第4話 レンジャー
笑える話ですが、新法が規制したのは施行以降の人身売買だけでした。つまり、既に誰かの所有物になった奴隷を解放するものではありません。
表立って商売する業者は確かに消えるでしょう。だども我々より悪どく手広くやってた業者ほど水面下のコネクションが多く、倒産したフリで地下に潜るぐらい訳ないのです。
施行までの早さから考えるに、新政権の目的って儲けていた商人の財産を得ることだったんじゃないかと。前後して騎士団の再編成やらで多額の金が動いた気配がありましたし。
ま、邪推ですがね。
そんなことより。『保護』された私が送られた先は、騎士団の運営する孤児院でした。
身寄りのない子供を集めて次世代の騎士を育成する機関。なんてキナ臭いのでしょう。実際にドスブラックでした。
ここで育成するのは騎士は騎士でも諜報員。潜入とか情報収集とか破壊工作とか暗殺とか、重要だけど地味で汚い仕事専門の役職です。
特殊なスキルが必要なので訓練も苛烈を極め、学校では人死が日常茶飯事。孤児を集めているのも替えが簡単に利くし、死んでも誰も騒がないから。まったく、どっちが汚いんだか。
先日まで子供達の指導をしていた私も、逆に九死に一生を得るような訓練を毎日課せられる日々……いや大袈裟じゃないですよ。極端な例だと、朝の訓練で隣にいた子が夕方には死んでたり、一週間したら私以外のクラスメイトが全とっかえしてたり。
訓練の一部だけでも紹介しますと、不自由な体勢で長時間動かないとか、逆に重い荷物を全身に背負って全力運動したり。
抜き身の刃を持った教官に追われながら、限られたスペースを逃げ回ったり。
偽装された仕掛けを短時間で解除しないと爆発する部屋に閉じ込められたり。
死なないギリギリの毒を飲まされて苦しみ、耐性をつけさせられたり。
魔法の訓練は前世で縁のない経験で楽しかったですがね。これについてはおいおい。
しかしまあ、私は優秀ですし? 教官や上級生からの容赦ないシゴキに耐え忍び、時に報復しつつ、体力よりも先に精神の限界が来て脱落する仲間を横目に、着々と実力をつけていきました。
「ここでの技術を完璧に身に着け、我らが真皇帝様の覇道に御力添えを果たす! それだけが親にも捨てられ、居場所を失した貴様らが唯一必要とされる生き方だ!」
「お前達は未だ価値のないゴミだ! 生き残って陛下に仕えて、初めて価値が芽生えるのだ!」
なんて思想教育も右から左に受け流し、いつしかここでも私は『金の卵』と呼ばれるようになりました。
ふっふーん♪
ドヤァ!
辛いばかりの学校生活ではありましたけど、特に脱走とかは考えませんでしたね。
元より親も見捨てた身。この諜報学校は最善に限りなく近い環境だと言えました。
教えられる技術はどれもこれも有用で、毎日が死に物狂いだから退屈もしない。何より食う寝るに困らない。ムカつくこともありましたが、そんときゃヤリ返せばいいのです。
そんなこんなで。優秀な私は本来なら3年掛かるカリキュラムを2年で修了させ、飛び級して卒業試験に参加できる栄誉を賜りました。
試験当日。
昼前のグラウンドに集められたのは、私を含めて17人の在校生です。年齢もバラバラですが、11歳の私が最年少なのは確実でした。一番上でも17歳ぐらい。
すぐ4〜5人のグループに別けられた私達は、外の見えない馬車に詰め込まれ、行き先も知らされず出発しました。
移動中の馬車は、針の筵も同然です。
比較的若い……つーか幼い4人の生徒が揃ったキャビンでただ一人、右眼を縦に割った深い傷のある、恐ろしい顔のオッサンが、中央にドカっと腰をおろしているのですから。
スキンヘッドに剃り上げた、シワと疵痕だらけの顔でしたが、身体の方はムキムキです。オーバーオールの上にジャケットを羽織った姿は貫禄たっぷり。騎士というより軍人ですよ。
邪魔くさいこの人が、我々の卒業試験の監督官。名前は……何だっけ? 忘れました。
「お前達には、これからある館に潜入し、そこの住民を皆殺しにしてもらう」
地鳴りがするような低い声で、監督官が口を開きました。内容より、この人の口調のが怖いですよ。
「皆殺し……ですか!?」
成人したての15歳(数え年)の男子がいらん口を挟んで、次の瞬間殴られます。ハンマーみたいな監督官の拳を受けて、顔面が凹んだようにも見えました。
赤毛のツンツンした、主人公っぽいイケメンなのに。見る影もなくなっちゃいました。可哀想。
「許可なく発言するな。そう、屋敷にいる全員を確実に殺害しろ。子供も、使用人も、例外はない」
言い切った監督官に、馬車内の空気がますます縮み上がった気がします。
私の隣に座る、三つ編みにした黒髪に眼鏡を掛けた、ステレオタイプな図書委員っぽい女の子がオズオズと手を挙げます。
監督官は、顎で雑に指すという、横柄な態度で発言を許可しました。
「そこにいるのは、どういった人達……なのですか? なぜ殺されなければならないのですか?」
「知る必要はない。お前達は与えられた任務を完遂することだけを考えろ」
予想通りの高圧的で有無を言わさない返答です。感じ悪いけど、うちの学校の教員ってどいつもこんなんでして。無能なクセに威張り散らす態度にムカついて、フェイタルな罠にハメてやったのは一度や二度じゃありません。
あ、証拠は残してませんので、ただの事故として処理されましたのでご安心を。私は無罪です。
「…………」
優等生っぽい、銀髪に眼鏡のお坊ちゃんが手を挙げます。あんまりうちの学校にはいない、小綺麗な優男です。
「これは卒業試験です。殺せた人数で合否が決まるのでしょうか?」
冷酷とも言える質問に、赤毛と眼鏡ちゃんがギョッと顔を上げました。また無駄なことを訊きますね。
「お前達が知る必要のないことだ」
「んじゃー、はいはい」
特に訊きたいこともありません私ですが、ノリで挙手しときましょう。
「この試験って、ちゃんと合格者を出すんです?」
「…………お前達が知る必要はない」
露骨に言い淀んだ監督官に、受験者一同またもやもギョギョッとした顔となりました。
おっと〜? 核心に触れちゃいましたかな?
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