第19話 平和な食事から一転して

 飴本家での日々の家事は分担制となっている。掃除全般が俺で、料理関係は芽衣の担当だ。


 しかし、芽衣は友達の多い性格なので、放課後に不在なことが多かった。なので俺は、作り置きの夕食を一人で食べることが多い。

 食卓に母親以外の三人目がいるというのはかなりレアだ。ほろほろに崩れたじゃがいもに箸を伸ばしながらそう思った。


「飴本くん、その肉じゃがは私が作るのをお手伝いさせてもらった一品だよ。どうかな。にんじんが食べやすいとは思わない?」

「先輩がこれ切ったんですね」


 わかりやすいなぁこの人。味の濃いにんじんはサイズがばらばらで、どこか不恰好だった。

 でも、綿貫先輩がお祝いのためにわざわざ切ろうとしてくれたと思うと、嬉しい気持ちはある。そりゃあるよ。料理はまごころって本当なのかもしれない。


「やー、もうビビったよぉ。璃乃ちゃんったら猫の手にしないで包丁握ってるんだもん。にゃんパワーが足りてなかったねぇ」

「でも、芽衣さんの指導のおかげで、しっかりにゃんにゃんできただろう? 私の指はケガもせず綺麗なままだ。無事に料理を達成した!」


 目立った負傷もなく戦場から帰ってきた、みたいな盛り上がりようだった。テンション高いな今日の綿貫先輩。


「うんうん! 立派な料理人だったよぉ。可愛かったなぁ。『私はにゃんこ、私はにゃん……』ってプルプルしながら食材切ってて。透也も早く帰ってきたら見れたのになー」

「そこそこ悔やんでる。けど、綿貫先輩はそんなところ後輩に見られたくないでしょ」

「? キミならいいよ。今更ヘンな確認するね」


 いいんかい。もぐもぐしながら当然のことみたいに言われましても。

 じゃあ、綿貫先輩がお手手ぷるぷる猫になってたところ見たかった。こー君えーちゃんカップルと恋人繋ぎの定義で争ってる場合じゃなかった……(ガチ後悔)


「ていうか話聞いたカンジ、綿貫先輩って包丁持った経験ないんですか?」

「ああうん。子どもの頃は手を繊細に使う習いごとしてたから、避けるよう祖母に言われてて。お琴に茶道、華道に書道と……弓道もそうだね」


 指折り数えていく綿貫先輩。そのどれもが和を連想させるものだった。たしか合気も心得があるって言ってたっけ。


「すごいよねぇ、ジャパニーズお嬢様だー大和撫子だー」

「そんなんじゃないよ。ただ、祖母が外国の人でね。日本文化が大好きだから、その影響。ちょっとした英才教育を受けさせられたってだけかな」


 さらりと否定する綿貫先輩は、箸を器用に使って魚の小骨を取り除いていた。品のある佇まい。背筋の伸び具合は、食事中にも変わらない。

 俺の部屋でビーズクッションにしがみついてダメになってた姿が嘘のようですね。なんだったんだあれは。夢?


「いくつも習い事できるのほんとすごいねぇ。あたし、なんでも飽きて投げ捨てちゃうタイプだから、熱を継続できるのうらやまー。透也も中学んときゲームに熱中してて——」

「芽衣、今日の夕飯マジおいしい。ファミレスで食べるの我慢した甲斐ある」

「そーお? 二人で作ったから品数多いでしょ。たーんとお食べんしゃいな」


 褒めることで芽衣の話題をキャンセルした(ちょろい)

 綿貫先輩に俺の黒歴史なんて聞かせらんない。別の話題でも振ろう。


「そうだ。そういえば、弓道部って恋愛禁止なんですね」

「……ぇえっ?」


 無理やりな話題変えの連続に、綿貫先輩はすこし面食らったようだった。


「ぇっ、えっ、え? 恋愛、禁止……? 初耳だけど……」


 訂正、だいぶ面食らってるようだった。あ、箸置いた。皿の上でからんと鳴った。どんだけですか先輩。


「あーそれ友達のミイナもゆってたー。好きな男子が弓道がんばってて、告ってもフラれる可能性ガチやばくて辛いーって」

「部外者のミイナさんにまで漏れてて、主将の私が知らないルールが存在する、だと……!? そんなの、引き継ぎの際に言われてないぞ!!」


 先輩が仲間外れにされたデータキャラみたくなってる。久しぶりに不憫なところを見たな……


「これは俺の推測なんですけど、恋愛がどうこうって話題を振られること自体、部活中になかったんじゃ? それで知る機会もなかったとか」

「む」


 顎に手を当てて、記憶を詮索する仕草。


「……たしかに恋バナしたことない。夏合宿の時もその気配なかった。えっ、今思えばなんで? 私とて年頃の乙女なのに!」

「居るんよねー、恋バナ振っていいのか分からん子。モテそうすぎると逆に聞きにくいんだよぉ地雷埋まってそうで」


 芽衣が遠回しに理解を示した。

 弓道部の主将って、たぶん部内では敬われてるからな。友人の彩森先輩でさえ、気安さを発揮しにくいほどに。

 おそらくその扱いは、一年の頃から変わっていないんだろう。当時からつよつよオーラ全開だったに違いない。

 結果、恋バナなんて話題にされず、ローカルルールを把握できなかったと。


「知らなかった……では済まされないな。由々しき事態だよ。弓道部だから、という理由で恋愛を自粛しなくてはいけないなんて事あってはならない! ……絶対に!!」

「おーおー、そーだそーだっ。あたしは璃乃ちゃんのこと応援するよぉ」

「感謝する芽衣さん! こうなったら作戦会議だね。中間テストのお祝いムードは中断。食べ終わり次第、飴本くんの部屋に集合だ!」

「当然のように俺の部屋が作戦本部に……いいですけどね、もちろん」


 ざっくりまとめると『先輩の手助けをする契約』ですし、そのぐらいは。まさか弓道部の改革にまで首を突っ込むとは思ってなかったけど。


 でもまあ、先輩がやる気なのは見てて楽しいから、いいか。漆原たちにも後ろめたさなく恋愛してもらいたいしな。


「あ、待ってください。お祝いムードやめる前に一つだけ。中間テストの結果はどうだったんですか?」

「うん。初日だけで前期より十点以上も増えた科目が多かった。勉強時間を減らしたのにだよ? キミとの勉強会のおかげだね」

「結果が出てよかったです。俺も生徒役をがんばった甲斐ありました」


 綿貫先輩は記憶力がいい。

 加えて、俺に教えるというアウトプットが、日々の授業への理解を深くした。それで深夜まで勉強する必要も薄まったんだ。


 結果はやり方次第で変わる。無理に自分を追い込まなくていい。その成功体験になってくれたかな。


 俺との契約が終了して、綿貫先輩が離れていっても——友達に教えるだとか、そういった学習方法を実践していけるはずだ。


「めでたいところに水を差しちゃいましたね。別の機会にお祝いしないと」

「そう、お祝いムードは後回しだ。何よりも優先して、弓道部の恋愛禁止を解かなければいけない! …………部員のみんなが困ってるだろうからね?」 


 最後だけ付け足した感があるのは何でなんだろう。そんなの言わずとも分かってるのにな。

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