第2話 好きっていう気持ち
しばらくして。
マイちゃんが元気良く走り回っていたことが、いけないことだと思ったみたいで、お父さんとお母さんはおばあさんに謝っていた。
「すみません! 娘が騒いでしまい」
「本当にすみません! 私の方からも娘にはちゃんと言いきかせますので」
「大丈夫よ。どうか叱らないでやって。私は自分の大切にしてきた
「そうですか、それなら良かったです」
お父さんは安心したみたいで胸を撫でおろす。
そして腰を落とすとボクを抱き締めたまま離さないマイちゃんに目線を合し尋ねた。
「でも、マイ? 本当にそのぬいぐるみでいいんだね?」
「うん! この子がいい! マイとお友達になりたいって言ってる気がするもん! だから、この子がいいの!」
えへへ嬉しいなー! ボクがいいんだ。
……本当に嬉しいよ。それにボクの気持ちまで考えてくれるの?
ボクもマイちゃんとお友達になりたいよ。
「ふふっ、そうか。クマがいないからなんて言ったら、反対しようと思っていたが――」
立ち上がったお父さんは、後ろで様子を伺っていたお母さんと視線を合わせる。
「そうね。そこまで気に入っているなら――」
「――このぶたのぬいぐるみをマイの誕生日プレゼントにしよう」
「ふふっ、ですね!」
「本当に――?」
「ああ」
「やったー!」
マイちゃんの笑顔が弾けた。
ボクを抱きしめる小さな腕にも力がこもる。
そうだったんだ! 誕生日だから、このお店に来たんだね。
じゃあ、ボクをプレゼントに選んでくれたってこと?!
えへへ、すんごく嬉しいや!
売れ残って良かったのかも。
マイちゃん、マイちゃんのお父さん、お母さん! ボクを迎い入れてくれてありがとう。
そして、天国のおじいさんに、ずっと優しかったおばあさん今まで本当にありがとう。
ボク、行ってくるね!
マイちゃんをこの家族を笑顔にしてくる!
☆☆☆
車に揺られること、どれくらいだろう?
一時間くらいかな?
たぶん、それくらい。
青く大きな屋根、真っ白な壁に駐車場もあって車も庭もある素敵なお家。
ボクはマイちゃんの家に来ていた。
「マイ、その子は気に入ったかい?」
マイちゃんのお父さんが言う。
リビングでいい匂いがする飲み物を口に運びながら、分厚い本片手に。
初めて会った時から思っていたけど、お父さんは自分の娘であるマイちゃんが大好きみたいだ。
向ける視線がお日様みたいにとても暖かくて優しいし、語り掛ける声だってふんわりしている。
「気に入ったよー! ぎゅーってして気付いたんだけどね、この子なんかいい匂いするの! それにやっぱり、ものすごーく可愛い!」
マイちゃんはその隣でボクに顔を埋めてぎゅーっと力いっぱい抱き締めてくれる。
いい匂いがするのは、マイちゃんの方だよー!
可愛いのも!
でも、嬉しいな。
ボクを気に入ってくれて。
ふふっ、なんだろう。
胸の辺りがぽかぽかする。
加減が無くて少し痛いけどね。
とてもいい気分。
「こらこら、そんな力任せにしないの! ぶたさんも痛がっているよ?」
マイちゃんのお母さんが言う。
お母さんは髪を後ろに括り、真ん中にリンゴが描かれたエプロンを付けている。
マイちゃんにしてはいけないことを教えてあげられるかっこいい人だ。
きっとリンゴが好きなんだと思う。
そんなお母さんはキッチンでマイちゃんの飲み物を準備しているみたい。
リビングにいるボクの方まで甘くていい匂いが流れてくる。
お店にいた時に嗅いだ匂いとは違う。
ボクがお店にいた時は、お鼻に残る苦いような、酸っぱいような……でも落ち着くような匂いがよくしていた。
こーふぃーとかいう飲みものだ。
おじいさんがよく飲んでいたなー……。
苦くて酸っぱくて落ち着く味もするとか言ってたね。
でも、ボクは飲んだことがないからわからないんだけど。
ぬいぐるみだからね。
この甘い匂いがする飲み物は苦いのかな?
それとも酸っぱいのかな?
落ち着くのかな?
一体、どんな味がするんだろう……うーん。
だめだ。考えてもわからないや。
だけど、これは確かだ。
今、流れてくる匂いは甘くていい匂いで。
酸っぱくも苦くもない。
じゃあ、きっと甘くて美味しい物ってこと。
あくまでも、ボクの想像ではだけど。
それにしても、マイちゃんの家族はみんな優しくて、笑顔が素敵。
このあたたかい空気の流れるお家に来られてボクは幸せだな。
「そう言えば、お名前はどうするの?」
お母さんがマグカップをリビングテーブルに置き言う。
「ちゃんと、決めてるよ」
「あら、もう決めているのね。なんてお名前なの?」
「んーとね――」
ボクを抱き締める腕に力がこもる。
やっぱり、少し痛い。
だけど名前かぁ……考えもしなかったな。
お店で売られていたボクには名前はなかった。
あ、そうじゃなかった。
おばあさんは敢えてつけないって言ってたね。
そうだ。
ちゃんと家族として迎い入れてくれる人につけてもらった方がいいとかも言ってた。
これはおじいさんが言ってたのかなー……。
二人して同じようなことを言ってたから、どっちが言ってたか、よくわからないや。
ずっと一緒にいると口癖も移るもんね。
おばあさんが言ってたなー……『移った分だけ、相手のことが好きなんだって』
どういう意味かは、わからないけど。
えーっと、とにかく。
ボクらぬいぐるみの間では、自分たちのことをその元になった動物の名前で呼び合っていた。
でも、ボクに名前が付けられるのかー……どうせなら美味しそうな名前がいいな。
この匂いみたいな美味しそうな感じ。
「クーちゃんっていうの! だから、えーっとね。田中クーちゃんだよ!」
「クーちゃんー! うふふ、素敵なお名前ね!」
ボクの名前が決まったみたいだ。
あれ? あんまり美味しそうじゃない。
だけど、目の前にいるマイちゃんが幸せそうに笑っている。
それならいっか。
笑っているマイちゃんの瞳には、ボクが映っている。
今はこれだけで幸せだ。
それにクー、田中クー。
覚えやすくていい響き。
これならボクでもちゃんと覚えていられるもんね。
「ママー、クーちゃんをマイのお部屋に連れて行っていい?」
「ええ、いいわよ!」
「やったー!」
マイちゃんはボクを抱えて階段を駆け上がる。
マイちゃんのお部屋ってどんな場所なんだろう。
小さいのかなー? それとも大きいのかなー?
ボク以外にもおもちゃやぬいぐるみがいたりして……。
わくわくするけど、少し不安だ。
「はーい! ここが私の部屋だよー!」
すごいなー! 本がたくさん並んだ大きな机もあるし、あのなんだったけ? 白と黒の四角い楽しい音のなる物がたくさん付いている楽器……ピ……ピ……ピア……――。
――パロン♪
「んでね! これがピアノって言うんだよー!」
そう、ピアノだ!
おじいさんもピアノを弾いてた。
そう、そうだった。
弾き始めの頃はあんまり上手くなかったから、おばあさんに笑われてたっけ……ふふっ。
マイちゃんのおかげで思い出せた。
でも、そっか。
ピアノのもあるんだね。
「マイね。大きくなったら、ピアニストになるの! だからね、ちょっと聴いててほしいの。クーちゃんに! じゃあ、いくよ――」
マイちゃんは、ピアノを持っているだけじゃなくて弾けるみたいだ。
ボクをお膝に乗せたまま、音を鳴らしてくれた。
マイちゃんは音楽が大好きなんだね。
好きって気持ちが音に乗ってて、ボクまで幸せな気持ちになるよ。
そういえば、おばあさんが言ってたっけ……?
『好きって気持ちが全て』とかなんとか、おじいさんのそういうところに惹かれたとかも。
ぬいぐるみのボクには難しいことはわからないけど、こういうことを言いたかったのかもね。
好きってみんなに伝わるんだね。
ボクもたくさんたくさん。
マイちゃんや、お父さんさんやお母さんにも伝えたいな。
好きっていう気持ちを。
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