げかける。そしてマテオは武器を降ろすと、口元を弓なりにして笑い、右腕で力こぶを作ってみせた。




 この数ヶ月感、レナードが修行に明け暮れる間、彼は何もしていなかった訳ではない。マテオは自分なりのやり方を信じ、ただ愚直に磨いてきたのだ。そしてそれが今、自分の命を救った。


 そんな感慨にカジャが浸る中、「喝(か)っ!!」という雄声が、ふたりの鼓膜を揺らす。


 弾かれたようにその叫びの元へと顔を向けると、そこには脇腹に手を添えてから、兜を脱ぎ去るグラニュートの姿があった。


 がしゃりと、地面に兜が落下する。しかしそれよりも、グラニュートの鬼気迫る表情に、ふたりの灰狼騎士団(アルスファーレン)武将は目を引かれた。


 えらが発達し四角形に近い輪郭の顔には、鑿(のみ)で刻み込まれたような皺(しわ)が、顔全体に寄っている。それは敵への憎悪(ぞうお)というよりも、自身の非力さを嘆いているようにカジャは感じた。


「驚いた…………これは偶然か?

 まさかゴットキルト将軍の如き御業(みわざ)を、ここで目にしようとは……」


 しかしその表情に反して、語気には驚きも混じっているようである。そして自由な右手を、金砕棒による一撃を受けた箇所に持っていく。身につける鎧の側面はそれにより歪んでいるが、その澱(よど)みの無い口調と様子から、やはりダメージは少ないものと思われた。


 お互いに、睨み合いの時間が訪れる。じりじりとした緊迫感に肌を焼かれるが、時間が止まったように感じるのは、その場にいる三人の武将だけであった。




「東方軍団長をお守りしろ!」




 その声は、相対するグラニュートの後方から聞こえてきていた。そして同時に、カジャとマテオはその方向へと視線を向け、敵将に負けないほどの皺(しわ)をカジャは眉間に刻む。


 それは自分たちの将に助成するために現れた、千の剣(エクスタリア)の兵士たちであった。他の戦局に割かれている為か数は一個小隊ほどであるが、槍を持つ彼らの参入は、カジャたちにとっては痛手である。


 敵兵士の誰もが、良い面構えをしていた。それは片腕の負傷を押して戦場に立つ、グラニュートを救わねばならないという義務感から来るものだろうか。まるで壁になるかのように複数の兵が立ち塞がり、敵将の姿は隠れてしまった。


「くっ……! 増援か」


「まずいよ、カジャ。こっちは人手がただでさえ足りないんだ。

 この状況じゃ………」


「あぁ。ここは一旦……」


 撤退だ。


 そう言いかけた時、精強な敵兵士たちをさらに上回る声量の、喝声(かっせい)が轟く。




「退(ど)け!

 将同士の戦いに、水を差すでないわ!!」




 一斉に、千の剣(エクスタリア)兵たちが振り向いた。


 それもそのはず。彼らを諌(いさ)めるその一声は、守護する対象であるはずのグラニュートから発せられていたのだから。


「し……しかし、東方軍団長」


「何度も言わせるな。この私が遅れを取るとでも思ったか。

 これは武人としての、正式な果たし合い。要らぬ心配は不要故(ゆえ)、ここは私に任せ、他の戦局に向かえ」


 雨に濡れているせいもあり、その覇気の籠った表情は羅刹(らせつ)の如きであった。さらに発される気迫に気圧され、思わず援護を買って出た兵士たちは縮み上がり、おずおずと彼の前に道をあけていく。


 カジャとマテオは、その状況に思わずぽかんと口を開け、呆(ほう)けてしまっていた。そして千の剣(エクスタリア)兵たちがお互いを見やって頷いた後、馬首(ばしゅ)を返してその場から離脱していく馬蹄(ばてい)の音で、我に返る。


 やがて、その場には再び三人だけの空間が出来上がっていた。まるで先程の闖入(ちんにゅう)が、無かったことになったように。


 グラニュートは、その光景に満足したように鼻息をつくと、軍馬を一歩進める。


「理解できない…………といった顔だな」


「……あぁ。俺たちとしては、願ったり叶ったりな訳だが」


「ふっふっふ…………いやなに、規則(ルール)無用の戦場においても、美意識というやつは忘れてはいかんという話さ。

 苦い経験を、この前したのでな」

 

 そうカジャの言葉に返したグラニュートは、水分を含み黒ずんだ包帯まみれの左腕に、視線を落とす。しかし一切の隙は見られず、カジャは胸元のナイフに手を添えたまま、動けずにいた。


 騎士道精神というものは、未だに煌国兵士の中では根強い。侵略や殺戮にしても、制御を失えば自らもその怨嗟(えんさ)の炎に焼かれてしまうため、そういった制御装置が必要なのだ。


 しかしそれにしても、二人の前に立つその男は、まさに武人としての生き様の殉教者(じゅんきょうしゃ)のような存在であるように見えた。そしてそれは数的に不利な状況であっても、変わらないようである。


「あなたは敵だけど………………僕はあなたを尊敬します」


「ふふふ…………そうか。その心根があれば、貴様も武人よ」


 じりじりと距離を縮めてくるグラニュートに対し、マテオが口を開く。そして敵将は苦笑を浮かべながら、左手と一体化した十字剣(クレイモア)の柄に、右手も添えた。


 グラニュートは、武人としての矜恃(きょうじ)を優先したのであろうが、味方の兵士を散らせたのはそれだけではない。


 自分ひとりで十分。力強く言い放ったその旨(むね)の言葉は、偽りではないであろう。それ故にグラニュートは、助けを必要としなかったのだ。


 または、周囲に味方がいると、思う存分に戦えないからか。


「…………考えても仕方がないな。

 マテオ、ここは俺たちで食い止めるぞ」


「うん。やろう」


 こくりと頷きつつ短く返答するマテオに対し、カジャはえも知れない頼もしさを感じる。そして双方ともが、軍馬に前進を命じた。




 風雲急を告げる暗雲は、未だ空を厚く覆うばかりである。



 

 









 ──────── お知らせ ─────────




 本日から1/3まで毎日更新に致します。それ以降はいつものペースになります。


 よろしくお願いします。

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