【四七節】夜明け
ふたりの王が、向かい合っている。率いる兵ではなく
一方の名は、オルテギウス・ウル・レガリア。第一皇位継承権者であり、
そして対するは、スラム街で生まれ育った、皇族の影を
何もかもが違った二人であった。しかし両者ともが、運命に大きく
そして、お互いの本音の
アインの首元からペンダントが
しかしここからの攻防は、時間にして一分にも満たなかった。だがそれ
この時アインが選択したのは、より無駄のない
相手の視線を直剣に向くように仕向けた上で、左腕を自身の腰周りに滑り込ませる。そして、腰鎧の隙間に挟まった細長い形状の
それは竹を加工した、短剣ほどの長さの
その
「それは……!!」
瞬時に理解したオルテギウスは、表情を
そしてそれは、結果的にオルテギウスの命を救った。偶然か必然か────その空振りに終わったと思われた縦の一閃は
「……まじかよ……!」
アインの用意していた策は、『王の影』が使っているものと同じ、毒の塗られた吹き矢であった。小さく携帯性に優れるそれを事前に
しかし、その奇襲自体が
「
その
ならば、どうするか。オルテギウスの言う通り、
だが、その心意気で放った不意打ちは、相手には届かなかった。そして動揺を浮かべるアインに対して、銀獣が牙を剥く。
迷いのない突進であった。オルテギウスは姿勢を低くしながら、アインの
金髪の君主はその挙動に、さらに
――こいつ……! なんの目的で……!?
その迅速なる足運びと、
もしや自分が先程にしたような、体当たりであろうか。
そうした考えが過ぎるのも仕方ないであろう。だが、下から覗き込むようなオルテギウスの金の瞳を目にして、アインは真意に行き着いた。
「組み技か……!」
「正解だ。でも少しだけ遅かったね、アイン」
しかし次の瞬間、
「
思わず直剣を取り落としそうになりながら、青年は顔を苦痛に
一瞬にして、アインは地面へと倒されていたのだ。
後頭部が硬い地面に打ち付けられ、視界が二重となる。
しかし、金髪の君主は鈍い痛みに
関節を極めあげて動きを封じてから、無防備となった下半身への足払い。オルテギウスの近接格闘能力は想像よりも遥かに熟達されており、甲冑を着込んだ者同士であっても、その術理は
「ちくしょ……!」
そして、アインは反射的に身を起こそうとするが――――それは、
「駄目だよ、勝手に動いちゃ」
アインの背中は、ついぞ地面から離れることはなかった。
その前に、オルテギウスが馬乗りの姿勢となっていたからだ。
――こいつ……これが狙いか……!
夕日が被さることで、相手の表情が逆光となり見えづらい。だが、確かに腹部には人ひとり分の重みを感じており、その声色から相手の勝ち誇ったような表情が想像できた。
「てめ……! 降りろ……!」
「また、変なことをされても困るからね。
さて…………」
苦し紛れに身体を
そしてその時、アインは目にする。切っ先を下に向けた状態で徐々に高度を上げていく――――直剣の刃を。
「これで、終わりだ」
身動きを封じられ抵抗すら許されずにいるアインは、見下げるオルテギウスの瞳に、冷徹な殺意の光を見る。それはどこか
そして、今にも自分に向かって突き刺さるであろう直剣の剣尖から――――目を離せずにいたのだ。
―――――――――――――――――――――――――
自分の下に、確かにひとつの生命を感じていた。
生きようともがき、抗おうとする生命。しかしそれは自身の弟であり、その
しかし、それを望んだのは自分。後は馬乗りとなって動きを封じた眼下のアインに対し、直剣を突き立てればいいだけ。
そうすれば、全てが終わる。
オルテギウスは両手で
――歩むんだ…………自分の
それは、国家全体を巻き込む戦争に挑むには、余りにも人並みすぎる願いであった。しかし
そうして、ついに彼女の手にした直剣がアインへと突き立つ――――…………
――――
「
アインは組み敷かれながら、そう叫んだのだ。そして彼の視線はオルテギウスではなく、
瞬間、それまで完全にペースを握っていたはずのオルテギウスの背筋を、冷たいものが走り抜けた。馬乗りとなることで身動きも取れぬはずの青年による意味深な一言と、その視線によって。
「ッ!?」
そうして彼女が背後へと視線を走らせたのを、誰が責められようか。これまで数々の局面を打破してきた、その圧倒的な頭脳が
しかしそこには、オルテギウスの想像していたものは無かった。『王の影』など――――ひとりとて
「アイン、君は…………!」
「引っ掛かったな、お兄様ァ!」
オルテギウスの腹部に衝撃が走り、それによって身体が後ろへと飛ばされる。
それは、
実際のところ、痛みは鎧によってほとんどが吸収されていた。だが問題はそこではない。
「してやられたよ……!」
オルテギウスは蹴り飛ばされた勢いのまま、後ろ手に身体を回転させ、尻餅をつくことなく体勢を整えた。その際に身体にマントが巻きついたため、オルテギウスはそれを力づくで両の
――まさか、あんな古典的な手に引っかかるなんてね……!
その時、オルテギウスの胸中は
思えば、登場の時点で衝撃的だったのだ。ごく少数の護衛だけを引き連れ、軍の総司令官が敵陣の最奥に姿を現す。その印象があったからこそ、
つまりは、
そして、
「オルテギウス……!」
「アイン……!」
お互いが、相手の名を呼ぶ。それは本能的に、
しかしそれでも、ふたりの王は手にする剣を振り抜くしか無かった。その先に掴み取る未来を信じ――――ただ、進み続けるしかなかったのだ。
オルテギウスは、地に膝をついた姿勢から立ち上がる。まだ、その手に直剣は握られていた。
アインは左の肩から血を流しながら、
「未来を手にするのは……僕だ!!」
「いや、俺だ!!」
あらゆる想いが、その一瞬に交差する。
そしてそれは、オルテギウスとアインの放った剣閃も同様であり、両者の間で十字を形作った。
―――――――――――――――――――――――――
――――両者とも、剣士ではなく『王』であった。
アインが放ったのは、正面からの縦切り。踏み込みと同時に振り抜かれる、気勢の乗った一刀。
対してオルテギウスは、真横に薙ぎ払う一閃。空気を切り裂く音が、遠くまで響き渡った。
――――
刃を合わせた瞬間、お互いの歩んできた人生が映像のように脳に流れ込んでくる────というのは。
縦切りと薙ぎ払いによって作り出された、
――アイン。君は…………それだけの
――オルテギウス。お前の生き様……素直に尊敬するぜ。
視線により、語らう双王。しかし、その時間は一秒にも満たなかった。
ぴしり。
交差する刃に、ヒビが入る。直剣の放つ輝きに、
――――そして、弾けた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
そして、振り抜かれるはずであったオルテギウスの直剣を叩き折り――――――そのまま、深々と相手へ切り込んだのだ。
「く…………は…………、」
オルテギウスの身体から、血の
遅れて、欠けた直剣の半身が付近の地面に突き刺さる。そしてオルテギウスの右手から、刀身を
「…………お前が弱かった訳でも、ましてや間違ってた訳でもねぇよ。
…………ただ……」
「いいんだ……よ、アイン。それ以上は……言わなくて……」
周囲は
「……君の勝ちだ。アイン…………」
それだけを言い残すと、オルテギウスはアインの方へと身を預けてきた。そしてそのまま倒れ込みそうになるところを、アインは空いた左腕で支える。右の肩に、オルテギウスの顔が力無く乗った。
左腕と身体全体に重量を感じると同時に、飛び散った返り血が、アインの
荒野に一陣の風が吹く。ふたりの足元には、オルテギウスに深く刻まれた斬撃痕から流れ出る血によって、いつしか水溜まりが出来上がりつつあった。それは、アインが
「…………馬鹿野郎」
せめて、恨み言のひとつくらい言えってんだ。
その多くの想いがこもった言葉を、青年は飲み込んだ。そしてアインは、そっと遺体を地面へ横たえる。
風が吹いていた。
それは、オルテギウスの魂を
誰もが、金縛りにあったかのように言葉を
それは、
「決着はついた!! 双方、
これ以上の戦闘は無意味であり、ここから先は我々が取り仕切る!!」
彼らはそう声高々に言い放ちながら、トゥーラーンの荒野に現れた。
人数にすれば、実に一個小隊ほどであろうか。しかし誰もが戦場に似合わぬ礼装に身を包み、その手にトランペットやホルンといった楽器を手にし、吹き鳴らしている。そして、先頭に立つ立派な
「我々は、
双方、戦いを止めよ。オルテギウス・ウル・レガリア殿下は討ち取られた!
よって、この戦いはアイン殿下率いる
彼らの後背に、大きな軍旗が悠然とはためいた。そこには荒ぶる獅子と一対の剣が
監視部隊を名乗る者たちは
しかし彼らの登場によって、徐々に両軍は平静を取り戻していった。荒々しい雄叫びも、刀槍の
そうしてやっと、アインは自分が成した事を実感するのであった。
「終わった…………んだな」
気の抜けた呟きと同時に、アインはその場に倒れ込んだ。極度の疲労が青年を
――――その時、
それは、地に満ちて争う人々を
【第五章
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