第14話 南の島でのバカンス
なにぃ~!?秀部くんのお兄さんがこんなにもイケメンだったとは…。男だが、どこか美しさも感じさせる。さっきまでヘルメットを被っていたヤツと、同じ人物とは思えない。
それに秀部くんは顔に傷と言っていたが、左の眉尻のすぐ上あたりにちょっとした傷跡がある程度じゃないか。これのどこにヘルメットを被る必要があったんだ?むしろ顔を出していたほうが、いいと思うが…。
「えっ?あの、蛇祇さん…ですよね?」
「はい」
「顔の傷は、その左の眉尻のあたりにあるやつですか?」
「そうです」
「昔、実家で武術の練習中にケガしちゃって」
いや、普通に喋れるんかい!さっきまでの『兄よりすぐれた弟なぞ存在しねぇ!』や『俺の名を言ってみろ!』とか言ってたキャラはどこいったの!?目も全然血走ってないじゃないか!なんでヘルメットを被ったり、脱いだりしただけでそんなにキャラ変わるの!
「蛇祇さん、かなりのイケメンですね」
「そうなんですよ、兄は昔から女の子にモテモテで、恥ずかしいからってヘルメットを着用するようになったんです」
ヘルメットを被るようになった他の理由ってそういうことだったの?顔の傷は大したことないし、モテるのが恥ずかしいからヘルメットだと?その美しい顔で?ふざけてやがる…。私なんか40年間、この顔を晒して生きてきたというのに…。
「いや、私は素顔を見せていたほうが、よっぽどいいと思うよ」
「私もそう思います!かっこいいです!」
「ありがとうございます」
花ちゃんはさっそく蛇祇さんの美しい顔に見とれている。これなら女性のほうから言い寄られることも多そうだ。だが、あまりにモテ過ぎても、それを面倒に感じてしまうと、彼のようにイヤになるのかもしれないな。私には無縁なものだが…。
「あの…、異世界では、別の顔で過ごしたいんですけど…」
「えぇ、大丈夫ですよ、何か希望なんかがあれば聞きますけど」
「そうですね、あまり目立たないのがいいんで…、アニメのモブキャラみたいに幸薄そうな顔にしたいです」
「なるほど、わかりました」
異世界では典型的なモブキャラの顔立ちにしてやろう。そうすれば、彼も向こうで過ごしやすくなるだろう。この美しい顔のままでは、向こうでもきっとモテモテだろうからな。私にはそれがとても羨ましいよ。
「で、どうやって異世界へ行くんですか?」
「私が念じれば、一瞬で異世界へ飛びます」
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫です、私、失敗しないんで」
蛇祇さんの異世界転生にはインストラクターとして秀部くんだけでなく、花ちゃんも同行することにした。なんせバカンス目的の南の島だからね。二人には『仕事』という名目で、しっかり羽を伸ばしてもらいたい。これは私からのプレゼントでもあるんだ。
二人は今まで異世界転生屋の仕事を無償で行ってくれている。『楽しいから』とは言ってくれるものの、お給料を出せないのが私は心苦しい。だから、異世界転生屋として軌道に乗るまでは、楽しむときはしっかり楽しんでもらいたいのだ。
「では、いきますね」
「転生だおっ☆」
フッ――
「んっ?」
「兄さん、異世界へようこそ」
「ここが異世界?」
「バカンスで訪れる人が多い南の島です、今日はしっかり楽しみましょう」
三人は異世界へ着くやいなや、まずは南の島を観光だ。目の前には青い海が広がり、気持ちよさは現実世界の南の島と同じ。砂浜には水着姿の観光客で溢れていて、みなバカンスを楽しんでいるのがうかがえる。
街のほうへ行くと、みやげ屋や飲食店など、様々な店が立ち並び、こちらもすごい賑わいだ。どこの世界でもこういった場所は、多くの人に好まれるようだ。
それに観光客の女性たちは誰も蛇祇さんのことなんて見ていない。モブ顔にして正解だった。もし、あの美しい顔のまま、こんな場所へ来た日には、開放的な気分になった美女から逆ナンの嵐だろう。
逆にヘルメット姿のままだったら、多くの人で賑わうこの通りも、まるで十戒のように左右へ道行く人が分かれ、随分と歩きやすくなっていたことだろう。それぐらいにあの姿のときの彼はインパクトが強かった。
「まずは腹ごしらえしない?」
三人は多くの人で賑わう通りに面したハンバーガー屋へ立ち寄った。異世界のハンバーガーはどんな味がするんだろう。帰ってきたら秀部くんと花ちゃんに聞いておこう。
腹ごしらえのあとはショッピング。三人ともリゾートっぽいファッションに身を包み、バカンスを楽しむ準備は完了だ。まずは海でのアクティビティ。異世界でも現実世界と同じようにサーフィンや釣りなどが人気だが、その中でもとくに人気なのが海洋モンスターたちとのふれあいだ。
この辺りの海では、比較的穏やかな海洋モンスターが多く、そういったモンスターたちと一緒にふれあえる遊びが魅力のひとつとなっている。モンスターたちと泳ぐダイビングや、バナナボートのようなものを引っ張ってもらい、水上を駆け抜けるような遊び。
さらにはタコのようなモンスターの触手につかまり、回転する空中ブランコのようにクルクル回って楽しむ遊びまである。こういった体験は、異世界ならではであり、見ているこちらまで楽しい気分になってくる。まるで海の遊園地だ。
海での遊びを体験したあとは、火山の見学ツアー。この島には大きな活火山があり、噴火さえしていなければ、近くまで見に行くことが可能だ。その道中は大自然の中をモンスターがけん引する車に乗って移動。豊かな自然が疲れた心と体を癒してくれる。
火口近くになると、煙がモクモクとあがっているのがよく見える。三人ともさすがに暑そうにしているな。火口を覗けば、下のほうでマグマが噴出している。私も異世界火山の火口やマグマを見るのはこれが初めてだ。いい思い出になったよ。
火山から戻ると、今度は現地の民族たちとの交流。古くから伝わる歌や音楽、踊りなどを披露してくれ、三人とも一緒に踊っている。あぁ、私もそこへ行って三人に交ざりたい。
「三人とも、この辺りの海は、時々海賊が出るから気を付けたほうがいい」
(たまに出没する海賊について語る民族の人)
「海賊!?」
何?海賊だって?こんなに気持ちのいい場所なのに海賊が出るのか。おそらく観光客を狙って、金品などを強奪するのだろう。三人とも怖い目に遭わなければいいけど…。
「オラー!」
「てめぇら!大人しくしろ!」
(浜のほうから聞こえる声に気付く三人)
「浜のほうへ行ってみよう」
さっきまで賑わっていた砂浜には大きな海賊船が停まり、観光客たちを武器で脅している海賊たちの姿が見える。これは酷い。島の警備隊も集まっているが、人質を取られ、どうすることもできない様子だ。
「二人とも待ってろ」
(地面に落ちていた半分に割れたココナッツの実を手に取る蛇祇)
「えっ、兄さん?」
「蛇祇さん?」
(静かに半分に割れたココナッツの実を頭に被り、海賊たちのほうへ向かって歩く蛇祇)
蛇祇さん?そのココナッツの実はヘルメットに見立てているのかな?なんだか雰囲気が、さっきまでとは違い、初めて会ったときと同じような印象を受けるが、少し違うようにも感じる。これは…。
「なんだぁ!てめぇは!」
「…」
「あぁ~ん!?何だぁコイツ…」
(無言で秘孔を突く蛇祇)
「ドサッ」
(秘孔を突かれ、気絶する海賊)
「て、てめぇ、何しやがった!」
「きさまらには地獄すらなまぬるい!!」
なんだなんだ。蛇祇さん、ひとりで海賊を倒してしまったぞ。彼はあんなにも強かったのか…。さすが武術家の息子だ。だけど、雰囲気は最初に見たときとも違い、どこか強い正義感のようなものを感じる。
「これはここで襲われた人たちの分」
「ドゴン!」
(一撃で吹き飛んでいく海賊たち)
「そして、これはこの海を
「ドゴーン!!」
(さらなる一撃で吹き飛んでいく海賊たち)
「な、なんなんだてめぇわ!」
(ひとりになり、恐れをなす海賊の船長)
「最後にこれは…、この俺の怒りだぁぁぁぁ!!」
「ドゴーーン!!!」
(本気で殴られ、吹き飛ぶ海賊の船長)
「ばわ!!」
おいおいおい!蛇祇さん、ひとりで全員倒しちゃったじゃないか!三笠さんも強かったが、それとはまた違った強さがある。この人、こんなにすごかったのか。
蛇祇の強さにより、海賊たちは一瞬で壊滅してしまった。
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