第37話 悠斗に唆された探索者がスライムになってしまいました。濃厚接触者も手遅れです!
その一人を筆頭に観客席にいた探索者が数名、決闘場へと降りて彩愛を取り囲んだ。
「うわ、これはめんどくさい……」
「君たち! 決闘場に上がるんじゃない! 早く降りないか!」
彩愛が嫌悪感をあらわにする一方、審判や司会が彼らに降りるように指示する。しかし、虚ろな目の彼らは、彩愛を取り囲んだまま、じりじりとにじり寄っていく。
「ごろぜぇぇぇぇ、ぼばべらいぐぇぇぇ」
かろうじて、何を喋っているかわかる程度までおかしくなった悠斗。その指示に従うように、彩愛に襲い掛かる。
「しかたないか。もう手遅れっぽいし」
飛びかかってきた探索者を箒で弾き飛ばしていく。それは壁や地面に当たり、べちゃっという音を立てる。
「うわあああ」「きゃああああ」
吹き飛ばされた人間が、グチャグチャになる光景。それは多くの観客を恐怖させるのに十分なものだった。
だが、それは決して死んだわけではない――。
「まったく、アイツに取り込まれる前に殺しておきたかったけど、無理そうね」
そう独り言をつぶやく。彼らはスライムのRNAを取り込んだことにより、身体のほとんどがスライム化していたのだ。
悠斗に唆されてマスターにあった探索者が軒並みスライムとなる現象。だが、被害はそれだけに止まらなかった。
「みちる、みちるぅぅ。うぼあぁぁ!」
「ゆうじ、ゆうじぃぃ。ごべぇぇぇ!」
スライム化した探索者の恋人と思しき人たちも、次々とスライム化していった。濃厚接触によって、スライムのRNAが彼らの身体にも取り込まれてしまっていたのである。
次々と人間がスライムになっていく。そのことに気付いた会場の人々は、叫び声をあげて逃げ回る。そして、それを捕まえて襲い掛かるスライムという阿鼻叫喚の様相を呈し始めた。
「くそっ、五郎と結衣といい。どいつもこいつもヤルことしか頭にないのかよ!」
下半身直結型スライムが量産されて行くことに、彩愛は思わず愚痴をこぼす。状況から判断して、アルジャーノンの時と同じようにスライムたちはボスである悠斗の支配を受けていた。
まさしくスライム化ウイルスによるパンデミック的様相に、日本中が混乱に陥っていた。そんな中、決闘場に一人残された彩愛は無数のスライムに取り囲まれていた。
「これ以上はないかな。でも、この数は面倒だわ」
彼女を取り囲むスライムは数にして数百匹。それらが悠斗スライムの支配によって手足となって動く。それだけで脅威である。
「うりゃ、えい、やあ!」
そんな中、地道にスライムのコアを潰していく彩愛。現実改変の力によって、スライムの攻撃をいなしつつ、順調に倒していく。
「はあ、はあ。くそっ、数が多すぎる……」
先日の国家主席との対決で露呈した弱点。彼女の現実改変は無数の試行回数により最良の結果を得るものだ。裏を返せば、それは多くの試行を行っているということに他ならない。当然ながら、彼女の体力は急激に消耗していった。
次第に試行回数を減らすために、致命的でない攻撃を受ける方向でシフトしていく。結果として、彼女の服は次第にボロボロになっていく。ついには、あと一発というところまで追い詰められてしまった。
「うう、以前の時と同じ……。いや、あの時は五郎がいたけど、今は……」
一縷の望みをかけて、観客席を見回す。だが、先ほど一人もいないことを確認したばかりだ。当然ながら五郎も結衣も、そこにはいなかった。
「こ、ここまでか……」
満身創痍になり、あきらめようとした時、観客席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「「「「彩愛さん!」」」」
同時に聞こえてきた彼女を呼ぶ声。それは五郎、結衣、愛菜、花蓮のものだった。五郎と結衣は武器で、愛菜と花蓮は魔法でスライムたちを撃退していく。
「じゃばぼずるばー!」
悠斗スライムの指示でスライムが五郎たちの方へ向かう。しかし、ずっと研鑽を続けてきた彼らにとって、スライムが何匹いても問題はない。
「
愛菜と花蓮による炎属性と光属性の最上位魔法によって、ひとまとめに殲滅させられるスライム。取りこぼしを五郎と結衣がフォローし、魔力切れをエリクサーで補充する。ほぼ完ぺきな連携であった。
「彩愛さん! こっちのスライムは任せて。ボスに集中してください!」
「ふふっ、五郎も言うようになったじゃないの」
彼らがスライムを引き受けてくれたことで、彩愛の心にも茶化す程度の余裕が生まれていた。その言葉を聞いて、五郎は苦笑する。
「まだ戦闘中ですから。油断は禁物ですよ!」
「そうね。それじゃあ、健闘を祈るわ」
「彩愛さんも!」
後ろを五郎に任せて、悠斗スライムの方へと向き直る。背中を向ける格好になるが、五郎たちに対してもスライムが攻めきれていないことから、彩愛の方に向かってくる様子はなかった。
「さて、そろそろ年貢の納め時よ」
彩愛が箒を構えると、悠斗スライムは大きく震えだした。それに呼応するように、周囲にいるスライムも震えだす。
「じゅるぜぶ、ぼばべぼぼがず!」
もはや何を言っているのかすら聞き取れないが、ろくな内容ではないのは彼の様子からしても明らかだ。スライムたちは、彼を取り囲むように融合していき、最終的に七体のスライムになった。
「スライムが七体。悠斗スライムと合わせて八体……。まさかっ?!」
彩愛が気付いた時には、時すでに遅し。八体のスライムが悠斗スライムに取り込まれるように合体し、一体のスライムとなる。スライムの王、キング悠斗スライムとでもいうべきモンスターである。
「ぶばばば。ごででごどず!」
闘技場を覆い尽くすほどの巨大なスライム。身体から無数の触手を生やし、無数のコアを持つスライム。それだけではなく、恐ろしい速度でコア自体が分裂していた。
「これじゃあ、コアを潰していくのは無理そうね」
かと言って逃げるわけにもいかない。彩愛は覚悟を決めると、箒を構えてキング悠斗スライムを正面に見据えた。
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