第43話「……結局、どうなったの?」
ルネは相槌を打ちつつ、前のめり気味でじっと話に聞き入っていた。
要点のみを伝えるつもりが、彼女の真剣な眼差しに応えたいと思うあまり段々と多弁になって、当時の胸の内まで赤裸々に明かした。
矢の雨のごとく一方的にまくしたててしまい、早くも後悔し始めたアシャにルネは笑みの混ざった困り顔を浮かべる。
「充分身に染みているでしょうけれど、よく分からないことを言ってくる怪しい人に自分から関わりに行くのは危険でしてよ。謎をちらつかせて罠にかけるのが、悪人の常套手段ですもの」
細まった金眼には無謀な妹を諌めるような親しみが込められていた。
「分かってる……もうやらないって」
もっともな忠告に耳が痛くなり、アシャは俯き気味に水を飲んだ。
一瞬にしてグラスが空き、酷使して乾いた喉に清涼感がもたらされる。
ルネも仕切り直しとばかりに腰を浮かせ、椅子へ深く座った。
「さておき、ルティーヤ様の言動はとても謎めいていますわね。未来予知の術などを習得しておられるのでしょうか」
外では噂にするのもはばかられそうな話題だ。アシャはすぐさま首を横に振った。
「読心や予知の魔術は昔からあれこれ試されてるけど、確実性を謳った術式は残っていないはずだよ」
「あら、そうなのですか?」
術を欲して後援に回る者と、不用とみなして排除にかかる者はいつも表裏一体で現れる。
世に実益か実害をもたらした術式は、権力者が替わるたび人心の操作や誤認誘導を危険視され、術者ごと闇に葬られてきた。
「今じゃ研究自体が禁じられてるし、許されてるのは当たり障りのない占いくらいで……ああ、いや」
過去に読んだ文献を思い浮かべ、要点をそらんじるうちにアシャはふと気付く。
「長命の竜の貴族なら、歴史の裏でひそかに術式を独占出来るのかも……?」
ただの想像に過ぎなくとも壁に耳があれば不敬とみなされそうで、無意識に声を絞った。
実行に移すような悪辣であるかはさておき、魔術使いの口を封じて研究資料と魔導書を回収し、一部の人々だけが恩恵に預かれるよう取り計らうのは不可能ではないはずだ。
ルティーヤの父たる現宰相が公の場では常に素顔を隠し、無言を貫くのも秘匿のためではないか。
禁断の魔術への興味が貴族への疑心をむやみに増大させる。
「アシャ。あまり好奇心を発揮しますと、藪蛇になってしまいますわよ」
悩む表情から思考の流れを察したのか、ルネが再度忠告してきた。
夢から醒めたように現実へ引き戻される。
「あ、うん。そうだね……証拠もないのにあれこれ考えたって意味ないし、何より失礼だ」
口に出した瞬間、名誉毀損と不敬罪で捕まりそうなことを考えるべきではない。
アシャが片手で頭を掻きつつ自省していると、ルネは軽く背中を叩いてきた。
「疲れている時は物事を悪い方に捉えてしまいがちですわ。リナルドさんとメルレットさんには事情をお伝えしていますから、何日かゆっくり静養してくださいまし」
滑らかに喋りながらボトルとグラス以外の食器を木製トレーに載せ、立ち上がる。
「私は聖エステル教会に戻ります。また明日、顔を出しますわね」
手が塞がっており膝を曲げられない都合上、会釈を別れの挨拶としていた。
扉へ向かうルネの後ろ姿を見て、アシャは最も重要な質問をしていなかったと思い至る。
「ルネ! あの店のことだけど……結局、どうなったの?」
口にするだけで昨夜の嫌悪感が蘇ってきて、顔から血の気が失せてしまった。
だが、聞かずに寝入ることなど出来ない。
ルネの兎耳がウィンプル越しにピクリと動き、積載した食器を落とさぬよう緩慢に振り向く。
「……お聞かせしにくいところもありますから詳細を省き、結果だけお伝えします」
そう言い、眉を八の字にして喋り始める。
「被害を受けた方、全員を保護致しました。店の構成員のうち半分は捕まりましたが、主犯格とされる者たちには逃げられてしまいました」
精神的ショックを与えまいとしてか、報告書を読み上げるような、いつになく硬い口調だった。
「根本的には、まだ解決出来てないんだね……」
「誘拐されて何年も行方不明になる例もありますから……被害者を助けられただけ僥倖ですわ」
下働きを何人捕縛しようと首魁には繋がらない。
それよりも、少なくない人々を魔の手から救ったことを誇りに思うべきなのだろう。
「……教えてくれてありがとう、ルネ」
長身の聖職者は憂いを帯びた顔で淡く微笑み、しずしずと去っていった。
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