第24話 転田、異世界へ

「あの、井瀬さん」


「はい?」


「私を、もう一度異世界へ飛ばしてくれませんか?」


 井瀬さんの転生が終わったあと、私は彼女へもう一度、異世界へ転生してくれるよう頼みこんだ。私を異世界へ飛ばせるのは、彼女しかいないからだ。それに、彼女がまた、ここへ来てくれるかどうかはわからない。だからこそ、今彼女に頼んでおかなければ、私の異世界転生チャンスは失われてしまう。


「えぇ、いいですよ」


「ほんとですか!?」


「今日はもう遅いんで、明日なら」


「ありがとうございます」


 私の願いに井瀬さんは、イヤな顔ひとつせずに即答した。おそらく彼女も私と同じ悩みを持っていたからだろう。自分のことだけは、異世界へ飛ばすことができないのだから。だが、彼女はついさっき、その悩みが解消されたばかり。だから、同類として、理解者として、私の願いも叶えてくれるようだ。


 そして、翌日――



「ピンポーン」


「おじゃましまーす」


「どうぞー」


 井瀬さんは今日も仕事帰りにウチへ来てくれた。私はもう異世界へ行くので頭がいっぱいで、一日中ソワソワしていた。仕事中も、家へ帰ってきてからも。


「まずはおかけください」


「今日はわざわざありがとうございます」


「いえ、私も転田さんに異世界転生させてもらったんで」


「今日はお返しのつもりで」


 なんて優しいんだ。井瀬さんと出会えてよかった。そもそも同じ能力を持っている人がいるなんて思ってもみなかったから、この出会いは奇跡と言っていいだろう。


「それで、転田さんは異世界で何をしたいんですか?」


「あの、ひとまずゴールドラッシュのカルフォニアと、魔牛のマツカサへ行きたいです」


「あはは、温泉と魔牛バーガーですね」


「そうそう、どっちも味わいたい」


 それから私は井瀬さんに異世界へと飛ばしてもらった。もちろん秀部くんや花ちゃんにも同行してもらい、金採掘と温泉。そして、魔牛狩りから魔牛バーガーを堪能。その後は、以前秀部くんの兄・蛇祇さんが訪れた南の島へも行ってみた。


 青い海と白い砂浜でただのんびり過ごすのはとても気持ちが良かった。私はそこで初めてリゾートというものを味わったが、人気が出るのも頷ける。


「あぁ~、このまま異世界で暮らしたいね」


「やろうと思えばできるんじゃないですか?」


「そうだね、でも、現実での暮らしを捨てるのも難しいかな」


「それに、私がいないと、井瀬さんが異世界転生できなくなるからね」


「私は彼女のおかげでここにいるわけだし、これからも彼女とはいい関係を築きたいな…」


 異世界で過ごしていると、現実世界が遠い昔のことのように感じる。異世界は心地よくて、過ごしやすくて、私にとってはまるで本来の居場所のようにも感じられた。私はここにいるべき存在だと。


 それでも秀部くんや花ちゃん、井瀬さんとは現実世界で出会えたわけだし、この能力があったからこそ、今こうして異世界で過ごせているんだ。居心地はいいけど、やはり元居た場所には帰らないと…。


 そう思うとなんだか切なくなるが、異世界にはいつでも飛べる。また、来たくなったら井瀬さんにお願いすることにしよう。


「転生終わり」


 フッ――



「はぁ~、楽しかった」


「喜んでもらえたようですね」


「えぇ、異世界の居心地が良すぎて、ずっと居たいと思っちゃいましたよ」


 異世界を自分自身で体験し、私は異世界に対する考え方が大きく変わった。あんなにも異世界の居心地がイイとは思わなかったからだ。おそらく秀部くんや花ちゃんも同様だろう。だからこそ、二人は私と一緒に異世界転生屋をしているんだ。


 それにしても異世界での居心地の良さは一体何なんだ?ハッキリとはわからないが、向こうではものすごくらくに居られた。それは『余計なモノ』や『無駄なモノ』が無い状態で、限りなく自分らしく居られたからじゃないか…?


 まぁ、なんにしろ、ものすごく居心地が良かったのだけは間違いない。だから、今後私が異世界へ飛ばす人たちも皆、同じことを感じてくれるだろう。となれば、これからはリピート客にも期待できるな。


 今のところ、誰もリピートはしていないが、間違いなく再度ウチを利用してくれる人は出てくるはずだ。なんてたって居心地の良さが抜群だからな。もう少しリピートしやすい価格設定にしてみるか…。


「あの…、それで昨日、私考えたんですけど…」


「えっ?はい、なんでしょう?」


「私にも転田さんのお手伝い!させてもらえませんか?」


「えっ!?はい!もちろんです!」


「でも、いいんですか?一応お金はもらってますけど、まだ誰のお給料も出せてませんけど…」


「構いません、それは異世界転生屋として軌道に乗ってからで大丈夫です」


 井瀬さん、ありがとう。まさか私たちの活動を手伝ってくれるなんて…。それに彼女が居れば、予約を同時に二組まで請けることができる。そうなれば、収入アップにも期待できるかもしれない。


 そして、一年後――



「今日の予約客、もうすぐ来ますよ」


「わかった、ありがとう」


 私と秀部くんで始めた異世界転生屋はその後、順調に客足を伸ばした。一日二組限定で、週に五日。異世界転生を請け負っている。すでに商売としては軌道に乗り始め、秀部くん、花ちゃん、そして井瀬さんにもお給料を払うこともできた。まさに順調そのもの。


 私の予想通り、来店はリピート客が中心となっていて、噂を聞きつけた新規客も毎月増えている。異世界の居心地の良さは格別だからな。一度経験してしまうと、また味わいたくなるのが異世界だ。


 今後、異世界転生屋としての活動がいつまで続くのかはわからないが、今は四人で仕事に打ち込むのが楽しい。幸い大きなトラブルは無く、毎回どの客も喜んでくれている。この仕事をやっていて、『良かった』と、心の底から思える。


 えっ?あなたも異世界へ転生してみたいって?それならまずはご予約ください。来店の際は、カウンセリングののち、異世界へと転生いたします。


 それでは、


 異世界へご興味の方は転田まで。



 完

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