第20話 お泊まり


 トウヤ、栞、アリアの三人は繁華街へとやって来ていた。


 栞の行きつけの洋服店は価格がリーズナブルであり、学生でも比較的服を揃えやすい。


「さ、見て回りましょうか! アリアさんは何か興味のある服とかありますか?」

「いえ……その特にありません。栞ちゃんにお任せしてもいいですか?」

「ふ、ふふ。それならお任せください……っ!」


 トウヤはそんな二人のやり取りを見つめていた。


(栞のこんな様子は初めて見るな。かなりアリアのことを気に入っているんだな)


 実際のところ、栞はトウヤに隠している趣味があるのだが、そのことをトウヤはまだ知らない。


「ではまず、これでお願いします! 試着室はこちらです」

「分かりました」


 それからはまるで着せ替え人形のように、アリアは栞の勧める服を試着していった。


「可愛い……!」

「ふむふむ。これも悪くはないですね」

「いいですね! やっぱり、スカートは短くても映えますね!」


 栞はそれぞれの服装に感想を述べていき、今のアリアは黒いミニスカートに少しだけ柄のあるTシャツ一枚というシンプルな服装をしていた。


 しかし、アリアの元の美貌も合わさって、それは非常によく似合っていた。


 大きすぎず、小さすぎない胸は微かにその大きさを主張し、手足は綺麗に伸びているのがよく分かる。


 これにはトウヤも綺麗だと純粋に思うのだった。


「おぉ。確かにこれは綺麗だな。いいと思う」

「ふ。兄さんもこのセンスが分かるとは、流石ですね」

「う……うぅ……」


 一方のアリアと言えば、かなり恥ずかしいようで顔を赤く染めていた。


「あの……こんなに短くて大丈夫なんですか? すごくスースーするんですけど」

「これがいいんです。見えそうで見えない。このギリギリのラインこそ美、なんですよ……!」

「な、なるほど……?」


 栞は興奮しながら熱弁するが、アリアはいまいちピンと来ていないようだった。


「アリア。よく似合ってると思うぞ」

「本当ですか?」

「あぁ」

「そ、そうですか……」


 アリアは顔を少しだけ背けて、髪の毛を忙しなく触る。


 栞はトウヤに対していつものように、じっと抗議の視線を送る。


「兄さん……」

「ん? どうした」

「いえ。なんでもありません」

「そうか」


 そんなやり取りをしつつ、最後に栞が提案した服装は、ワンピースと麦わら帽子だった。


「えっと。どうでしょうか?」


 麦わら帽子を少しだけ抑えて、アリアは試着室から出てきた。


 純白のワンピースは彼女とよく合っており、先ほどとは違い脚はそこまで見えない。


 けれど、だからこそ、確かな奥ゆかしさがそこにはあった。


 まるでそれは、深窓の令嬢のよう。


 その姿を見た栞は目を大きく見開いて、興奮気味に声を発する。


「いい……! やっぱり、これもいいですね! 夏にぴったりの服装だと思います……!」

「あぁ。これもいいな」

「それはその……良かったです」 


 アリアも褒められることに慣れてきたのか、微かに笑みを浮かべて応える。


「では、あとはパジャマなども購入しましょうか」

「は、はい! お願いします!」


 気に入った服とパジャマをいくつか購入しようとするが、アリアは「あ……」と声をこぼした。


「あの……すみません。今、あまり手持ちがなくて」

「ん? 気にしなくていい。元からここは、俺が出す予定だからな」

「え……!? でも流石にちょっとお値段が」


 おおよそ、学生が出せる金額を超えていたが、トウヤはある事情からそれなりに貯金がある。


 だからこそ、普通に出そうとするが、この額だと流石に遠慮するか……と思ってトウヤも少しだけ困った様子を見せる。


「アリアさん。私実は、撮影が趣味でして。それに協力していただければ、衣装代はこちらで持つという形で」

「え? そんな趣味があったのか、栞」


 ここで明かされる事実にトウヤは意外そうな声を出す。


「はい。兄さんにはその……ちょっと恥ずかしいので秘密にしていましたが。でも、せっかくいい機会なので、どうでしょうか。アリアさん」

「その……分かりました。栞ちゃんにはとてもお世話になったので」

「やった! あ、兄さん。一応、衣装代は私が持つので、今は立て替えておいてください。領収書もお願いします」

「分かった」


 トウヤは栞の提案を了承して、支払いを一括済ませた。

 

 それから三人はお茶をしようかという話になって近くにあるカフェにやって来た。


「私はチョコレートホイップストロベリーフラペチーノのトールで」

「俺はブラックコーヒーのトールで」

「……え、じゅ、呪文ですか……?」


 さらっと長文で何かを言った栞に対して、アリアは戸惑いを見せる。


「アリアさんは甘いの好きですか?」

「はい。好きですけど」

「では、私と同じものをもう一つ」


 店員に注文すると、支払いはまたトウヤが一括で済ませた。


「二人は席を取っておいてくれ」

「分かりました。行きましょう。アリアさん」

「はい……」


 アリアはカフェに入ってから、周囲をキョロキョロと見渡していた。


 そして、栞とアリアは店内の角の席に着席する。


「アリアさんはカフェも初めてなんですか?」

「はい。そうですね」

「イギリスにも多いと思いますけど、行ったことないんですね」

「あ……その。家庭の事情で、あまり外に出ることがなくて」

「なるほど」


 そして、三人分の飲み物をトウヤが持ってきて着席する。


 アリアは初めて見る飲み物をじっと凝視していた。


「これ……飲み物ですよね?」

「うーん。半分デザートですかね」

「なるほど。で、ストローで飲めばいいんですよね?」

「はい」


 アリアは意を決してストローを吸うと、口内にチョコ甘さとイチゴの爽やかな風味を感じる。


「美味しい……!」

「でしょう。やはり、乙女には甘いものと相場は決まってますからね」

「そういうものか」


 トウヤはブラックのアイスコーヒーを飲んでおり、それを見た栞は眉を少しだけ顰める。


 栞はもっぱら甘党でブラックコーヒーなど飲み物ではない、と言っているほどである。


「兄さんはよくその苦い液体を飲めますね」

「ん? 普通に美味いと思うが。苦味の中にコーヒーの微かな酸味もあって、俺は好きだな」

「全く、本当にどこまで大人なんですか」


 アリアは二人の会話を見て、ニコニコと微笑んでいた。


「アリアさん。楽しいですか?」

「あ、えっと。はい。とても楽しいです……! 本当に、とても」


 アリアはまるで何かを噛み締めるかのように、そう言葉にした。


 栞もそんなアリアを見て、満足そうに笑っていた。


 トウヤもまたこんな日も悪くはない。そう思うのだった──。



 †



 帰宅した三人。


 今週は三連休なので、明日の月曜日も学院は休みである。


 そのため、栞はぜひ晩ごはんも一緒と提案した。


 アリアは流石にそこまでしてもらうのは、と思ったがトウヤも是非と言うので、彼女は了承した。


「あ。まずいな……チーズを買い忘れていたか」


 今日はグラタンでも作ろうとトウヤは思っていたが、チーズがちょうどなくなっていたことにトウヤは気がついた。


「それなら近くのコンビニで買ってきますよ、兄さん。他にも買いたいものがあったので」

「あ……その。私もご一緒してもいいですか? 日本のコンビニ。興味があるんで」

「もちろんです! さ、行きましょうか。アリアさん」

「はい」


 まるで仲睦まじい姉妹のように二人は並んで外に出ていった。


 二人を見送ったトウヤは自室に戻ると、ちょうどいいタイミングだと思った。


「ふむ。風呂にでも入っておくか」


 トウヤは少し時間ができたので、先に入浴することにした。


 いつものように髪と体を洗ってから、湯に浸かる。


「ふぅ……それにしても、栞に写真撮影の趣味があったとはな」


 意外と家族でも知らないものだな、とトウヤは思う。


 そして同時に、今日一日のアリアの様子を振り返る。


 アリアは見るもの全てが新鮮そうで、とても楽しそうにしていた。


 日本を楽しんでくれたのなら、トウヤはそれはそれで嬉しいと思う。


 しかし──


(あそこまで世間知らずなのは、やはり……普通じゃないよな)


「ま、あまり探っても仕方ないか」


 そう思ってトウヤが浴室から出ていくと──


「ん?」

「え?」


 そこには──下着姿のアリアが立っていた。


 彼女は呆然とトウヤのことを見つめる。


 程よく大きさのある胸に、真っ直ぐバランスよく伸びる手脚。


 その肌はまるで雪のように純白で、一切の穢れは存在していなかった。


 そんなアリアの綺麗な体をトウヤは否応なしに見てしまい、アリアもまた彫刻のようなトウヤの筋肉質な肉体を見てしまう。


「ご、ごくり……」


(す、すごい筋肉……! な、なんだがドキドキするというか……。これが男の人の身体なんだ……)

 

 アリアはあまりにも鍛えられたトウヤの肉体に一瞬釘付けになってしまうが──アリアはハッと我に帰る。


「きゃ、きゃあああ──!」


 アリアの叫び声は部屋中に響くのだった。



「すみません。アリアさん。兄さんはいつも食後にお風呂に入るので……」


 栞はアリアに対して頭を深く下げていた。


「い、いえ! その私も不注意だったというか」

「すまない。俺ももう少し配慮しておくべきだったな」

「兄さん。今後はもう少しタイミングを注意してください。ただ今回は私も悪かったので、すみませんでした」

「あぁ。そこはお互い様だな」


 それぞれ謝罪をして、三人はトウヤの作ったグラタンを食べることに。


「ん……美味しい」

「やっぱり、兄さんは天才料理人ですね!」

「いや、料理人ではないが」

「いえいえ。絶対に有名料理店でも働けますよ」

「ま、それは褒め言葉として受け取っておこう」


 と、いつものやり取りをしつつ、トウヤもまた自分の作ったグラタンは美味いなと思いつつ食事を取るのだった。


 時刻はすでに午後十時になり、完全に日は暮れている。


「では、私はこれで」

「送っていこう。流石に遅い時間だしな」

「ありがとうございます」


 そう言ってトウヤが扉を開けた瞬間──外は異常な勢いの風と雨が降り注いでいた。


 それこそまるで、台風が通過して来ている時のような勢いの暴風雨だった。


「……えっと」

「流石にこれだと帰るのは厳しいか」


 トウヤはポケットからスマホを取り出して、天候を確認する。


「なるほど。すまない。今日の晩は天気が崩れるらしい。明日の朝には天候も回復するようだが」


 トウヤがそう言うと、後ろに立っていた栞が嬉しそうに声を出した。


「え……! じゃあ、泊まっていけばいいんじゃないですか! ね、アリアさん!」

「えっと……その。お世話になってばかりですみません」


 そうしてアリアはなし崩し的にトウヤの家に宿泊することになるのだった。


 アリアと栞はトウヤが普段使っているベッドで寝ることになり、トウヤはリビングにあるソファーで寝ることになった。


「……ふむ。面白いな」


 トウヤはリビングで読書をしていた。


 彼の趣味は読書であり、さまざまな分野の本を読むことを楽しんでいる。


 そして読書に没頭していると、時刻は深夜二時になっていた。


「もうこんな時間か」


 そろそろ寝るかとトウヤが思っていると、寝室の扉が開いてアリアが出てきた。


 彼女は今日購入したパジャマを身につけており、ナイトキャップも被っていた。

 

 それはもちろん、栞の趣味なのだが。


「あ……トウヤさん。まだ起きていたんですね」

「あぁ。アリアは眠れないのか?」

「あはは。そうですね」

「すまないな。きっと栞が迷惑をかけただろう」

「いえ……! そんなことは……!」

「少し待っていてくれ。ホットミルクでも作ろう」

「あ、ありがとうござます」


 リビングのテーブルでアリアは待ち、トウヤが作ってくれたホットミルクを口にする。


「美味しいです……」

「少しハチミツを入れるのがコツだ」

「なるほど。勉強になります」


 アリアはニコッと笑みを浮かべる。


 微かな電光が二人のことを照らしつける。


 もうすでに深夜なので、外は完全に静まっていた。

 

 そして、少しの間だけ沈黙が訪れるが、決してそれは二人ともに居心地の悪いものではなかった。


 アリアはホットミルクにある程度口をつけると、静かに唇を動かした。


「トウヤさん」

「どうした?」

「私、きっと今日のことは一生忘れないと思います」

「大袈裟じゃないか?」

「いいえ」


 アリアは首を振って、否定する。


 そして彼女は初めて自分の心のうちを吐露する。


「日本に来る前、私は本当に不安で不安で仕方がありませんでした。見知らぬ土地に行くということは、本当に怖かったんです……日本語は勉強しましたし、日本に関する勉強もしました。でも、知識があるだけで、ただただ不安でした」

「……」


 トウヤは黙ってアリアの言葉に耳を傾ける。


「学院でも頑張って優等生のように振る舞っていますが、それは強がりなんです。でも、栞ちゃんやトウヤさんに出会えて本当に感謝しています」

「それは良かった。栞もアリアのことを気に入っている。これからも仲良くしてほしい。それと、俺ともまだ一緒に任務に取り組むことになるしな。今後もよろしく頼む」

「それはもちろんです。でも──」


 アリアは何か言いたそうにしていたが、その先の言葉を紡ぐことは──なかった。


「すみません。では、私はこれで。ホットミルク、ありがとうございました」

「あぁ。じゃあ、おやすみ。アリア」

「おやすみなさい。トウヤさん」


 アリアは寝室に向かい、トウヤは電気を消してソファーに横になろうとした時──コンコンと窓から音が鳴る。


 今は風と雨も比較的に落ち着いているが、ここはマンションの一階ではない。誰かがいることはあり得ない。


 トウヤが窓を開くと、そこには一羽の鳥がいた。


 そしてその鳥の脚には──一枚の紙が巻き付けてあった。


 それを取ると、鳥はパタパタと夜の世界に溶けていくように消え去っていった。


「……なるほど。《エクストラナンバー》を探っている、か」


 トウヤはその紙に書かれた内容を読むと、それを魔術で燃やした。


 そして彼もまた就寝するのだった。


 トウヤが再び能力デバイスを解放する時は──もうすぐそこまで迫って来ていた。

 

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