第24話

「凛と……三葉さん? どうしたの、そんなに急いで?」


 窓から吹雪が見える廊下で、理沙が声を掛けて来た。

 速足で移動していた私たちを見て、少し驚いている。


「ごめん理沙! ちょっと急用なんだ!」


「え、えっと。同じくごめんなさい!」


 理沙には悪いけれども、今は一分一秒が惜しい。

 私たちは一言謝ってから、先を急いだ。


「……」


 最後にちらっとだけ後ろを振り向いて確認したのだが、理沙は心配そうな顔をしていた。

 

 今からでも何かしらの説明をするために戻ろうか?

 いや、それは駄目だ。

 すでに優香と美奈子は動いてくれている。

 私たちも魔獣を探さないと。


 相手は雄であるため、私のテンプテーションは通じないだろう。

 きっと、苦しい戦いになる。


 学校を出て西へ向かう。

 優香と美奈子は東に行った。

 いま私たちは、二手に分かれて行動している。

 家に帰る暇などなく、制服にコートでの探索行だ。


 雪の勢いは衰えない。

 風は真正面から雪を運んでくるため、傘があまり役に立っていなかった。

 うっすらと、地面が白くなり始めている。

 

「こんな噂があります。別の次元世界の話ですが」


 魔力を探知するためのコンパスを片手に道を歩いていると、三葉が話し始めた。


「魔獣の群れを滅ぼした女子高生がいたらしいです。それが本当なら、私たちにだって似たようなことは出来るはず……そういえば侵攻体という次元侵略者がいて、その内の一種が狼型だとか……いや、あれは群体だから一匹のみである今回は関係ないか……」


 三葉は自分の中にある知識を総動員してくれている。

 魔獣との戦いに備えるために。

 そして、こちら側の被害をゼロにするために。


 あらためて、思う。

 三葉がいなければ私たちは何もできない。

 

 今持っている魔力探知コンパスだって、彼女の持ち物なのだ。

 私はぎゅっとコンパスを握りしめる。

 ああ、三葉の気持ちに甘えすぎだ。


「……三葉、忍者の里には連絡を入れた?」


「は、はい。さきほど」


「ありがとう。私たちは魔獣を捕らえて動けなくすることを、第一目標にしよう。別に倒さなくてもいい。完全なる無力化は、里の人々にやってもらう」


「……! はい! それでいきましょう!」


 里の人たちに頼る。

 自分たちの安全も考慮する。

 折衷案だけど、この考えを三葉は喜んでくれているようだ。

 

 たくさん心配をかけてごめん、三葉。

 帰ったら、たくさんイチャイチャしよう。

 素敵な時間を、一緒に過ごそう。


「うん? 優香から連絡……魔獣が見つかった!?」


 私と三葉は取って返して東の方角へ急いだ。

 優香によると、魔獣は透明化して寝ているらしい。

 その場所は、街はずれの資材置き場。


 美奈子と初めて会い、共に鉄パイプを噛んだ、あそこだ。

 ドラゴンを襲うほどの魔獣は恐らく同じぐらい大きいだろうが、それでもあの場所なら悠々と足を伸ばして眠れる広さがある。


 資材置き場に到着したのは、既に日が沈んだ頃。

 優香と美奈子は静かに私たちを待っていた。


「凛、コンパスを見て。針がこんなに揺れてる。大きな魔力がそこにある、って意味だよね。それにわたしも、この場所に何かが居る気配を感じる」


「優香によると、寝息みたいな音も聞こえるらしい。じゃあここで寝てんじゃね? とオレたちは考えた。さてそれじゃ凛、どうする」


 優香も感知が出来るのか。

 それなら、無理をしない範囲でより細やかな探知をお願い。

 ああ、それから。


「……オーケー。大丈夫、やれるよ。それでいこう」


 私は資材置き場に来るまでに考えた、魔獣を拘束する手段を提案した。

 鍵となるのは優香の力。

 どうやら可能な方法らしい。本当にありがたい。

 

 いつ魔獣が暴れ出すか分からない。

 このやり方でいこう。

 私たちは配置についた。


 傘を置き、一切の雪を拒まない。

 体へ降り積もるままにする。

 優香の第一撃までの間、風の舞う音のみが、この場の全てだった。

 

「――縛れ!」


 暗黒の支配者が眷属たる闇に命令する。

 

 すると、ある一か所を中心とした円状に、縄が出現した。

 地面をぶち抜いて出現したその縄は、巨大。

 太さも長さも、大木並みである。


「想天!」


 同時に私は想天を作った。

 コピー範囲は資材置き場全体。半径200メートルほどだろうか。

 今の私に拡げられるのは、これくらいが限度だ。


「よっしゃ! ドンピシャの位置!」


 美奈子が喜びの声を上げた。

 推定した魔獣の休眠場所は、狂いなくそこだった。

 十本の闇の縄が、透明な何かを縛り上げる。

 見えない巨体が確かにそこに居た。


「――――オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」


 ドラゴンの叫びとは、また違ったものだった。

 その叫びに勇壮さは無い。

 まるで、あらんかぎりの嫌悪を辺りに巻き散らかす、憎悪の放射だ。

 

 闇の縄に縛られたまま、魔獣は姿を現していく。

 赤き竜の言った通り、その様態は狼。

 全長10メートルはあるだろうその体は、藍色をしており、金色の目がギラついている。


 眠りを邪魔された魔獣は直ちに起き上がろうとするが、闇で作られた縄によってその場から身動きできない。


「……大丈夫。優香の作った縄はうまく魔獣を拘束できているみたいだ」


 作戦の第一段階はクリア。

 次のステップに移ろう。


 私が考えた作戦は、まず優香の縄で相手を縛って動けなくすること。そして、その後に全員で攻撃を加え魔獣の体力を削ることだった。


 ダメージを与え、縄を振りほどく力を失わせる。

 狼の回復速度がどの程度なのかは分からないが、回復するなら何度でも攻撃してやる。

 とにかく、忍者の里からの増援が来るまでの数日間、こいつをこの場に留め置かないといけない。


「はああああああ!!!!!」


 雄叫びと共に、私は魔獣へ駆けてゆく。

 速度を乗せ、腹部に蹴りをお見舞いする。

 狼の腹が一メートルほどへこむのを感じた。


「ギイイイイイイ!?」


 腹のへこみはすぐ元に戻ったが、この苦痛の声から察するに、大きなダメージを与えることは出来ているようだ。


 ……狼の目を見つめるが、恋情の視線は見いだせない。

 テンプテーションは、効かない。


「オラァ!」


「ヤァァ!」


 美奈子と三葉も攻撃を加えた。

 バトルジャンキーの鉄拳が、狼の顔に叩きこまれる。

 忍者お得意の手裏剣が、雨あられとばかりに、魔獣の腹に突き刺さる。


「同じことをするのは芸が無いけれど!」


 優香は魔獣の上部に一軒家サイズの黒き板を召喚。

 それは重力に任せるがまま、落下していく。

 芸が無いとは言うけれど、ドラゴンに有効打を与えた攻撃だ。実際、狼は再び痛みに唸っている。


 ああしかし、優香は拘束に力を割いている。

 降らせる板は現在、一枚が限度の様だ。


「優香は、闇の縄の形成に集中して!」


「そうさせてもらう! 後はおねがい!」


 ――いい調子、ではないだろうか。

 魔獣に奇襲を仕掛けることが出来た。

 拘束は順調。攻撃も難なくダメージを与え続けている。


 魔獣が縄から逃げ出そうとする意志を見せ無くなれば、そのまま忍び達の来援を待つだけだ。

 数日かかるが、持たせてやる。


 この流れならば。

 勝てる。

 心の中に、僅かな安堵の気持ちが広がった。

 

「みなさん、気を付けて!」


 だが、しかし。

 切羽詰まった三葉の声が、響く。

 

 そして思い知る。

 いかに自分が甘かったのか、ということを。


「これって……!?」


 魔獣は縄を振りほどくのを止めた。

 おそらく、一旦。


 その全身を覆う体毛が、数十本ほど異様な変化を始める。

 それはたちまち、小さな狼になった。

 小さいと言っても、大型犬ほどのサイズはあるが。


 もちろん彼らは拘束されていない。

 全員が私たちへ牙を向けた。

 そして、吼える。


「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」

 

 雪の勢いが、さらに強くなった。

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