第1話 3人
日本が1日中夜の闇に包まれるようになったのはいつからだったか。
恐らく初期のころに夜を吐く悪魔がいたからに違いない。
(ソイツに感謝状、贈りたいくらいね。)
――闇に紛れて
ほっそりとしたシルエットがビルの屋上を蹴った。一切他色の介入を許さないほど真っ黒な髪は高い位置でひとくくり。その色の中に目立つ飾り気のない金色の簪。丈がワンピースよりも短い和服の柄は白い河川と椿だけ。
彼女の、三日月の形をしたピアスがきらりと空中に光の残像を残す。目下には夥しい量の悪魔、悪魔。加えて、視界の横から翼を持った飛行型のものが口腔の牙をこれでもかと開いて飛翔してきていた。
そう、まさに彼女の目の前、腕を伸ばしたらすぐ手が届くくらいの距離。が、彼女の額には冷や汗一つない。逆にその悪魔に冷たい目線さえくれてやっている。
「邪魔。」
そう云い放ち、頭部の上の硬い鱗にヒールの先を押し当て、空中で2回転。ステッキについた藍色の宝石が淡い光を放ち、落下速度を上げた。そのまま行き先をなくして空中で面食らう悪魔の背中にステッキを向け、そっと呪文をつぶやく。
〈レイズ〉
遠目から見れば、何かわからなかっただろう。だが、宇宙のような、無数の小さな輝きを持った黒く輝く柱――正確には光線だが、エネルギー量が多く、太いため柱に見える――が、ジュッと音を立てて龍の悪魔を消滅させてしまった。
彼女は消滅した悪魔を毛ほどの興味もなさそうに見つめながら、速度を増して降りていく。
「………待ち合わせ時間まで、あと少し。悪いけど、あんまり遊んでられないのよね。」
と、さも面倒くさそうに呟きながら。
「ライナ、蹴散らすわよ。」
そう云うと彼女の右肩あたりに、ぽんっと音がして1匹の小柄な猫が現れた。周りの夜色を吸い込んだような真っ黒な毛にところどころ星みたいな白い点がついている。
〈魔具 開放〉
子猫の真っ黒な首輪にはまった
ステッキが白く控えめに光り、その両端を彼女の指がつかむと簡単に二つに分かれた。勢いよく一振りすると、鈍色の光が夜の空気に散らばる。子猫と同じ色の刀身を持つ鋭利な武器。日本刀並みの長さの刀が彼女の量の手に1本ずつ収まっていた。
その時、黒いヒールの先は普通住宅の屋根の高度にも満たない位置にあった。どの個体かなんてわからない。悪魔が吠える。超音波にも近いその咆哮に応えるように刀の刀身が黒い覇気をまとう。
「――――良い子は、寝る時間。 さよなら。」
〈月影式二刀流 鈴蘭〉
人の肉眼で見えるか見えないか。細い、ほそい、銀の一閃。
空中にいたはずの彼女のヒールがコンクリートと触れ合いかつん、と快い音をたてる。彼女はただ地面に降り立っただけではない。速すぎたから、そのように見えただけだ。
その証拠に。悪魔の皮膚に、皮膚と呼べそうな場所にピシリと音がしそうなほどに綺麗なヒビが入った。ばらり、と体が砕けて崩れ、塵となって消える。悪魔殺しにおいて唯一楽なのは死体が残らないことだと彼女は思っている。
今、日本中に6人しかおらず、唯一悪魔を葬ることができる人間。
女神、またの綽名を魔法少女と呼ばれる6人のうちの一人、月影さな。17歳。
古来より代々続く剣道の家元、月影家に長女として生まれた。
それが、彼女の名前であり肩書である。
『やっぱりサナの刀は素晴らしいねえ、あっという間に細切れになった。』
変身を解いたさなの華奢な肩に先ほどの子猫――ライナと呼ばれる魔獣がするりと乗る。黄色の大きな眼の中で黒く細い瞳孔がにぱりと細められた。笑っているらしい。
「あっそ。そりゃどうも。………ごめん、れっか、うみ。待たせたかしら。」
ライナの世辞を生返事で返してから、さなはくるりと振り返って2人の友達の名前を呼んだ。
萌百合れっかと愛羽原うみは、さなと同い年で魔法少女になった。実際、彼女らは高校生活も共にしており、自宅もそれほど遠くなかった。悪魔の出現で3人とも天涯孤独になり、3人ともに魔法少女の力が芽生えたおかげで今も一緒にいる。
「気にすんなって!あたしたちも今来たとこだからよ!」
炎のような装飾のついた赤いドレスを身にまとい、その華美な服装にそぐわない粗雑な口調で話す魔法少女。萌百合れっか。17歳。高圧的な態度とアグレッシブな性格が特徴で元陸上部のエース。全国大会は今年で5連覇を記録していたスポーツ少女である。
「れっかぁ、まだ周辺に”余り”がいるかもしれないからぁ、声は控えめにしてぇ?」
リボンとフリルがこれでもかとたくさんついたピンク色のミニワンピース、ねっとりと甘いトーン、完璧に分けた前髪を傾けて上目遣いに首を傾けて忠告する魔法少女。愛羽原うみ。17歳。在学中は男女問わず学校中の生徒たちをを虜にさせ、魔性的ともいえる魅力を秘めた最強に『可愛い』魔法少女である。
先ほどうみが云った”余り”――無論、悪魔のことである。案の定うみとれっかの背後から大きなムササビ型の悪魔が這い出る。齧歯類特有の大きな前歯が迫る。
が、ソイツは直後に胴体に風穴が空き、一瞬のうちに息絶えた。うみは自身の背丈ほどもあるバズーカを、れっかは派手な炎の装飾がついた大きな槍を担いで何事もなかったかのように立っている。
どうでもよさげに手を振って、3人は固有魔具を宙に霧散させ、変身を解く。同じ校章入りの赤いリボンタイがついたセーラー服。この姿になれば登下校中のただの女子高校生に早変わりする。もっとも、中身が魔法少女で、ここが悪魔の蔓延る地と化していること以外を除けば、だが。
「ねぇ二人とも、お昼ご飯食べたぁ?」
「あ、待って、食べてないかも」
「あ~道理で腹減ってるワケだ。 何食いたい? 」
「前に見つけた…定食屋さんは? 甘いものもあるからうみも気に入るかも」
「やったぁ! ねぇ、パフェある? 丁度パフェの気分なんだぁ」
スマホを使って律義にメニューを調べ始めるさな。
「あっ、なにこれ………期間限定ほうじ茶わらび餅黒蜜パフェ…」
3人は顔を見合わせ、にまり、と笑った。
「「「絶対食べたい」」」
世界を愛せない魔法少女 ~訳あり女神様~ 鴨川弥乃莉 @minori-kamogawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。世界を愛せない魔法少女 ~訳あり女神様~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます