第45話 お姉ちゃんマジック!

 部屋に招いた芽衣が、キラキラした瞳で俺を見上げていた。

 ふわもこなルームウェアでの体育座り。左右に揺れてる落ち着きのなさは、俺からの話を待ち切れない期待からだろうな。


「ねねね透也ぁ、見せたいものってなにぃ? もしかしてプレゼントだったりするんかなーわくわく」


 なんとなく保育園の先生になった気分だった。部屋は雰囲気づくりの一環で薄暗くしてて、教室とは程遠いんだけどね。


「ああうん、ある意味ではプレゼント。この紙袋を見て」

「ほへー? 逆さにしても出てこない、ってことは~中身ない? ……あたし、透也から貰えるなら紙ゴミでもうれしいよっ!」

「そんな酷い弟じゃないからね俺」

 

 とにかく、袋は空っぽだって、芽衣にしっかり印象づけられたかな。

 姉弟きょうだいの間を挟むミニテーブルに、紙袋の底面をつけて置く。そして上から腕を入れ、甘い匂いのする黄色で満ちたコップを取りだしてみせた。


「はいこれ、昔から好きでしょリンゴジュース」

「どぅえええぇぇーっ! なにそれどゆこと!? えーやばっ、透也やばいっ、ジュースなんもないとこから出すの奇跡じゃ~ん!」


 客が全員芽衣だったら俺もマジシャンとして生きていくのになあ。もう大興奮で、スタンディングオベーションまでしてるし。


「ガチやばぁい、ほんと驚いちゃったー。しかもしかも、あたしが好きな飲みもの覚えててくれたの嬉しすぎゅ。てかマジでどうやったん!?」

「ないしょ」


 マジックとしては古典レベルで、紙袋にちょっと細工がしてあるだけなんだけど……面白いからタネ明かしはやめておこっと。


 芽衣は興奮冷めやらぬ様子で、自覚的に深呼吸までして落ち着こうとしてた。豊かな胸を抑えたまま、大きく息を吐いてこちらを見てる。


「ほへー。透也、なんもないとこからジュース出すとかできたんだねぇ。あたし知らなかった、姉弟なのにべんきょー不足だったよぉー」

「えっ? いやまあ、これ覚えたてのマジックだし」

「あーそゆことっ、マジックか! 種も仕掛けもあったんだ~」


 あ、危なっかしい、姉の中で俺が超能力者になりかけてたぞ。

 ちゃんと説明しておいてよかったけど、まだ言葉が足りてない気もする。いちおう重ねて続けておこう。


「昨日の夜から練習してたんだ、驚かせたいひとがクラスにいてさ」

「そうなんだぁ。まだ二日目でこれなら、いけるいける!」

「明日には試してみる。それで、どうだった? いきなり俺にやられたからこそ、驚いたんじゃない?」

「かもかも! マジックって、事前にされると分かってなきゃビビるね~……あっ!」

 

そう、単に練習の成果を披露したかったわけじゃない。芽衣も俺の意図に気づいたみたいだった。いちおう説明しておくけども。


「こんな感じでさ。お化け屋敷でも客が想定してない場所でやられると思ってないことをすれば、芽衣でもビビらせられるんじゃない?」

「んぉーっそれだよ! あたし体験できて効果分かったかも。ありがとー透也ぁ、急なお姉ちゃんハグをくらえーいっ」

「苦しい苦しいついでに熱い……! し、死ぬっ、俺がお化け屋敷の住人になる……!」


 立ちあがって抱きついてきた芽衣が、ふわもこした寝間着の奥から遠慮のない圧力を掛けてきた。

 まあ事実苦しいんだけど、むぎゅむぎゅされるのは慣れっこだ、加減も知ってるだろうしね。

 そもそも相手は実の姉だからドギマギもしない、仮にこれが綿貫先輩だったなら無理――


「はっ! 透也いま、ほかの女のこと考えてた!」

「えっ」


 うちの姉って超能力者? ぱっと離れた芽衣が、疑いの眼でこちらを凝視してる。さっきまでキラキラした瞳だったのに、ジトジトだ。


「夜ご飯のときも、そわそわしながら何回もスマホちら見してたしぃ~、ぜったい女のメッセ待ち! いまもギューしてたのに反応薄かった!」

「修羅場っぽい詰め方しなくていいって。てかそれ普段からじゃない?」

「いつもより逃げようとしてなかったもん。あっ分かったー、んねね、璃乃ちゃんのこと考えてたんでしょ~?」

「は? ち、違うし」

 

 声がうわずったので説得力とかはなかった。だとしても認められないけど。

 いや、だって……昨日メッセージしましょうって約束してから、忙しい先輩の声掛けをずっと待ってるなんて……恥ずかしくて言えないだろ、特に身内には。


 けど、隠そうとした当の相手は「へーっ?」と楽しげだった。まるっとお見通されてそう。どうせ誤魔化せてないだろうけど、事実も混ぜて対抗してみる。


「いや、あれだから。今日から文化祭の準備がやっと始まってさ。同じ班の子がポスターの原案をすぐ作って送ってくれるらしいから、その進捗待ちだよ」


 だから放課後は、居残りもなく解散になったんだ。広報班の初日はたった数分で終わった。


「そっかそっかぁ。んふふ、そっちの話がホントでもー、可愛い弟がガッコー楽しんでるみたいで、うれしーよっ」


 芽衣がもう一度ハグしてきた、今度はふわりとした感触で。

 優しさを感じる抱擁ほうようは、強制的に元気が出る魔法のようで、俺が苦しんでた中学時代に何度もしてくれたものだ。


 床に寝転がって、時が過ぎるのを待ってたあの頃に比べたら、充実してる。ふたりの女子からメッセージが来ないかを待つ未来なんて、想像もしてなかった。


 けど、待ってるだけじゃダメだよな……軽くでもいい、せめて綿貫先輩にはなにか送りたい。

 話題、話題はどうしよう。俺からの会話デッキなんて、ゲームと癒やし関係で埋まってる。あとは定番の、天気についてくらいか。


「芽衣、相談なんだけど」

「んぉー、なにー?」

「女子って、その……男子からいきなり天気の話が送られてきたら、どうする?」

「んーとねぇ。めんどいからスタンプ1個で済ませてー、そのあともしつこかったらブロック!」


 リアルな意見をありがとうございます。とりあえず天気の話はやめようと思った。

 じゃあどうしよう、先輩との文章でのやり取りって、今日家に来るかの確認ばっかりだしな……

 天気以外の話題を考えていたら、抱きついてくる力がまたすこし、強くなった。


「でもでも、大好きな弟から天気の話されたら続けるよ? 太陽の話でも雲の話でもいっぱい喋る! 友達みんな言うけど、大事なのはだれが送ってきたかーだよねぇ」

「だれが……かぁ」


 綿貫先輩はどうなんだろう、俺からのメッセージなら天気の話だって返してくれるかな。たとえ忙しい中だったとしても。

 あのひとなら絶対、スタンプひとつじゃなく言葉のラリーに繋げてくれる……とも言いきれなかった。


 他者の気持ちは難しい。そもそも自分の感情だってあやふやなんだ。


 綿貫先輩への『好き』だって、大事な友達への親愛か、可愛くてがんばりやな先輩への敬愛か、はたまた異性への恋愛感情か――見定められない。曖昧なまま、決められずにいる。


 恋愛初心者未満の俺には、判定するための経験値が足りてないんだ。

 もっと恋愛自体について学ばなきゃいけなかった。どこでどう学べばいいかは不明だけども。


 ただひとつ、ハッキリと言えるのは、先輩から送られてきたメッセージならなんでも秒で返すのにってことぐらいか。


「とりま璃乃ちゃんには送ってよーし! お姉ちゃんの回りでもあんな良い子、なかなかいないよぉ? 璃乃ちゃんならギリで許せるっ」

「どの立場で許可出してるのさ。まず先輩の話じゃないんだってば」

「んへへー」


 笑いでもって返されて、抱きつきが少し強くなった。形だけでも強がらせてほしいなあ。 


――そのとき、ポケットの中がぶぶっと震えた。本番を告げる空砲じみた刺激。緩んだ気持ちが一気に締まる。


 芽衣を振りほどかないまま中を確認しようとするのは、脱獄モノみたいな至難のわざだったけど……スマホをなんとか取り出せた。すぐに確認する。


 送信してきた相手は、幾島さんだった。

 ……ああ、ポスターの原案できたんだなぁ。



「はっ! 透也がとっても落ちこんでる気配!」

「そんなことないよ」


 超能力者である姉は置いておいて、中身をチェックしよう。送られてきた画像と長文メッセージを確認してみる。


 …………は? なんだこの、え? 凄いけど……嘘でしょ?


「……芽衣、ごめん、離れて。夜のうちに考えなきゃいけないことができた、緊急で」

「ほえ? こんどは、焦ってるー? ど、どしたん透也」


 どうもこうもない。綿貫先輩に送るメッセージ内容も、いったん後回しにしなきゃいけない。姉の相手をしてる余裕すらない。


 幾島さんからの長文を見た瞬間、気づいたんだ。

 このままいけば紫音さんの友達づくりはご破産だった。それどころか、近いうちに広報班は消滅する。


 明日には幾島さんと話し合いをする必要があった。

 紫音さんも交えて、三人で。

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