第14話『着せ替え館』への招待状①

***リリシュカ***


「装填、構え、撃て!」

 ジゼル先生の号令で、生徒たちが一斉に引き金を引く。体が震えるほどの轟音が響く。いくらニズドの敷地が広いとはいえ、外の運動場で同じことをすれば、近隣住民たちは戦争か、血盟クラン同士の抗争でも始まったと慌てふためくことだろう。そうはならないのは、ここが運動場の地下に作られた射撃場だからだ。

「交代!」

 先生の号令で、私はシモンと場所を交代する。そして号令とともにシモンに銃に弾を込めさせ、三十メートル先の的に撃ち込む。装填数は六発。しかし、新しく空いた穴は1発だけ。つまり、シモンは六発ともほぼ同じ個所を撃ち抜いたということ。私が直前に撃ち抜いた穴はその新しい穴の周りをなぞるように、どれも微妙に中心からずれていた。

(私の体以上に、私に馴染む……)

 私も私の体の扱いには自信がある。機械的に、極めて精密に、自分の体を人形と同じように扱うことにかけては、少なくともこの教室で、いや、この学年で私の右に出る者はいない。舞巫マフカに求められる技巧は、いつだって人間の自然な在りようからは反している。舞台の上で、だらしない姿勢やそぞろ歩きは許されない。人工的な曲線と直線のポーズ、規則的なステップ、超人的な跳躍──あらゆる反自然の演技を体に叩き込み矯正する。私たちの実技練習とは、そういうものだ。そしてそれは昼の舞台での話だけではない。夜の舞台で必要とされるあらゆる戦闘技術も、訓練に訓練を重ねることで、頭で考えるより先に、相手の攻撃をかわしたり、急所を狙うことができるようになっていく。

 ともすれば、私たちの日々は、河原に落ちている素朴な原石を、人間性という無駄を削ぐように磨き続け、鋭い光を放つ宝石に仕立て上げるまでの工程と言ってもいいかもしれない。

 とはいえ、私の体が人体である以上、削ぎ落とすにも磨くにも限界がある、というのがあの的の結果だろう。手元の小数点以下の微細なブレは、数十メートル先では数ミリ、数センチに増幅されてしまう。しかし、シモンにはそれがない。彼は私の意思を寸分の狂いもなく反映する。今まで人形の質というのにこだわったことは殆どないけれど、シモンが別格なのはこの数日で既に実感済みだった。

 そんなことを思っていると、シモンが声をかけてきた。

「なあ、俺の隣にいる子の人形、手が機関銃なのか?」

 シモンの視線は左隣にいるモレルとその相棒の人形、ソスリコの右手に注がれていた。ソスリコの手は、拳銃を持っていない。代わりにその手首は九十度、地面に垂直に折れ、関節部分からは銃口が覗いている。一般的な内蔵型の銃装だ。

「あれがどうかしたの?」

「いや、どうかしたっていうか……何でもない」

 そのまま授業が終わっても、相変わらずシモンの視線はソスリコに向いていた。

「もしかして彼女みたいな方が好み?」

「好みって、いや、全然そういうんじゃなくて……」

「なになにモレルんの話? 訊きたいことがあるなら本人に訊いちゃいな!」

 どこから話を聞いていたのか、アマニータがモレルの腕を引っ張って、こっちに走り寄って来た。茶色の子犬が白い大型犬を引っ張っている画を彷彿とさせる構図だが、その後ろにいるアマニータの人形ゴリアテは、モレルが大型犬なら、さらに巨大な熊のような大きさだ。いつもアマニータが踏み潰されないのが不思議に思えてしまう。

「私に、何か用?」

 モレルが私に訊く。彼女はボルヘミアの東にあるスヴィエラントの出身で、言葉がたどたどしい所もあるが、物静かで理知的な子だ。そんな彼女が教室一賑やかなアマニータと大体いつも一緒にいるのは、最初こそ不思議に思えたが、今ではそれが当然でしっくりきている。

「私じゃなくて、シモン……私の人形が何か言いたいことがあるみたい」

「いや、その人形の手、機関銃だろ? さっき隣ですごい勢いよく連射しててカッコいいと思ってさ。それだけなんだけど」

「ソスリコの右手、機関銃じゃなくて、自動連射機能付き小銃。機関銃だと、命中精度が落ちる。だから不採用」

「間違ったこと言って悪い。俺、武器のこととかあんま詳しくないから」

 シモンの言葉にモレルは首を横に振った。

「褒めてくれたの、わかる。とっても嬉しい。私もシモン、興味ある」

「え?」

「命中精度、すごい。関節の衝撃耐性、特別な機構? でも、外見普通。素材は、何?」

 モレルがぐっと顔をシモンに近付ける。モレルの方がシモンより少し背が高く、彼を見下ろす格好だ。シモンがたじろぎ一歩下がった。

「素体の基本スペックは、ジナとかが使っているコッペラ・インダストリーの汎用モデルに近いものらしい。ただ球体関節の内部に緩衝用のグリースが注入されてて、衝撃を分散できるようになってるとか。詳しいことはシモンでも私でもなくドクターに訊いて」

 私がそう言うとモレルの目がいつになく輝いた。

「ありがとう! 私、訊いてくる」

「え、ちょ、モレルん!? 次、言語の授業だよ!?」

 みんなと違う方向に勢いよく走っていくモレルをアマニータが追いかけていく。今度は大型犬が完全に主導権を握る格好だった。

 シモンの視線はそんな二人の背中を追っていた。

「貴方の好みはああいう内蔵型の装備?」

「好みってそういう……たしかに見た目にロマンは感じるけど、自分の体がああなるのはちょっとな。俺は、今のままでいい」

「なら良かった。私、仕込み武器はあまり得意じゃないから」

「リリシュカに不得意なんてあるのか?」

「人形はあくまで人形遣いの身体の延長。極端に人間離れした機構を備えた人形を、自分の体と同じように扱うのは難しい。そういう人形に対しては、本来発揮できる力の半分も発揮できなかったりする。少なくとも私の場合は、全身武装改造した人形より、素手の人形の方が上手く戦える自信がある」

 モレルに対抗するつもりはなかったのだが、つい語気が強くなる。自分の人形に対する支配欲というやつだろう。我ながら、子供っぽくてむず痒くなる。

「それは一般論じゃなくて、あくまでリリシュカだけの話だからね。シモン、騙されちゃダメだよ」

 後ろからヨハナが追いかけてきた。彼女は、昨日は一晩保健室で過ごし、今朝方、寮室に戻ってきていた。少なくともトマシュ邸で負った傷はもう大丈夫らしい。相変わらず、杖はついていたが。ヨハナは苦笑しながら言う。

魔法人形マギアネッタの基本的な出力は人形遣いの扱える魔力の量と直結する。だから走る速度や、殴る威力なんかは人形の性能以前に人形遣いの能力に左右される。そしてリリシュカの扱える魔力量は破格だから、普通の人形に素手で殴らせるだけで大体事足りちゃうってだけ。でも普通、みんなそこまではできないから、人形に色んな改造を施して強化を図るんだ。私もフーガの手足は少し長めにして、関節にバネの機構を取り入れたりしているし」

「そういう人間っぽくないのは、扱いにくいって話じゃ?」

「リリシュカぐらい人形の動きを完璧に制御できる人間からすれば、小数点以下のラグも許しがたいと思うけど、そんなの気になる方が珍しいよ」

 ヨハナがからからと笑う。その様は、昨日死にかけた人間とは思えない健全さがあった。

(まあ、あんなこともここじゃ日常茶飯事だし)

 死にかけることも、銃を撃つことも、級友たちと雑談することも、ここでは何も特別なことなどではない。ごくごくいつもの石を磨く日々の一環だ。


***


 放課後、私はジゼル先生に教室に残るように言われた。

「お疲れ様です。シモンはすっかりクラスに馴染んでましたね」

「意外と、みんな俺が自律型であることにそこまで驚いてなくて。むしろ初日の方がジロジロ見られてた気がするけど……あれは俺の顔に対してだったのか」

 今日からシモンは私の正式な魔法人形。なら何もはばかることはないと、私は教室でシモンと会話した。最初、他の生徒たちは「あ」と何かに気付いた顔になったが、あとはすんなり受け入れて、特に気にする様子もなくなった。私にとっては予想度通りの反応だった。

「みなさん見慣れてますからね。ドクター・カレルのエディ、私のルシアン、他にも色々、この劇団の大人たちの中には自律型を使っている人も少なくないので」

 そう、先生の後ろに今も静かにたたずむ男性型人形、ルシアンも自律型だ。しかしこの人形、本当に無口で、たまに「ああ」とか「いや」とか呟くだけで、私もはじめは聞き間違えかと思ったぐらいだ。シモンにルシアンのことを伝えた時、案の定、彼は少し驚いた様子だったが、それでもジゼル先生の正体を知った時の驚きように比べれば蚊に刺されたぐらい反応が薄かった気がする。事前にカレルのエディを見ていたせいだろうか(むしろ、ジゼル先生が女性でないと知った時の反応が大きすぎた気もする)。

「とはいえ、現役の生徒で自律型を使うのはかなり珍しいですね。入手するツテが、まずありませんから。それに申告の必要もありますし。修了生なら話も別ですが」

「修了生?」

 シモンが訊ねる。完全自律型であるシモンは私の脳と情報共有ができない。だから知らないことが多いのは当然で、私はシモンが疑問を口にすることを特に制限しなかった。シモンの質問にジゼル先生が答えてくれる。

「修了生というのは、ここで六年間の学びを修めた子たちのことです。ニズドの系列の施設や劇団は、この国じゅうにあって、そこで舞巫マフカや職員として活動しています。ここにいるみなさんは、いわばまだひな鳥。その行動も使う道具の逐一も、ニズドの管理下にありますが、一人前になれば、仕事に使う道具も自己責任で自由にできます。少なくとも申告漏れで罰金を課されるなんてことはないですよ」

 先生の言葉に微量の棘が含まれているのを感じつつも、無視して私は言う。

「そんな話より、用件は何でしょうか?」

「そうでした。リリシュカ、早速ですがあなたに頼まれていた『危険でもいいから稼げる依頼』の件、ちょうど良さそうなのがあったので、ここにまとめておきました」

 ジゼル先生は一通の封筒を差し出してきた。中身をあらためる。シモンの視線を感じて、私は要点をかいつまんで読み上げた。

「依頼人、紅貝通り『着せ替え館メゾン・クローゼット』協会……依頼内容は、協会員四名を破壊した者を探し出し、同等の罰を与えること。報酬は……4万コルネ。ここに必要経費も含む。詳細については、執行人が依頼人から直接聞き取りのこと」

 依頼人からして、曰くありげな内容だとは思ったが、最も目を引いたのは4万Cという報酬だ。高額な依頼でも、2万Cぐらいが相場なのだから、これは相当の高額だろう。しかし、こんな依頼がいきなり私の所に来るとは考え難い。それこそ今の特待生たちに優先して斡旋されるべきもののはずだろう。私は疑問をそのまま口にする。

「他の舞巫は引き受けなかったんですか?」

「読んでもらってわかると思いますが、この依頼に関しては、報復対象が誰かまだ明らかになっていないんです。その捜索も含めてこの報酬ですから、時間的効率を考えると、特待生たちにとっては必ずしも美味しい話ではなかったみたいで」

 たしかに、探偵ごっこをやって犯人を捜す時間を考えれば、その間に二、三件、殺しの依頼を受けた方が儲かる、という考え方もできる。ただしそれは、高い報酬の依頼がバンバン回ってくる彼女たちだからできる選択であって、私とは事情が異なる。

「引き受けます」

 私に与えられた選択肢の中では、この依頼を受けないという選択はなかった。ジゼル先生も私の回答は予想通りだったのだろう。頷いて言った。

「わかりました。では依頼人には、あなたが伺う旨を伝えておきますので、早速、そこに書かれた住所に向かいなさい。報酬は全額後払いですので、がんばってくださいね」


***


 寮に戻って、外出用の服装に着替える。夜公演ソワレ用の外套とネクタイではなく、街のどこを歩いていても特に違和感のないスリーピースのデイドレスだ。拳銃の入ったポシェット付きのベルトを提げたところで、私はシモンを部屋の中に入れた。シモンは頑なに部屋の外で待っていると言って聞かなかったのだ。

「そういえば『着せ替え館メゾン・クローゼット』って何なんだ?」

 部屋に入るなり、シモンはそう言った。

「どうしたの? 急にそんなことを訊くなんて」

 口を開いたのは私ではなく、同じ部屋にいたヨハナだった。彼女がらしくなく怪訝な表情で私とシモンを交互に見る。

「依頼人が、着せ替え館協会だっただけ。変な誤解しないで」

 ヨハナはすぐに合点がいったようで表情をやわらげ「なるほどね」と言った。わかりやすく首を傾げているシモンに私は軽く説明する。

「『着せ替え館』っていうのは、いわゆる娼館のこと。そして紅貝通りは、このセマルグル市でも有数の歓楽街ラダ地区にある通り」

 シモンが「ああ」と小さく声を上げる。何故ヨハナがあんな顔をしたのか彼も腑に落ちたようだ。そして、おずおずと訊く。

「つまり、女性が男性にそういうサービスをするお店ってことだと思うけど、何でそれが『着せ替え』の館なんだ?」

「愛玩用の人形のことを、着せ替え人形ということもあって、そこから来ているのだと思う。つまり、着せ替え人形の館。主に女性型の人形が人間の男性に接待をする店。逆もあるらしいけど、こっちは少数だって聞いてる」

「人形の娼館……そんなものがあるんだな」

 私の説明にさらにヨハナが付け加える。

「生身の人間でそういう商売をするのは、法律で禁じられているからね。とはいえ、ほんの十年ぐらい前までは、法律が有名無実化していて、普通に人間が相手する店もあったんだよ。そこにいるのは人間じゃなくて人形だって理屈で、従業員は劣悪な環境でこき使われて、しかもそこから病気も蔓延して、一時期は深刻な社会問題だったとか。今は市の取り締まりが厳しくなって、そういう違法なのはほぼ絶滅したけど」

 人形の娼館で働いているのだから、そこにいる者は人形だ。そんな乱暴な理論のもとに人形のように扱われる人々がいる──この話を初めて聞いた時、子供心にひどく腹が立ったことを覚えている。だから、それを止めようとした人を、私は心の底から尊敬した。当時、私はまだ幼く、そして純粋だった。今の私が聞いても、「まあ、そんなこともあるだろう、この街なら」ぐらいにしか思えないのだが。

「それじゃ、そろそろ行きましょうか」

 シモンの顔に外出用の白面をつけ、日傘を片手に私は部屋を出た。

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