第24話 過負荷による強制終了後の再起動
例えば、光も音も届かない海中を際限なく沈んでいくような。
手足の末端から中心部へ、潮が引くように感覚が消えていく。または心に空いた孔……悲しみや喪失感が全身に拡がっていくような。
難しいけど敢えて言葉にするなら、それは無上の孤独でしょうか。
この感覚は知っています。
これは『死』の一瞬。前世の最期で味わったから、強烈に覚えています。
私は孤独が好きです。
私にとって独りでいるのは自然なこと。外界からの刺激など、職場での会話や配信動画の反響程度で充分。深入りしないなら、たまに起きる飲み会や同窓会といったイベントだって健全に楽しめました。友達と呼べる相手も幾人か。
別に人間不信であったり、過去のトラウマで対人恐怖症であったりもしません。実際、興味本位で受けたカウンセリングにおいて精神的には健康そのもの。他者への興味が希薄な程度で、それでも一度は結婚して子供を設けるぐらいには社会との関わりを許容出来ました。
……もっとも、他人と四六時中一緒という環境のストレスが原因で離婚しましたが。なんで結婚なんてしちゃったんだろうな、マジで。
そんな私ですので、死をただの『絶対的孤独』だと知ってしまえば、それはもはや畏怖の対象とはなりえません。
クソデカい上官だろうと、皇帝陛下だろうと、逆らったところで最悪『死ぬ』だけであるなら、恐怖の対象ではないのです。
ですが、あれは――。
自我の中から溢れ出す闇。増え続ける思考。私を私たらしめる意識が薄れ、合理性の欠片もない肉塊へと堕落していく。
あれは駄目です。私が『私でない私』に塗り潰される。あるいは分裂した私が『私でない私』と成り果てる。
あれは駄目です。聡明で可愛らしい美少女に転生して尚も残った『私』が消える。それが恐いし、何よりも悍ましい。
いうなれば、ゾンビに噛まれてゾンビになっていく。形骸化した私の残りカスが、私とは無関係に動き回る。
悍ましい悍ましい悍ましい! でもそれ以上に許せない!
私は孤独が好きです。だから自分が一番大切です。
死ぬのはまだいい。ですが、私は『私』の欠落を認めません。『私』であったものが『私』でなくなるのを許しません。
なぜなら私が何よりも尊ぶものこそが『己』なのですから!
「なーんだ。せっかく助けにきたってのに、自力でほとんど復元済みだなんて。さすがレティ、我の強さは見習いたいですの」
誰ですか、私のモノローグに勝手に踏み込んでくるのは? それにレティって誰……あ、私の名前か。うっかり忘れていました。
「大事なことを忘れるんじゃありませんの。んじゃ、今引っ張りますの」
引っ張り上げ……だから、あなたは誰ですか?
そんな私の疑問を黙殺して、何かが私の腕を掴みます。そしてカツオの一本釣りよろしく、とんでもないパワーで全身を引き揚げたのです。
途端に拓ける視界。薄暗い松明の灯りでさえ強烈な閃光のよう。反射でぎゅっと閉じた瞼から溢れ出す涙は、ただの生理反応です。
咄嗟に身を竦ませた次の瞬間、背中から石の床にズドンッと叩きつけられました。
「うおぉっ!? いってぇぇぇぇ〜〜〜っ!!」
美少女らしくない悲鳴を上げてしまう私。ぐぬぬっ、一生の不覚ですよ、もう。
「ふむふむ。手足も首も繋がっとるようじゃのう。……おほっ♪ よい揉み応えじゃ、むふふふふ♪」
目が眩み、怯んでうずくまった私を起き上がらせつつ、無遠慮に撫で回してくる小さな手の触感。すぐ目の前からの声には聞き覚えがありました。
ボヤけていた視界が晴れると、そこには白い顔。深紅の長い髪をアップでまとめた、爬虫類のような翡翠色の瞳が際立つ美しい貌が、鼻の下をだらしなく延ばしてニヤけていました。
紛うことなくサイデリア陛下。そう理解しつつも、思わず本気で頬を引っ叩いたのはやむを得ないでしょう。だってこの人、私のロリ巨乳を両手で鷲掴みにしてグニグニしてたんですから。
「ブホォ!?」
「なにしてんすか、このアマ。ボディタッチを許可した覚えはありませんが」
寝起きですっごく低い声が出て、自分でもビックリなほど不機嫌そうな私。マジギレしてるのが伝わったらしく、陛下は腫れた頬を擦りながら真顔で「ごめん」と謝りました。
その後に小声で「余、皇帝なのに……」って続けましたけどね。広い心で許しましょう!
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