君の瞳のその奥に

楠富 つかさ

第1話 いつかの夜と今の私

「恵玲奈、また私以外の女のこと考えているでしょう?」


真っ暗な部屋に二人、抱き寄せた彼女の瞳が真っ直ぐに私を捉える。彼女の猫のような眼に写った私は……どこか自分でないような風に思えた。


「……ごめん」


その謝罪は目の前の彼女にか、自身にか、はたまた……。


「いいよ。いっぱい甘えさせてくれたらね」


そう言って口づけを交わす。甘く柔らかな彼女の唇に触れると、私の心の奥にあるもやもやも少し晴れていく気がして……夢中で彼女をむさぼった。


「んちゅ、ちゅぱ……あぅ、ん」


膨らみの乏しい身体を重ねているとじわじわと身体が熱を帯びていく。それでもどこか寂しくて、私たちは一線を越えられない……。もどかしくてもどかしくて仕方が無い。私は彼女に彼女ではない別の人物を重ね、それでも好きだと行ってくれる彼女が、私の寂しさを見透かしているようで……。


「もっと、甘えさせて?」


求められれば求められる程に自分が惨めに思えて……だからこそ、この温もりを離したくない。


「んちゅ、ちゅぱ、ずちゅぅ……」


この温もりを離してしまえば、私はきっと彼女に甘えて……いや、依存してしまうだろう。彼女の幸せを崩すわけにはいかない。だから私は目の前の彼女に彼女を重ね、愛そうとすることで自分を保っているのだろう。


「まだあの女のことを考えているの? ダメだよ。今は私と恵玲奈だけの世界なんだから……そうでしょう?」


そうだとも……だからもっと、甘えて欲しい。私を私たらしめて欲しい。



 夏休みも終盤といった八月半ば。私はクラスメイトが住む寮の一室で、忙しさのあまりに手つかずになっていた宿題をやっていた。


「うわっと、もうこんな時間。ごめんね叶美、宿題見てもらっちゃって」

「ううん。気にしないで」


彼女が住むのは学業や課外活動で優秀な成績を修めた者が集まる菊花寮。一人部屋だが二人部屋よりやや広く、私と部屋の主である叶美、そして彼女の“二人のカノジョ”が居てもちょっと狭い程度にしか感じない。


「紅葉ちゃんとかおりちゃんもごめんね。叶美との時間邪魔しちゃって」

「いえいえ。中等部時代のお姉さまの話を聞けて楽しかったですから」

「きにしなくてへーき。えれなちゃん、わたしのなかまだからね!」

「十四歳に胸元を見られて仲間意識を持たれるのは流石に泣いちゃうよ?」


叶美の二人のカノジョ、中三ながら落ち着きと艶やかさを持つ和風美少女の城咲紅葉ちゃんと、中二ながら童女の心と笑みを持つロリ系美少女の北川かおりちゃんだ。紆余曲折あって三人で恋人といううらやま……希有な関係にある彼女らと私は、こうして時折会って話をすることがある。さて、お仕事行かなきゃだね。


「取材先、どこなの?」

「菊花寮の部屋だからすぐそこだよ。じゃ、Adios señorita」


スペイン語混じりで別れを告げる私の名前は西恵玲奈。新聞部と放送部を掛け持つ報道系女子だ。生徒から話を聞いてインタビュー記事を書くのも仕事の一環というわけで、取材を受ける生徒の住む部屋へ向かうのです。

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