第5話 遊園地デート 後編
「そっか……君はお兄さんと一緒に来たんだね……」
「うん……ぐすっ。」
「ところで……君のお名前はなんて言うのかな? ほらっ、迷子センターに着いた時、名前が分からないと困るからさ」
「……遠矢」
「そっか。遠矢君っていうのか。もう大丈夫。絶対、お兄ちゃんが君のお兄さんを見つけてあげるからね!」
美結とはぐれてしまった以上、彼女と合流するのが先決だったが、一人ぼっちで困っている男の子を見かけた以上、流石に見て見ぬ振りも出来ないので、この子一緒に雑談でもしながら気持ちを落ち着かせていた。
「うん……ありがとう!」
今では冷静にお話をしてくれるぐらいにはちょっとだけ仲良くなれた気がする。
最初は遊園地という、途方もなく広いエリアで迷子になったことでずっと泣いていたこの子も気づけば落ち着きを見せて、詳しい事情を聴きだすことが出来た。
この子は彼のお兄さんと二人だけでここに訪れたらしく、その途中に僕と似たような状況にあい
最初から一人っ子だった自分にとっては兄弟がいるのは、少しだけ憧れるところがある。両親との深い繋がりとはまた異なるベクトルの魅力というか……
「お兄さん?」
「わっ……びっくりした~! どうしたの?」
「いや……なんかさっきから静かだし。ボッーっとしてるし……考え事?」
「まぁ、そんなところかな。さてと。早速探しに行きますか!」
目の前の雑多とした人ごみも、最初に比べてだいぶ落ち着いたことで、移動がしやすくなったことで僕たちも美結と彼のお兄さんを探しに行こうとしたものの……
そんな時、ぎゅ~というお腹の虫が鳴りだした。ちなみに僕ではなく、遠矢君の方から……
「……ちょっと早いけどお昼ご飯にしよっか?」
「そうですね。僕もお腹空いてきちゃいました……あ、お財布ない……」
「あぁ、大丈夫。流石にこっちで出すからさ」
「良いんですか……?」
「うん。平気、平気!」
何せ、今日という日の為にバイトを必死に頑張って貯めたお金。それを今日、大放出する! まさかその相手が迷子の子のために使うとは思いもしなかったけど……
「ありがとうございます……」
「うん。それじゃあ行こうか」
『腹が減っては戦は出来ぬ』ならぬ、『腹が減っては人探しは出来ぬ』という事で先に腹ごしらえをしてから動くことにした。
* *
「うーん……これは、ちょっとまずいかも」
まさか入場してすぐにはぐれるなんて……やっぱり入ったらすぐに彼の手を握れば良かった。それこそはぐれないようにって、言えば中村君も手を進んで握ってくれたはずだから。
「とりあえず、連絡を……って繋がらない」
スマホを取り出し、中村君のスマホに電話をかけてみるも、これほどの人混み故か、電波が入り混じり、電話に出てくれなかった。
「とりあえず、中村くんにはまだいるはずだから探しに行かないと……!」
せっかくの遊園地デートなのに最後まではぐれたままなんて、絶対嫌!
そう思い、入り口付近や、最後に一緒にいた入り口前の広場を探して見るも、どこにも彼の姿も影も無かった。
「うぅ……どこにもいない……」
「遠矢~! どこ行った~!」
「え?」
そんな中、一人の男性が力強い声で誰かを探している様子で大声をあげて探していた。周囲からの目立つも気にせず。
ひょっとして私と同じように誰かとはぐれちゃったのかな……
「あの……何か困りごとですか?」
「わっ、びっくりした……はい。実は弟と一緒に来たんですが、はぐれてしまって……」
そう言って事情を説明する彼は、私より数十センチもし身長が高くて大学生のように見えた。
「そうなんですか……良ければお手伝いしましょうか?」
「え……いえいえ。そんな。悪いですよ。それにお姉さんの時間を取ってしまうのも忍びないです……」
「そんな遠慮しないでください。私も人を探してるのでそのついで。です」
「……そういうことでしたら、お願いしてもいいですかね……?」
「はい!」
* * *
「ふぅ……ごちそうさまでした」
「ご、ごちそうさまでした……」
ひとまず簡単な腹ごしらえをしたことで、一息をつくのと一緒に、彼との緊張した雰囲気を和ませようと世間話をしてみることにした。
「ところで、君は……中学生? そのくらいに見えるけど」
「はい……中二です」
「へぇ……中二か。そういえばお兄さんは? 高校生?」
「お兄ちゃんは高一で、僕とは二歳差なんです」
「そっか……早く見つかると良いね。お兄さん。きっと心配してると思うよ?」
「そう……ですかね……」
それを言ったその子の表情は、まるで何かを諦めているような顔をしていた。
「え……? だって誰だって家族とはぐれちゃったら心配ぐらいするよ!」
「……良ければちょっと聞いてもらって良いですか? 僕のお話」
「う、うん……」
突然、どんよりとした雰囲気で思わず、固唾を飲んだ。
「僕のお兄ちゃんは僕よりずっと、勉強も運動も出来るんです」
「うん……」
「それで、中学では同じところに通ってて、たまにクラスメイト経由でお兄ちゃんの話を聞いたりするんです」
「……それはどんな?」
「『お兄ちゃんのここが凄いよね!』 とかお兄ちゃんの事について色々と聞かれたりして……」
「それ自体はまぁ、いいことなんじゃない? 自慢のお兄ちゃん! みたいな感じで」
「……そこはやっぱり人によると思います。少なくとも僕は違いました」
「違うって……?」
「最初はなんだか誇らしいって思ってたんです。それこそ家に帰ったらお兄ちゃんにその事を話したくなるぐらいに……けど」
それまでの話していた表情からは一変。急に物悲し気な顔になってしまって、なんだか聞いてるこっちも悲しくなってしまった。
「段々とお兄ちゃんの事を話すこと自体が、嫌に感じてきたんです。確かに僕はお兄ちゃんの弟。だけどなんでその本人でもないのにその話を聞かされないといけないのか……って」
「……そっか」
それを聞いて、僕は一つの違和感の正体に気づけた。この子は出会った最初からずっとどういう訳か、自信なさげな感じに話していた。
最初はただそういう性格の子だと思っていたが、その理由は今、話していたお兄さんだった。
「……今の話聞いた感じだと、別に嫌いって訳じゃないって感じに聞こえるけど?」
「はい……なんて言えばいいのか。多分苦手意識みたいなのを持ってるんです」
* *
「それからというもの、気づけばけっこう遠矢とは微妙に距離を感じるようになって……」
「それはやっぱり兄としては心配ですか? 私も妹がいるので、少し気持ちは分かります……」
「まぁ、そうですね。心配というより嫌われてないか。そっちが気がかりですね」
「……ひょっとして今日、ここに来たのは少しでもその距離を縮めようと?」
「はい……ただの勘ですけど」
「……ちょっともう一度、入場してからすぐの広場に行ってみようよ」
「え……」
「けどあそこはもう既に探しましたよ?」
「うん。そうなんだけど……なんとなくかな?」
「……まぁ一緒に探してもらっているのでとやかくは言いません。行きましょう」
「うん」
そうして僕たちはお会計を済ませ、日が傾きつつある、夕日をバックに入り口広場の方へ再び、移動を始めた。
「やっぱりいないかな……俺だったら、一周回って一番最初の場所を探したりするけど……」
こうなってくると、迷子センターに遠矢君を任せて、僕は僕で美結を探しに行った方が良いように思えてきた。
とはいえ……自分が探し出すと豪語した以上、最後まで責任は持ちたいし……
「遠矢……か?」
そんな時、どこからか、遠矢君を呼び出す声が遠くから聞こえてくる。
「お兄ちゃん!」
「遠矢! 心配したぞ! とりあえず無事でよかった!」
「うん……あそこのお兄ちゃんが一緒にいてくれたの!」
やっぱり、自分の勘が正しかったのか、遠矢君のお兄さんは再びここを探しにもどっていたようだ。
しかもそれだけじゃなく、遠矢君のお兄さんらしき人の後ろには美結の姿が、確かにそこにいた。
「中村君!」
「美結!」
ひとまずこれで彼ら兄弟も僕らも合流出来たことで一件落着だと言えるだろう。
「その……お兄ちゃん……今日は遊園地誘ってくれたのにはぐれちゃってごめんなさい……」
「ううん。俺こそ、ちゃんと見てなかったからお互い様だよ……」
その時、タイミングが良いのか、悪いのか彼らのお腹の虫が鳴りだし、その気まずい雰囲気を壊してくれた。
「あはは! もう遅いし、帰るか!」
「うん! お兄ちゃん! お姉ちゃん! ありがとう!」
「助けてくれてありがとうございました!」
「いえいえ……」
そうして彼らが見えなくなるまで、一緒に手を振って見送った。
「……すっかり日が暮れちゃったね」
「うん……まさか、遊園地デートのはずが迷子の捜索で終わるなんてね……」
「だね。けどまた行けばいいよ。時間は一応あるしね」
「うん……」
とはいえ、それはそれとしてやっぱり、いっしょに見て回れなかったのは少し残念だな……美結もそう思ってくれれば嬉しいけど……
「あの二人これからも仲良くしていられると良いね……」
「だね…………ねぇ。中村君。帰る前に観覧車だけ乗って行かない? なんだかまだ一緒にいたくて……」
「うん。僕も丁度そう言おうと思ってた所! じゃあ行こっか」
「うん! ほらっ。今度ははぐれないように手を繋いで行こう!」
「はいはい……」
そうして帰路に着く前に、せめて最後の時間まで楽しもうと、一緒に観覧車に乗り込み、最高の夜景を取ったり、暗い観覧車内でカップルぽいことをしたりと、最後の時間まで楽しむことが出来た。
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