第2話 少し思い出話をしておこう
食事の用意が出来る間に、先程話そうとした、俺がT都E区に残る理由を話したいと思う。
生まれも育ちもT都E区であるわけだが、学校教育はロボット達と同じ校舎とクラスで育った。先生は一応配慮してくれるものの、先生も勿論ロボットなわけで、その理解には苦しかったようだ。十分な配慮が得られない部分は、申し出るよう言われるのだが、なにぶん子供なので周りの目も必要以上に厳しく言い出し辛い。
身体能力は勿論のことなのだが、頭の出来も違えば、生身の人間なので直ぐ疲れるし怪我もする。嫌だと思う先生も多かっただろうに。
その学校での人間は、俺ともう一人女の子がいた。可愛らしい女の子だったが、大人しくて地味な存在だった。俺は話しかけたかったけど、結局女の子が引っ越すとき少し会話しただけで終わってしまった。女の子相手で、恥ずかしかったからそのとき会話出来たのが今でも奇跡だと思っているくらいだ。ちなみに、その女性に対する上がり症は今でも健在である。
で、その女の子との約束が未だに俺をこの地に縛り付ける。名前も顔も覚えていないのに、何故かその約束だけは守らなきゃいけない使命感があるのだ。どうせ、人間の俺なんかと結婚してくれる女性なんて見つかりっこないだろう。俺が優秀な人間だったら有り得たかもしれないが、今は誘拐されて人間競売に流されないように注意するのが精一杯だ。
で、肝心の彼女との約束ね。
あれは、確か雪が降り積もる寒い冬だった。クリスマスが近かったのかな、赤と緑と白のネオンが煌めいていて、クリスマスソングが流れていたのを覚えている。
あの日、俺は母さんが風邪を引いてしまっていたから、薬局に薬を買いに行っていたんだ。一応、人間用の薬も少しだけど薬局に置いてある。病院に行く程でもなかった風邪だったんだろうな。
その帰り道、公園でその子を見かけた。彼女は寒いのにコートも着ずにセーターとスカート姿のまま、ブランコに揺れていた。赤い顔で、何度も何度も白い息を手に吐きかけながら擦り合わせていた。泣いていたようにも見えた。
俺は心配でどうしようか悩みながら、公園の木の影から彼女を見ていたんだ。
暫く待っていても彼女は帰ろうともせず、何度もくしゃみを始めた。
俺は意を決して、近くの自販機で熱い缶のココアを2本買ったんだ。
「こんにちは。これあげるよ」
心臓がはちきれそうで、どきどきしていたのを覚えてる。
「え? いいの?」
と、女の子が顔を上げた。顔が赤くて、声が震えていた。
「うん。間違えて2本買っちゃった」
女の子はココアを受け取ってくれた。よっぽど寒かったのか、直ぐに飲まずにそれで暖を取った。
「あ、お金」
「いいよ、あげる。クリスマスプレゼント」
「そう、お返ししなきゃね。待っててね」
「いいよ」
「でも」
その子があまりにも寒そうで、可哀想で、でも可愛くて自分の巻いてたマフラーをかけてあげた。
「貸してあげるね」
「ありがとう。ちゃんと返すね」
「うん」
何をしていたのか、どうしてるのか、お腹は空いていないのかとか色々聞きたかったけれど、当時の俺にはそれだけが精一杯だった。
それが原因かどうかはわからないが、その晩俺は酷い風邪を引いてしまい、1週間程学校にも行けなかった。
俺が登校したときには既に彼女の姿はなく、圭介から彼女が遠くに引っ越したと聞かされた。マフラーを返してもらう約束も果たしてもらえず、今となればそんな約束を彼女が覚えているかどうかもわからないし、ボロくてそんなに良いマフラーでもなかったのだが、あの頃の約束を俺は忘れられずにいた。
あの子が戻ってくる可能性など無いに等しいし、俺のことを覚えている可能性だってそうだ。あの子が何処に引っ越したのかもわからないのに……夢見がちな話だと、自分でもわかっている。でも、出来れば見つけたいと思うし、彼女が結婚して子供がいて幸せならそれでいい。なんて声かけていいかなんてわからないけど、マフラーを返せと言いたいわけでもないけど、寧ろマフラーなんてどうでもいいのだけど、なんというかひと目見たいなって思うんだ。
俺は惨めだけど、不幸か問われたらそうでもないし、それなりに毎日暮らしていると自分では思ってる。
ブー……ブー……
圭介の携帯電話が鳴った。恐らくメールだろう。
「圭介、なんか着信来てるよ」
「んん?」
もそもそと携帯を手に取り、彼は画面を見ると同時にそれを投げた。
「何? 返信しなくていいの?」
「ん? んー……昨日別れた女の子ー」
「はあ? 昨日、お前うちに来てたじゃん」
「霞ちゃんね、基本そういう事はメールで済ませちゃうものなの」
「はあ? 大事なことだろ」
「だってさ、考えてもみなよ。別れるってことは、会いたくないってことでしょ。メールでいいじゃん」
「軽いな」
俺は、今出来たばかりのチャーハンと餃子を机に並べた。
「ひゃあ、それよりオレにはこっちの方がいいわあ」
「なんだよそれ」
「鳥の唐揚げは?」
「ないよ、贅沢言うなよ」
「えー」
口を尖らせながら、圭介はむくりと起き上がり、頭をぽりぽり掻いた。
「女に不自由してない奴は、言うことが違うね」
「あー、霞ちゃん。羨ましいんだあ」
「違うわ」
嫌味だよ。
「でもさあ、霞ちゃんもあの子のことなんて忘れて、新しい恋を見つけないよ」
「なんか、俺がずっと好きでいるみたいじゃん」
「そういうことでしょ、違うの?」
「バカ、違うよ。そんなんじゃ、ないし」
初恋だったのだろうか。今でも時々、自分で自分に投げかける疑問である。
俺はまだ昼間だが、冷えた缶ビールの栓を開けた。
「やっぱり、住み慣れた町がいいよ」
「ふうん、そんなもんかね。地方の方が、人間には優しいって聞くよ」
「そんなもんだよ」
俺はビールを一気に、半分ほど飲み干した。
「ん、良い飲みっぷりだねえ。それに、餃子も美味しい」
で、結局毎度の事ながら、このドンチャン騒ぎは翌朝まで続くのだが、その前にもう少しこの日の出来事を話しておきたいのである。
俺は圭介と飲み喰いするのも毎週の事なので、特別積もる話があるわけでもなく。取り合えず、テレビを付けた。相変わらず、犯罪は多いようでニュースはひっきりなしにその情報を伝える。が、この時流れた緊急ニュースに、圭介と2人で見入ってしまった。
『今朝早く、T都E区の銀行に強盗が入りました。犯人は最新の武器を持っており、警察は犯人を捕らえる事が出来ず、現在も逃走中です。犯人は幼女を抱えており、人質かと思われます。犯人の武器は、対ロボット用の超音波だと言うことで、付近の住民の方々は外出を控え、十分にお気を付けください』
と、アナウンサーが淡々と語った。
「怖いねえ、近くじゃないの? 対ロボット用だって。霞ちゃん、人間でよかったね」
「バカ、ブスってやられたら死んじゃうじゃんか」
「ああ、そっかー」
当たり前だが、圭介も他人事のように返した。
こんな犯罪、日常茶飯事なのである。
『また随時お伝えいたします。次のニュースです。T都F区で、人間が誘拐されました。被害者は直ぐに保護されましたが、犯人は過去にも前科があり、T都では5人ほど売買したと自白いたしております』
「圭介、こっちの方が怖いよ」
「あらま」
こんな会話も、普段となんら変わらないものだ。
けれど、明日からこんな俺の生活が今までとは想像も付かないほど変わってしまうとは、この時はまだ俺も圭介も予想さえしていなかった。
この時気付かなかったテレビに映る犯人が車を乗り捨てた場所が、俺の住むマンションの裏だと気付いていたとしても、予想は出来なかったと思う。
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