第26話 呪縛

 

 アリアのデバイスである裁縫断章ソーイングシリーズが起動された。


 今まで学院でトウヤと接している際には真価を見せていなかったが、彼女のデバイスはハサミ、針、糸の三種類である。


「……アリア」


 明確な敵意を持っているアリアに対してトウヤは刀を抜いていたが、無銘を完全解放はしていない。


「はあああああああ──ッ!」


 黄金の巨大なハサミを切り離し、アリアは両手にそれぞれハサミの刃を持つ形でトウヤへと迫っていく。


 背後からは前回の襲撃と同じように糸を操り、トウヤの頭上へと糸のついた針が大量に降り注ぐ。


 トウヤはバックステップを取って針を避けるが、眼前にはアリアがハサミの刃をむけて襲い掛かってきていた。


「──はぁッ!!」


 アリアの大鋏デバイスとトウヤのデバイスが激しくぶつかり合う。


 火花が散り、微かに明滅が生じる。


 現在の天候は、大雨。


 視界不良、さらには足元も滑る中で二人は剣戟を交わしていた。


 互いに魔力感知を駆使しながら、相手の動きをいち早く察して攻撃を仕掛けていく。



(やはり、学院で見せていた時は本気ではなかったか。大量の針と糸による広範囲攻撃、さらにアリア本人はハサミで近接戦闘を仕掛けてくる。かなり厄介ではあるが──無銘の解放は必要なさそうだな)



 トウヤはそう思考しながら、アリアのハサミを大きく上に弾き飛ばす。


 がら空きになったアリアの胴体。


 しかし、その隙を補うように次々と針が縦横無尽に襲いかかってくる。


 トウヤも流石にこの大量の針を全て刀で真正面から迎撃することを選択はしない。


 彼は一度アリアから距離を取って加速していき、追尾してくる針を避けていく。


 そして、地面に刺さった針からは蜘蛛の巣のように糸が展開されていくが、それは刀で斬り裂いていく。



「逃げてばかりでは、私には勝てませんよ」



 背後からアリアの声が聞こえてくる。


 トウヤは自身の腋の下に刀を通して、アリアに不意打ちを仕掛けてみるが──彼女は冷静にそれを受け切っていた。


(反応も早い。デバイスは応用が効く上に、多様なバリエーションもある。範囲攻撃をしながら、自分への魔力供給も怠ることはない。強い。流石に学生のレベルではないが……ただやはり──)


 一連の戦闘を経験して、トウヤはあることを感じていた。


 それは予感ではなく確信だったが、彼はそれをまだ表には出さない。


「はあああああああ!」


 アリアはさらにトウヤを追い詰めていく。次々と襲い掛かる針に、トウヤの行動範囲を狭めていく糸の包囲網。


 そして、アリアは自分の狙っていたポイントでトウヤに襲い掛かるが──



「──だろうな。ここだと思った」

「──!?」



 自分が追い込んでいたと思っていたのに、トウヤは背後から迫ってきているアリアの存在に即座に反応した。


 アリアはギリギリのところで体を捻ってトウヤの攻撃を交わすが、針によるカバーの前にトウヤは彼女に追撃を仕掛ける。


「ぐぅ、ううう……っ!」


 アリアは何とかハサミを盾にしてその攻撃を真正面から受け切るが、あまりの衝撃に後方に派手に弾き飛ばされていってしまう。


 依然として、雨は降り続ける。


 ぴちゃ、ぴちゃと音を立ててトウヤはデバイスを持ってアリアの元へ歩みを進めていく。


「アリア。それでは俺には勝てないぞ」

「どうして……私の狙いが……?」

「追尾してくる針、展開されている糸の包囲網。そして、俺を追いかけてくるアリア。その複合的な要素から逆算すれば、狙いは簡単に分かるさ」

「……っ」


 アリアは初めてトウヤに対して恐怖を覚えた。

 

 そして、理解してしまう。自分とトウヤにある決定的な差を。


 トウヤはまるでアリアの心を読んでいるかのように立ち回ってくる。


 それに──アリアはまだ、トウヤがデバイスの真価を発揮していないこも分かっていた。


 基礎的な身体強化と普通のデバイス運用だけでトウヤはアリアの上を行く。


 その事実に対してアリアは戦慄すら覚えていた。


 まだ真価を見せていないというのに、これだけの実力。やはり、トウヤは只者ではないと察する。



「私はそれでも……それでも、あなたを倒さないといけない! それが私の役目だから──!」



 再び立ち上がって、アリアはトウヤへと切り掛かっていく。


 しかしもう──その攻撃はトウヤには届かない。


「どうして……!? なんで当たらないの……!?」

「気がついてないのか?」

「うるさい、うるさい、うるさい……っ!!」


 アリアはもう冷静ではなかった。ただ無我夢中になって、トウヤに向けて攻撃を仕掛けていくが、先ほどよりもずっと簡単にトウヤに全て捌かれてしまう。


(何で……!? どうして!? トウヤさんはこんなにも強いの……!?)


「アリア。俺が強くなっているんじゃない。お前が、弱くなっているんだ」

「……え?」


 理解できない、という表情をした瞬間にはトウヤの攻撃が迫ってきており、アリアはそれをハサミで受け切る。


「ぐ……っ……う」


 あまりの威力の攻撃に防いでいるというのに、アリアの腕は痺れてしまいその場に膝をついてしまう。


「アリア。自分では気がついていないかもしれないが、俺に対する攻撃は全て殺意がない」

「殺意が……ない?」

「あぁ。敵意はある。俺を攻撃するという意志は感じる。しかし、俺を殺し切ろうという意志は感じない。無意識のうちに力をセーブしてしまっているんだ」

「そ……ん、な……」


 深々しんしんと降り続ける雨に二人は打たれ続ける。


 アリアは手に持っていたハサミを地面に落とし、カランと無機質な音が雨に溶けていく。


「アリア。君にどんな事情があるかは知らない。俺を殺すと命令されたのかもしれない。だが、君はあまりにも優しい。敵意だけでは俺は殺せない」


 トウヤは既に、戦闘の初めからそのことに気がついていた。


 巧みに裁縫道具デバイスを操るアリア。その攻撃の多様性と狙いは確かに学生レベルではない。


 けれど、それだけだった。彼女がトウヤに向ける刃に殺意はない。


 その程度の攻撃では、トウヤも無銘を解放することはなかった。


「は、はは……そっか。私ってどこまでいっても劣化品レプリカなんですね」

劣化品レプリカ?」

「えぇ。私は──」


 幾度となく波紋を繰り返す地面を見つめながら、アリアは独白をする。



「私は、ゲノム編集によって生まれたデザイナーベイビー。この容姿も何もかも、そうなるように作られた人工生命アーティフィシャルライフ。ただ私にはラザフォード家の血統魔術が発現しなかった……」



 トウヤは驚いて目を見開いた。


 以前、兄の朔夜から聞いた人工的に魔術的臨界点を突破する試み。


 それらが実行されているかどうかは不明だったが、アリアはその研究によって産み落とされた存在。


 流石のトウヤもそこまでは予想はしていなかった。



「ラザフォード家を復興させる為に私は生まれました。けれど、私にはそれができない。血統魔術の発現しない私は、ただの劣化品レプリカ。実力も兄のルーク様には大きく劣ります」



(……そうか。俺とアリアは似ている、と栞は言っていたが……初まりは同じだったのか)


 トウヤとアリア。


 トウヤは忌み子として生まれたが、後に才能が開花した。家族たちにも恵まれ、何不自由のない人生を歩んでいる。


 アリアは勝手に作られ、産み落とされ、出来損ないの劣化品レプリカと罵られるだけの人生を送ってきた。


 二人の出自は似ている──が、その後の道は大きく異なる。


 トウヤは思う。どこまでいっても、人の業に限界はないのかと。



「でも、作られた人生だとしても、たとえ劣化品レプリカだとしても──私は私のを果たします。トウヤさん……今まで、ありがとうございました」



 アリアは再び立ち上がってトウヤと向かい合う。


 そして、アリアは先ほどよりも莫大な魔力をデバイスに込めていく。


 刹那、彼女の背後から大量の糸が溢れ出し、トウヤに向かって降り注いでくる。


 彼は頭上を見て、まるで巨大な波のように覆いかかってくる糸の攻撃をバックステップを取ることで躱す。


「アリア──! もう止めるんだ──!」


 トウヤはアリアに向かってそう声をかけるが──その攻撃を避けていると、既にそこにもう彼女の姿はなかった。


 その攻撃は彼に追撃を仕掛けるためのものではなく、その場から逃げ出すためのものだとすぐに察した。



「アリア? 待て! アリア──!!」



 最悪の予感がトウヤの脳内によぎる。


 トウヤはすぐに納刀すると──アリアを追いかけて大雨の中を駆けていくのだった。



 †



 大雨の中、アリアは懸命に走っていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」


 今、自分がどこを走っているかも分からない。何もかも分からない。


 それでも、アリアは進むしかなかった。


 ただ、目的もなく走っているわけではない。


 彼女は自分の最後の役割を果たそうとしていた。



(トウヤさん。ごめんなさい。たくさん、たくさん迷惑をかけてごめんなさい。私はやっぱり……あなたを殺すことなんて出来ません。でも、私にはもう居場所はない。だから、もう全てを終わらせます。あなたの迷惑にならないように──)



 そして、アリアが走っている最中、彼女の前に一人の人間が現れる。


 ゆらりと漆黒の外套を羽織った人物だが、その顔は──アリアにとってあまりにも見覚えのあるものだった。


「よぉ。アリア」


 そこに立っていたのはルークだった。


 彼はニヤニヤと笑いながら、アリアに話しかける。


「ルーク様……」

「どうした? もう逃げないのか?」

「いいえ。もう逃げる必要はありません──」


 アリアは裁縫道具デバイスを展開して、彼と向かい合う。


 裁縫道具デバイスに魔力を込め──そこには、トウヤに対しては存在していなかった明確な殺意が込められていた。


 それを見てルークは高らかに笑う。両手を広げ、この大雨をまるで祝福かのように受け止める。



「ははは! そうか! そうくるのか! あぁ。いいねぇ。ただのつまらない人形だと思っていたが、お前にも人並みの感情があったか。ククク……」



 逃げるアリアを見てどうするか考えていたルークだが、まさか最後に反抗しているとは彼も思っていなかった。


 まさかの展開に、彼は心からアリアの反抗を面白がっていた。



「さて、劣化品レプリカの殺処分でもするか」

「はあああああああ──っ!!」



 アリアはこれが自分の人生の終着点だと知りながらも、ルークへと立ち向かっていくのだった──。

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