【一〇節】戦士たちの唄


 


「今のは当たったの?」


 思わぬ奇襲を自軍に受け、狼狽うろたえる軍勢レギオンの主をよそに突然大弓を構え矢を放った臣下に対して、アルミダは問いかける。


「いえ。避けられました。


 ………………ったく、あそこで避けるとか野生動物かっての」


 木材から動物の骨、さらには金属といった異素材を複合して作られた巨大なコンポジットボウを仕舞いながら、クセルアトラは素っ気なく報告する。しかしその後に呟いた本音は、アルミダの耳に入ることはなかった。


「ふん。…………まぁいいわ。


 …………それにしても、まさかアインあいつは私たちの進軍を予期していたっていうの? でもそうじゃないと、この用意の良さは説明がつかない。あぁなんということ。これじゃここまで来た意味が無いじゃない。

 突撃の前に周囲をもっと警戒するべきだった? いやあの段階で時間をかけ過ぎれば、敵に補足される可能性もあった…………

 ダイゼノンも行かせたけど、戦況は…………」


 アルミダは親指の爪を噛みながら、ぶつぶつとひとり呟き続けている。その目の焦点は合っておらず、その様子を見たクセルアトラや護衛の兵士は、その鬼気迫る表情に思わず一歩後ずさった。


 しかし、いつまでもそのままにはしておけない。クセルアトラは幹部としての泣け無しの自覚を振り絞り、アルミダに声を掛ける。


「アルミダ殿下。ダイゼノン総隊長が向かわれたので現場の指揮は彼に一任して良さそうですが、見ての通り我々は現在、いいように掻き回されています。

 ここはひとまず撤退も視野に入れては……」


「……撤退? 撤退ですって!?

 敵はスラム街の寄せ集め集団なのよ!? それを相手に背を向けるというのがどういうことか…………………………!


 …………ふぅ。冷静に。落ち着くのよ私。

 …………えぇそうね。既にこちら側の有利な状況は失われて、敵側のペースなのは認めましょう。

 けど、まだ手はある」


 クセルアトラの棘を含んだ言い分に反発したアルミダが、その髪色と同じように烈火の如く激昂しかけたと思いきや、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。そして打って変わって、その表情は自身に満ちたものになった。


 クセルアトラは問いかける。


「それは、『狂戦士ドゥルガー部隊』のことですか?」


 「違う。あれはもっと先、オルテギウス兄様やクラウゼ兄様との戦いの為の切り札。

 一応連れてはきたけど、ここで見せるつもりはない。どこで他の陣営の斥候が、覗いているか分からないから」


 アルミダはそう言うと、ちらりと後方に視線をやる。


 その視線の先には、数体の馬に繋がれた荷馬車が三台、停車していた。かしの木で作られていることもあり、さらに窓も取り付けられていないそれは、まるで囚人を運ぶ護送車にも見える。


 車体からは、その輸送しているが発しているものか、不穏な気が漂っている。まるで魔物のたぐいを目撃した気になったクセルアトラは、忌々しげに視線を戻した。


 ――確かに、見ていて気分の良いものじゃねぇよな。


「敵は、奇襲に人員を割いているわ。恐らく正面部隊は二〇〇〇〇そこそこな筈。

 裏を返せば、兵士の練度からしても、正面でぶつかれば勝ち目は薄いと考えての作戦。ここで敵奇襲部隊に気を取られて戦力を分散しては、相手の思う壷。

 こちらの後方戦力で敵奇襲部隊を押さえ込み、その間に敵正面を叩く。そうすれば包囲される事も無いわ」


「しかし、そうなればアルミダ殿下の周囲が手薄になります」


「構わないわ。

 私の護衛には最低限の人数と、クセルアトラ。貴方あなただけでいい。後は……」


 アルミダはこと細やかに作戦の内容を伝えるが、その間も顔は戦場の方向を向いており、戦局を見極め続けていた。戦局の推移によって、今出した指示が意味をなさなくなる可能性があることを、知っていたからである。

 

「……承知致しました。

 ………………おい!」


 クセルアトラはアルミダからの指示を聞き終わると、四人の伝令役の兵士を呼びつける。伝令というのは非常に重要な役割であり、途中で戦死して指示が伝わらない事態を避ける為、伝令役は複数人が請け負うのが常であった。


 兵士たちは、呼びつけを聞くや否やすぐさまクセルアトラの下に進み出て指示事項を受けると、軍馬にまたがりそれぞれ異なる進路で戦場へと身を投じる。それを見送ると、軍勢の女王の指示を忠実に実行するため、クセルアトラは周囲を見渡した。


 後方に控えた予備選力の兵士、約四〇〇〇人。


 彼らはアルミダの護衛部隊でもあるため、有事には貴重な戦力となり得る戦闘能力をもった一団である。そんな彼らに、幹部として主君から受けた指示を伝える。


「これより二つの部隊に再編成し、本隊の露払つゆばらいをおこなってもらう!

 任命する各部隊長の元、準備が出来次第出撃だ!」


 クセルアトラの号令を受け、兵士たちは血気盛んに了解の意思を示す。そして、誰にも聞こえないようにぼそりと、クセルアトラは呟いた。


「…………はぁ。

 今からでも、シンに代わってもらえねぇかなぁ」




 


 ―――――――――――――――――――――――――




 

 

 軍勢レギオンの先端同士がぶつかって、数刻が経過しようとしていた。


 最前線は完全に乱戦の様相をていしており、四方八方を槍や剣が飛び交う中、マテオは目の前の敵に集中していた。取り回しのしやすい短槍を持った、恰幅かっぷくのいい敵兵である。


 しかし、それはマテオの体格を上回りはしなかった。馬にまたがったマテオを見下ろせる者は、少なくとも付近には存在しない。


 しかし、それに怯むことなく敵兵は短槍を突き出してくる。それに合わせるように、マテオは肩鎧で攻撃を受けるが、堅牢な装備の中でも特に分厚い部分である為、穂先ほさきはあえなく弾かれた。


 そして相手の体勢が崩れたのを見逃さず、マテオは右手に握ったメイスを振り抜く。


 柄の先端に取り付けられた、重量を感じさせる鋼鉄の膨らみが敵兵の横顔に命中すると、兜は一撃で凹み、衝撃で馬上から振り落とされる。それを見た周囲の敵兵は、襲いかかるのに二の足を踏んでいた。


「覚悟のある奴だけかかってこい!」


 そう凄むマテオは、普段のほがらかさを感じさせない気迫をまとっていた。自身を含め、前衛が崩れればいずれ後方のアインや仲間に危害が及ぶ。そう感じているからこその勇猛さである。


 だが、相手もずっと怯んでばかりではない。含み合わせたように、三人の騎馬兵がマテオに向かい殺到してきた。




 三人同時ともなれば、流石のマテオでも難しい局面である。しかし、メイスを再び握りしめたその時、左右から二騎の兵士が飛び出した。




「そうはさせねぇよ!」


「オラァァァ!」




 二騎は戦斧を携えながら、それぞれ迫り来る敵騎兵に向かい突撃していき、その進行を食い止めた。数の有利が崩れたことにより敵兵の表情に焦りが見えるが、鍔迫つばぜり合いに持ち込んでいったその二騎の兵士は、マテオ率いる第三士団の仲間であった。


「君たち……!」


「士団長! おれらにも格好つけさせてくれよな!」


「おうよ。第三士団は他の士団よりも指折りの猛者揃いってこと、教えてやらぁ!」


 仰々しい兜の隙間から、二人の兵士は大柄の隊長に視線を向ける。それに対してマテオはこくりと頷くと、メイスを内向きに振りかぶりながら、残ったひとりの敵騎兵に向かって突撃した。


「ありがとう……!」


 敵騎兵も一騎打ちとなる覚悟を決めたのか、馬腹を蹴って距離を詰める。その手には直剣が握られており、すれ違い様に、鎧の隙間に一撃を叩き込むつもりのようだった。


 だが、それはマテオも同じことだった。馬をさらに加速させ、メイスの威力を底上げしながらその瞬間に備える。




 やがて、その時は訪れた。敵騎兵の直剣が、銀色の軌跡となってマテオの首元へと吸い込まれていく。




 頸動脈を切断する一閃。




 しかし、その切っ先はマテオに届くことは無かった。薙ぎ払うように振り抜かれたメイスによって直剣は砕かれ、渾身の一撃を受けたその使い手諸共もろとも、馬上から転げ落ちていったからである。




 四方に鋭利な棘をたたえたメイスから鮮血を滴らせ、敵兵の撃破を確認すると、マテオは馬を停止させる。そして振り向くと、そこには応援に駆けつけた仲間のひとりの若者が、息を切らして佇んでいた。


 手に持つ戦斧は血に濡れ、付近には打ち倒したものと思われる敵兵が、物言わぬむくろとなっている。そして、その若者はマテオの勇姿をたたえた。


「流石はマテオ士団長。すげぇパワーだ」


「ありがとう、助かったよ。

 そっちは何とかなったみたいだね。後は……」


 マテオは、もうひとりの応援に駆けつけた仲間のいた方向に目をやる。


 しかし、その視線の先にあったものは、騎手を失った軍馬が二頭。そして相打ちとなったのか赤く鎧を濡らし、地面に伏している二人の兵士の姿であった。


 ひとりは、甲冑からして戦乙女神隊ワルキューレの兵士。そして残るひとりは、先程威勢よく飛び出してきた、灰狼騎士団アルスファーレンの仲間である。


「……………………あ」


「士団長」


 思わず駆け寄りかけたマテオの背中を、言葉が制止させる。それは自身の傍らに佇む、仲間のものであった。


とむらいは後だ。今は生き残る事を考えろ。

 あんたは、第三士団おれらのリーダーなんだからな」


 兜の隙間からマテオを真っ直ぐ見つめ、言い放つ。だが僅かにだが、その言葉尻は震えていた。


 マテオは思い出す。窮地きゅうちに駆け付けたその二人は、元はマテオたちとは別のチームであり、十数年来の昔馴染み同士だったということを。




「…………うん、ごめん。

 ……行こう」




 マテオはそう言い残し、馬首をひるがえす。感傷に浸る間もなく、目の前には敵兵がこちらに向かってきていた。


 ――これが、戦場なんだ。


 血と鉄が織り成す喧騒けんそうの中を、マテオは駆ける。この前進が、散っていく仲間たちへの手向たむけになると信じて。




 

 ―――――――――――――――――――――――――




 

 

 湾曲した山刀を、勢いに任せて振り下ろす。すると刃は肩口へと吸い込まれ、傷口から鮮血を噴き出しながら敵兵は落馬していく。


 一息つく間もなく、今度は鋭利に研がれた槍の穂先ほさきが襲い来る。


 コルトは、咄嗟とっさに体をひねり事なきを得るが、甲冑を穂先がかすめる耳障みみざわりな音が周囲に反響する。それと同時に、伸びきった槍の柄の部分を左手で掴んだ。


 武器を捕捉されたことにより敵兵は焦りを見せ、力で相手の手中から取り返そうと躍起やっきになる。しかし、綱引き状態になっていた敵兵の両腕は、肘から先をコルトの山刀により切り落とされた。


 悲鳴をあげる敵兵を尻目に、周囲へと視線を走らせる。


 仲間たちの交戦状況と、周囲の敵兵の位置関係を素早く把握し、その場で取るべき行動を取捨選択する。そして失敗は、即命取りである。


「クソッ! 終わりが見えねェぞ!」


 目まぐるしく変わりゆく戦況の中、コルトは愚痴を零す。そして不快感を隠すこともなく、口周りに着いた敵兵の返り血を乱暴に手で拭き取った。


 敵は、とめどなく押し寄せてくる。ほぼ一直線に並んだ戦線は、現在は膠着こうちゃくした状態を維持しているが、いつ均衡きんこうが崩れるか分からない。地力じりきでは、敵側が勝るのだから。


 百戦錬磨ひゃくせんれんまの正規兵軍団。そんな者たちと現在渡り合えているのは、伏兵部隊たちによる奇襲が成功したからであろうか。




 そんな事を考える中、馬蹄ばていを響かせてこちらに近づいてくる、一騎の敵兵の姿が見えた。




 その男は、周囲の敵兵士とは違った意匠の鎧を身につけている。金細工のほどこされた腕甲や胴鎧は、身につける者の階級の高さを思わせ、身の丈を越す長槍をたずさえていた。恐らくは、武将のひとりであろう。


「抜かせるか!」


 その武将の突進を止めるべく、勇猛そうな表情を浮かべた二人の若い灰狼騎士団アルスファーレンの兵士が立ち塞がる。その手には直剣と長槍がそれぞれ握られていた。


 長槍を持った兵士が、迫り来る武将に対して穂先を突き出す。突進する敵に対しては勢いを利用し、槍をただ構えているだけでも鎧を貫通させられる。次の瞬間には、胴を貫かれた武将のむくろが転がっているはずだった。




 しかし、そう上手く事は進まなかった。




 敵武将は襲い来る槍を、自身の長槍を横ぎに払うことによって、その脅威を取り除く。さらにあろう事かその振りのまま、槍を持った仲間の首を穂先ほさきき切る。


 そして、隣にいた仲間が首から血を噴き出し絶命した事を悟る間もなく、直剣を持った兵士は、遠間からの敵武将による返す刀の刺突で心臓を貫かれた。


 悲鳴をあげる暇も無く、ほぼ同時にふたりのしかばねが出来上がり、やがて地面に折り重なるように落馬する。


 悠々と歩を進めながら、武将は手にした長槍を大きく血振ちぶるいし、仲間たちの血を地面に飛ばす。余程の名匠の手による物であろうか、その刃には血液の一滴も付着しておらず、滑らかな光を放っていた。


 「…………テメェ!!」


 この男は、放っておけばさらなる甚大な被害をこちらにこうむらせるだろう。一瞬にしてコルトは、そう判断を下した。


 そして判断すると同時に、馬首はその武将の方向に向いていた。


「こっちだクソ野郎ォォォォ!!」


 咆哮をあげながら、コルトは突っ込んでいく。そして、向かい来るコルトを察知した武将――──カイム・シンは、静かに長槍を構え直した。




 セネブ平野の会戦―──―その最前線において、ふたりの武将が剣を交えようとしていた。


 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る