第18話

「美奈子、にげて!」

 

 私は叫んだ。

 ドラゴンが炎の息を、美奈子へ向かって吐こうとしている。


「壁よ、立ち上がれ!」


 莫大な熱量の展開と、闇の壁が美奈子の目の前に出現したのは、同時だった。


 容易に人間を黒焦げに出来るであろう火炎の濁流は、優香の作った防壁によって足止めを喰らう。

 美奈子はこのアシストを予想していたのだろう。

 腰に手をやり、口笛を吹いた。


「サンキュー優香!」


「くやしいけど、長くはもたない!」


「おっと、そうか。しかし本当に、絵本から出てきたみたいにそのまんまのドラゴンだな。火まで吐いちゃってさ」


 美奈子はその場から離れる。

 するとドラゴンはファイアブレスを中断。今度は、優香の方へ顔を向けた。


「くっ!」


 灼熱の炎が優香に向けて放射される。

 もちろん闇の壁がそれを防ぐが、火炎の勢いは先ほど以上。

 まず最初にこの女から倒さないといけない。

 そんな竜の意思が垣間見れた。


「これはどうです!?」


 上空から三葉の声が響く。

 三葉は高々と跳躍し、ドラゴンの真上にいた。

 胸元から何かを取り出している。あれは、小瓶か?

 それをドラゴンに向けて投げつけた。


「グオオオオオオオオオ!!!」


 赤き竜の行動は、果断。

 優香へのファイアブレスを直ちに中止。

 自らの後方へとジャンプし、三葉が叩きつけようとした物を回避した。


「今はこれで良し……みなさん、ドラゴンから距離を取ってください!」


 三葉の呼びかけに、私たちは即座にこたえる。

 100メートル、くらいでいいだろうか。

 とにかくファイアブレスの直撃を避けられるだろう位置に、各々が移動した。


「凛さん、ドラゴンに投げつけたのは弱体化の薬です」


 私の右隣に、三葉は着地した。

 

「弱体化の薬? そうかまだ予備があったんだっけ」


「牽制用に投げました。ドラゴンは鼻がききます。だから危険な代物だとすぐに理解して、回避した。竜に危機感をもたせるぐらいの物でなければ、優香さんへの火炎攻撃を止めることは出来なかったでしょう」


 優香は私たちから少し離れた場所にいた。

 肩で息をしている。

 あと少し火炎が続いていれば、闇の壁は破られていたかもしれない……ありがとう三葉。


 それにしても。

 優香たちが合流してからの数分で、一つ分かったことがある。


 確かにドラゴンは、大いに興奮して私を手に入れようとしている。

 だが、だからといって思考能力そのものを失っているわけではないのだ。

 

 美奈子から優香へ、火炎攻撃の目標を変更したのは、闇の使い手が生み出す防壁を厄介な物だと判断したから。

 三葉の薬を避けたのは、弱体化の薬が危険だと正確に認識できたから。


 私のテンプテーションによって、精神は混乱しているのだろう。

 けれど、錯乱しきってはいない。

 冷静さが彼女の心に残っている。


 まだ混乱が足りないのか。

 冷静さを完全に吹き飛ばすだけの何かを、見つけ出さないと。

 

「……来ます!」


 これ以上の思考を、ドラゴンは許してくれなかった。

 その巨体がまるでウサギのように跳ねたのだ。

 ジャンプの行き先は優香。疲弊からか、反応が遅れている。

 まずい!


「優香アアアアアアアア!!!!!!」


「美奈子!?」


 私は目を見開いた。

 美奈子がドラゴンに体当たりを敢行したのだ!

 

 自らの何十倍もの大きさである存在へ、その全身を叩き込む。

 跳躍の途中であった竜は僅かに驚きを見せ、その場に着地。優香まで、ジャンプは届かなかった。


 ドラゴンはすぐに美奈子へ矛先をむけた。

 巨木のような尻尾を振るい、薙ぎ払う。

 

 まるで小石のようだった。

 小石のように、美奈子は吹き飛ばされる。


「いてえええええええええええ!!!!!!」


 叫び声と共に、近くにあった電柱に衝突。

 電柱がへし折れていく。


「美奈子! 美奈子! 大丈夫!?」


 一連の戦闘で、このあたりの住宅は何軒も倒壊している。私は瓦礫を飛び越えながら、美奈子の下へと駆け寄った。


「さすがドラゴンだな! 一筋縄ではいかないぜ!」


 大丈夫、のようだ。

 未だその獰猛な笑みは消えていない。


 優香のいる方向へ視線を向ける。

 ドラゴンは彼女に向けて再び火炎を吐こうとしていた。


 だが、忍者がそれを許さない。

 弱体化の薬はもう無くなってしまったのだろうけれど、それでもまだ、手裏剣がある。

 一体どこに隠し持っていたのかと思うほどの量を、一気に竜へ投げつけた。


 幾つかは、赤き鱗を貫通し、突き刺さる。

 ドラゴンが顔をしかめた。

 イケるか!?


「三葉も頑張ってくれてるが、後が続かないみたいだ。さて、どうしたものか♪」


「え?」


 美奈子の言う通りだった。

 三葉はドラゴンから距離を取り、睨み合う。

 そうか、竜に有効な攻撃手段がもうないのか。

 優香から意識をそらすことは出来たのだが……。


「オレもさっきから考えているんだけどなー。なかなか良い打開策が思い浮かばん。なにかアイデアはあるか、凛?」


「……ドラゴンはまだまだ冷静さを保ってる。もっと相手を混乱させる手があれば」


「混乱ねぇ……あいつの頭に血を登らせる方法、か。うん? まてよ? あいつが襲ってきたのは凜のテンプテーションが自動発動して、恋に落ちたからだよな?」


「う、うん。たぶんそう」


「やっぱりか。そうなると、話は簡単じゃないか」


 何か良い策を思いついたの!?

 この難局を切り抜けられるなら、どんなことでもするよ!


 私の期待に満ちた顔を、美奈子はじっと見つめる。

 見つめ続ける。

 私から目を逸らさない。


 うん?


「えっと、美奈子さん? 顔が近いよ?」


 ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って。


 え、なんで? どうして?

 

「凛、あいつに見せつけてやろうぜ」


 その言葉と共に。

 美奈子は一気呵成に私の唇を奪った。


「!!!!!!!!!!!???????????????」

 

 ひょええええええ……。

 脳内で幸せがパチパチと音を鳴らしてるぅ……。


 って。

 なぜいまキスを!?


「……グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!」


「お、おお!?」


「怒った怒った♪」


 間違いなく、ここにきて最大規模の咆哮だった。

 ドラゴンは近くの優香と三葉を無視して、こちらへ走り寄ってくる。

 

「えっと、これは」


「オレと凜がキスすれば、あいつ嫉妬してブチ切れるかなって」


「こ、効果てきめん!!!!!」


 確かに冷静さは吹っ飛んだね!

 竜のあの目を見てよ!

 『なに目の前でイチャついてんだこいつら!!!!!』って思っているに違いないよ、あんだけ血走ってるんだから!


「にげよう美奈子!」


「だいじょうぶだって……あれ、見てみろ」


 地煙を上げながら突進してくるドラゴンの真上を、美奈子は指さした。

 そこに、なにかが浮かんている。


 黒い板だった。十数枚ほどがふわふわと空中を漂っている。

 特筆すべきことは。

 それらすべてが一軒家ほどの大きさがあることだろうか。


「――闇の壁の応用だよ」


 少し離れていて聞き取りにくかったが、確かに優香はそう言った。

 闇の少女は右手を上げる。

 次にそれを振り下ろす。

 

 空中の黒き板が、滝のようにドラゴンへ降り注いだ。

 ドラゴンは頭に血が上り、上からの落下攻撃に対応できない。

 

 一枚だけだったら、簡単に跳ねのけられたかもしれないだろう。

 しかし、次から次へと容赦なく、板は竜の上に重なり続ける。

 

 最後の一枚が落ちた時、闇の板は山となって、竜にのしかかっていた。

 竜は全く身動きが取れない。


「そして! これが!」


 いつのまにか美奈子が隣にいない。

 叫び声を頼りに姿を探すと、すでに彼女はドラゴンへ飛び掛かっていた。


 その両手には、電柱。

 さっき美奈子がぶつかって折れてしまった、それである。


「オレの竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーだあああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 動くことの出来ないドラゴンの脳天へ一直線。

 電柱を勢いよく、叩き込んだ!

 

 

 

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