第35話 事後でした

 ……と、盛り上がると思ったんですけど。


「いいんじゃねーか、おっさん。ただ暴れるだけよりもずーっと面白そうだぜ」


 口を挟んだのは、グリーゼくんでした。

 この状況で何をしゃしゃり出て来るんですか、という陛下とセキシスの視線など気にせず、堂々と大公の横に戻ってきます。


「ようはさ、国民全員に勉強させようって話だろ? オレは学校なんか行ったことねーけど、文字が読めるようになってから明らかに楽しみが増えた。知ってることが増えるのって、いいことじゃねーかな」


 な、なんとまあ。あんまり賢くなさそうなグリーゼくんから、実に文化的な意見が飛び出しました。

 彼の言葉は、かつて奴隷商人時代の私が、商品教育の指標としてたのとほぼ同じです。愚民である限り搾取される。では愚民でなくなるにはどうするか? 知識を蓄えればいいのです。


「ほほう。良いことを言うではないか。それが文化であり、文明じゃよ。だがな――」


 陛下も理解者が増えたことで、少しだけ表情が和らぎました。けど、すぐにバンデンバーグと対峙する戦士の顔に……戻るかと思ったんですがね。


「ふっ。言うじゃねえか、グリーゼ。いいだろう、サイデリア! その提案を呑もうじゃねえか!」

「え? 叔父上も納得しちゃうの? ここって『従わせたければ俺を倒してみろ』って流れじゃない?」


 すっかり闘志も闘気も消してしまった大公に、陛下はまさしく拳の降ろしどころを失くした感じ。でも、ちゃんと噴き出す魔力を引っ込めまて、戦う備えを解除します。偉い。

 大公も陛下の指摘に思うところがあったようで、マスクがあっても分かるぐらいの苦笑を浮かべます。


「戦いたいのは山々だけどねェ。実はついさっき、このグリーゼに叩きのめされたばっかりなんだ。もう立っているのもやっとだったりする」


 え?


「え?」

「なんじゃと?」

「ん?」


 陛下とセキシスも、私と同じく「マジで!?」とグリーゼくんを見つめました。だって昨日の段階だと一撃でノックアウトされてたじゃないですか。もうリベンジ果たしたの?




 話は前日にまで遡ります。回想シーン中の回想ですがご容赦を。


 私から独立した暗虚は、地下遺跡の建材や資材を取り込みながら破壊の限りを尽くしていたそうです。組織の兵士を押し潰し、その死体をも取り込み、際限なく増殖するかと思われました。

 質量の暴力に大公もお手上げとなり、基地の放棄を決めました。


 ですが、その決定に生き残りの部下達が猛反対します。

 やはり軍事拠点として優れたこの地下遺跡の放棄を惜しむ声が多かったみたい。資材も兵器もかなりの蓄えがあったそうですし。


 大公からすれば、リブラさんに情報を持ち帰られた状況で、陛下が来るより先に暗虚が自分の痕跡を消してくれるなら万々歳。遺跡に拘る理由はありませんでした。

 でも部下目線だと、ここは数年がかりで準備したアレコレの詰まった軍事拠点。失えばバンデンバーグ大公を頂点とする貴族主義社会が大きく遠のくのは確実です。


 大公の決断は、部下を見捨てることでした。


 部下達にとって災難だったのは、双方の目的にズレがあったことでした。

 大公の目的が先帝の遺志を継いで世界争覇に乗り出すことである一方で、部下達はサイデリア政権に奪われたかつての利権の奪還でした。

 すがって来たナンバー2のナントカさんへ、大公は冷酷に告げたそう。


「なら、今日からお前がナンバーワンだ。頑張れ」


 まあ、理想や目的があるなら自分でやる方が安上がりですよね。他人に理想を重ねるより、地道に自分で活動した方が、例え挫折しても血となり肉となりますし。

 ですが。そんな傲慢チキな大公に対して、予想外の方向から待ったが飛んできたのです。


「待てコラァァァァッ!!」

「ぬおぉっ!?」


 飛んできたというか、強烈なミサイルキックだったそう。後頭部に大打撃を受けた大公曰く、黄金の鉄仮面がなかったらノックアウトされてたとか。

 その闖入者こそが、平然と部下を見捨てる大公に怒りを露わにしたグリーゼくんでした。


「ボスが真っ先に逃げ出すもんじゃねえぜ。始めたからには責任取ってけよ、おっさん。大人だろ?」

「お、お前は!」


 てな具合で戦い始めた二人は、それから丸一日以上も殴り合っていたんだとか。

 で、激戦の間に手下はみんな逃げ出し、暗虚の大半も巻き込まれて消し飛ばされたんだってさ。

 ちゃんちゃん。




「ふっ。こんな若造に負けるようでは、俺の時代も終わったと認めざるをえんよ。クックック」

「何言ってんだか。だいたいよ、おっさんは暴れられる場所とか、殴り甲斐のある相手が欲しかっただけじゃねえか」

「いやいや。世界征服だって本気だったんだぞ? 世界……喧嘩相手としちゃ最高じゃないか」

「だったらオレぁチビ皇帝に乗るぜ。なにせ、喧嘩の相手は『未来』だ。それも一生懸けても足りねえ先を見据えてるとくれば?」

「クックック、退屈はしないだろうな」


 男二人で肩を叩き合って勝手に納得してるので、陛下もポカーンと置いてけぼり喰らってます。大公とグリーゼくん、年齢は倍以上違うでしょうけど、殴り合って友情が芽生えたみたいですね。

 少年漫画か。


「あーっと……じゃあもう、叔父上は謀反とかしないで、余に手を貸してくれるってことで良いのかの?」

「ああ。もっとも、これまで築いたコネクションもこの有り様だ。期待に答えられるか分からんがねェ」


 謙遜かどうか知りませんけど、和解が成ったようで何よりでした。ボス戦が一つ、舞台裏で終わってたのは拍子抜けですが。


「さて」


 一件落着かと思われましたが、陛下が一声掛けますと、大公とグリーゼくんと合わせた三つの視線がセキシスへ注がれました。


「こっちの問題は片付いたが、まだ最大の議題が残っておる。異世界のデーモン、エルドリッチ・ドリームワークスと言ったな」


 陛下の声は穏やかなです。それでいて虚偽を許さぬ重圧が含まれていました。正式な社名までも既知なようで、相当踏み込んだ事情も分かっている様子。

 セキシスはいつもの澄ました顔のまま。陛下が静かに続けます。


「余はデーモンの一匹を滅した。そうしたら真実を話す、というのがそなたと交わした契約じゃ」

「忘れちゃいませんの。今更虚偽ったりしませんのよ。そっちの二人だってアレが何なのか知りたいでしょう? 特にグリーゼさん、ご自身の偽物までご覧になってるようですし」

「うん。めっちゃ気になる」


 頷くグリーゼくんの横で、大公も同じく肯首してました。そりゃそうでしょう。


「ですが、一番に真実を告げるべき相手がいますの。まずは彼女と合流します。というわけでグリーゼさん、レティのいたところまでご案内願いますの。最短経路で」

「お、おう?」


 グリーゼくんが首を捻ったところで、映像がブツンと途切れました。

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