第29話

 2本の黒き槍は、2本の黒き竜巻となって、激突した。

 辺りに広がる住宅地の家々は、激突の衝撃波で次々と倒壊していく。


 2本の竜巻はお互いを吹き飛ばそうと、押し合いになった。

 それを百メートルの距離をとって向かい合いながら眺める、私とデフォルト。2本の黒き槍は私たちが投げたものだ。


「く、そ!」


 竜巻の轟音に紛れて、デフォルトの悔しそうな声が聞こえる。

 

『奴さん、慌ててやがるぜ!』


『心臓を再生させるのにエネルギーを使っているのでしょう。彼女は戦闘に全力を振り分けることが出来ません……奇襲は大成功だ、やった!」


 私の中にいる美奈子と三葉の魂が、それぞれ嬉しそうに言った。

 

『わたしたちの槍の方が、強い!』


 優香のその声と同時に、2本の竜巻は1本に減る。

 残った竜巻は黒き槍に戻り、デフォルトのいる方向へまっしぐら。

 私が、いや私たちが投げた暗黒の槍の勝利だ。


「!!!!!!!!!!」


 デフォルトは真正面から槍の直撃を受ける。そのまま10メートルほど後退した。

 串刺しにはならなかったが、その腹部に深々と刺突を喰らい、再び大量の吐血。

 暗黒の槍が消滅すると、その場に膝を折る。


 私たちの反撃開始から数分。戦闘は公園を飛び出し、住宅地に移った。

 優勢なのはこちら側。デフォルトは押されている。


 デフォルトは優香の闇を九割方、奪い去った。

 優香に残ったのは、ほんの一割。

 けれども。

 その一割に私、美奈子、三葉の力を注ぎ込んだ。


 一つの体に魂が並びあっているからこそ可能だった、エネルギー譲渡。

 それによって優香の闇は、デフォルトの闇を大きく上回るほどに回復した。


「ふざけるな……ふざけるなああああああああああ!!!!!!!」


 膝を折りながらも、デフォルトはこちらを睨んで叫ぶ。戦意はまだ無くなっていないようだ。


「優香、美奈子、三葉! 怖くはないのか!? 己の魂を他人の中に入れるということは、相手に文字通り全てを委ねるということだ! 魂をまるごと作り変えられるかもしれないんだぞ!」


 ぎゅっと、私は自分の右手を握った。

 デフォルトの言う通りだ。

 優香たちの魂を、自分の魂へ完全に溶け合わせることすら、可能だろう。


 魂の融合こそ、孤独を感じなくなる究極の方法かもしれない。

 ……だけど。


『凛はそんなことしないよ。凛はヴィランと共に生きていくのが願いなんだから。わたしは凜の記憶へ潜った。そして小学6年生の時のことを見て来た。デフォルト。あなたこそ市本凜についてまだ何も知らないんだよ』


 ふふ、と思わず笑みを浮かべる。

 言いたいことは、今ので大体言われてしまった。


 ありがとう優香。

 心の中でお礼を言うと、魂が一つ、ぴょこんと跳ねた。


「……デフォルト、戦いが終わったら優香たちの魂は元の体に戻す。そして、みんなと共にこれからも歩んでいく。市本凛は、ただの征服者で終わらない」


「ちくしょおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 叫びと共に、デフォルトは黒きオーラを展開した。

 先ほどの数十倍はあるだろう大きさだ。

 なにか大きな武器でも形成する気か……いや違う。


 それはあまりにも単純な攻撃だった。

 ただ、ぶつけるだけ。

 オーラは濁流となった。

 濁流はこちらへ押し寄せてくる。


「潰れろ、クズどもおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


『ははっ、破れかぶれになってるな♪ さあどうする?』


「三葉のコントロールに託す!」


『は、はい! わかりました!』


 身体の操作を、三葉の魂に預ける。

 私、優香、美奈子がするのはの仕掛けのために、力を注ぐことのみ。


 濁流は轟音を立てながら、すぐ目の前まで来ている。

 夜に怨嗟を混ぜ合わせたかのように、禍々しい。


「いくよ……よし!」


 うまく出来た。

 暗黒を塗り固め、右手に一個の手裏剣を生み出した。

 

 さあ、任せたよ。

 三葉は自分の体のように、私を動かし始めた。


『教えてあげましょうデフォルト! 忍者の恐ろしさを!』

 

 勢いよく手裏剣が投擲された。

 たちまちのうちにそれは、暗黒の濁流を飛び越える。


 濁流に遮られてデフォルトの姿は、こちらから見えない。

 しかし、それがなんだというのか。

 手裏剣を投擲したのは忍者なのだ。


 篠内三葉という忍者を、舐めてもらっては困る。


「……ぎゃ!? ……ぎゃあああああああああ!!!!!!」


 小さな叫び。

 その後に続くのは、大きな叫びと爆発音。


 息のかかるところまで来た暗黒の濁流は、瞬時に消滅する。

 ぎりぎりのタイミングだったが、どうにかなって良かった。


 投擲された手裏剣はデフォルトに命中。

 その後、私たち三人の込めたエネルギーが爆発したのだ。


 もくもくと、煙が爆心地から上がっている。

 手裏剣の爆発によって与えられた大ダメージ。デフォルトは濁流を発生させることが出来なくなった。

 濁流を避けることも可能だったが、デフォルトの攻撃時の隙を狙うために、私たちはこの行動を選択した。


『それじゃあ、凛。デフォルトのところへ行こう』


「うん」


 優香に促され、私は手裏剣の爆心地へと歩み始めた。

 作戦の最終段階へ進まなくてはいけない。

 ここから先は、私のわがままを達成するための時間だ。


 崩壊した住宅地の瓦礫と、戦闘による熱で溶けつつある雪の中を行く。

 爆心地の煙が無くなりつつあった。

 デフォルトが仰向けになって倒れている姿が見える。


「ちく、しょう。体が、うごかない」


 もう一人の私は悔しそうに呻いていた。

 かっ、と見開いた目からは涙が流れている。


「お前が嫌いだ……お前が大嫌いだ。何がヒーローだよ。私みたいな汚い心を、隠していたくせに」


「……正しい事をして気持ちよくなりたい、悪人を懲らしめて愉悦したいという心を、ただ汚いと吐き捨てるだけで終わりたくない」


「なにが、言いたい」


 私はデフォルトのすぐ横に立った。

 そして、彼女に提案する。


「デフォルト、あなたにテンプテーションをかけたい」


 デフォルトは、戦闘開始から何度目かの、驚愕の顔をした。

 しかしそれはすぐに引っ込み、代わって侮蔑の視線を私へ向ける。


「やるんだったらさっさとやれ。それで私を縛り付けるがいいさ」


「縛り付けるんじゃない。私の中へ入ってもらうんだ」


「は? なんだと?」


「テンプテーションを使って、いまの優香たちと同じ状態になってもらう。出たくなったら私の中から出たらいい。私はあなたをこれ以上、害したくないんだ。だって、あなたを生んだのは私なんだから」


 ――これが私のわがまま。

 

 私は出来る限りデフォルトと共にいたい。


 他人を征服し、支配したいという欲求の塊である彼女は、私から生まれた。

 それは、これまでちゃんと見つめてこなかった私の一側面。

 これからは、それに向き合っていこうと決めたのだ。

 征服心が自分にもあると、私は認めて生きていく。


「あなたに私を好きになってほしい。そして、私もあなたを好きになりたい」


 デフォルト。

 私のすぐ隣に、あなたがいてほしい。


「……はっ、結局私はお前という檻の中じゃないか。どうする? 私が脱獄して暴れようとしたら」


「そ、その時は……止めてとお願いする?」


「ははははははははははは!!!」


 デフォルトは高笑い。

 うう、デフォルトにも自由意思があるし、ただ閉じ込めておくと言うのも……自由に出入りはオーケーだけど、暴れられるのは困ってしまう。


「ははは……まあ、いいさ。好きにしろ」


 笑い声は、徐々に穏やかになっていった。

 デフォルトはこちらを見つめている。


「お前の中で、お前がどんな未来を迎えるか見物するのも悪くない。私の予想としては、正義の道を進んだ末に自滅すると考えている。その時は思いっきり嘲笑ってやるよ」


「わかった。そうならないように、頑張ってみせる」


 私もデフォルトを見つめた。

 集中し、そして。

 唱える。


「大好きだよ、デフォルト」

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