第6話 嫉妬されて距離を置こうとしたら、何故か逆に近付いてくることってあるよね
「はあ、昨日は酷い目に遭ったわ……」
翌朝、彩愛は憂鬱な気分で目を覚ました。昨日はボロボロの服で帰るわけにもいかず、受付の人に借りた布を羽織って帰った。そんな不審な格好していれば、当然のごとく注目のマトになってしまうわけで……。思わずため息が漏れてしまう。ゆっくりと起き上がって朝の支度をしていると、スマートフォンが鳴った。
『こちら探索者協会本部です。新しい制服の準備ができましたので、ご都合がよろしい時にいらしてください』
連絡を受けた彩愛は、軽く朝食をとって探索者協会本部へと向かった。
「影野彩愛様ですね。はい、こちらが新しい制服になります」
「ありがとう。助かったわ」
「いえいえ、ダンジョンメイドのサポートも私たちの仕事ですから。あ、こちらに受け取りのサインをお願いします!」
彩愛が受け取りのサインを書いていると、彼女の背後から五郎が声をかけてきた。
「あれ? 彩愛さんじゃないですか。どうしてここに?」
振り返った彼女の目に、五郎――の隣に結衣が並んで立っている姿が映る。これ見よがしに五郎の左腕に力強く抱き着いて、勝ち誇った笑みを浮かべていた。彼女のあからさまな態度に、思わず彩愛は顔をしかめる。
「制服の替えを受け取っていたところです。それで山本さんの方は、どんな用事で?」
彩愛は彼の隣にいる結衣をチラチラと見ながら、他人行儀に答えた。それを聞いて彼は不思議そうな顔をして首をかしげた。
「かしこまらなくてもいいっすよ。ダンジョンを一緒に攻略した仲じゃないですか。その時みたいに五郎って呼んでくれていいっすよ」
その言葉に結衣の顔が強張る。一瞬だけうつむいたが、すぐに顔を上げるとキッと彩愛をにらみつけた。
「はあ……。ダンジョンの中は命の危険があるから当然でしょ。でも、ダンジョンの外では別。そもそも、お互いろくに知らないじゃない」
「そんなこと言わないでくださいよ。あの時、彩愛さんが僕に手を差し伸べてくれたからこそ生きて帰れたわけだし……。ホントにカッコよかったって思ってるんっすから!」
彩愛はため息をついて五郎を突き離すような言い方をした。それに対して五郎は目をキラキラさせながら彩愛を持ち上げてくる。そのせいで結衣の表情がますます険しくなっていった。
「それじゃあ、私はこの辺で……」
いたたまれなくなった彩愛は、そうそうに撤退するために話を切り上げる。それを遮るように五郎は話を切り出した。
「あ、ちょっと待ってください。今、僕たちのパーティーリーダーがランク昇格の手続きを行っているんです。昨日手に入れたサークレットのお陰です。これでランクが上がれば、やっと僕たちもパーティーに加入できまるんです!」
「いやいや、無理でしょ。討伐したの私と五郎じゃない」
「でも、僕はパーティーに入る予定なんですよ」
昇格の審査では討伐証明のアイテムに対して鑑定魔法が使われる。それによって討伐参加者がわかる仕組みになっている。だが書類上では彩愛も五郎もパーティーに入っていない。今の状態ではランク昇格は不可能であった。
それどころか、他人が取得したアイテムを証明として出したことでペナルティを受ける可能性まである。
「それじゃあ、帰るわ。たぶん無理だけど、頑張ってね!」
「あっ! ちょっと、あと少しで……」
「五郎、どこに行くつもりなの?」
厄介ごとの気配を感じた彩愛はそそくさと帰ろうとする。五郎は彩愛を引き止めようと追いかける構えを見せたが、結衣に腕をがっしりと掴まれていて動けないようだった。この時ばかりは彩愛も結衣に感謝していた。
プルルルル……。
自宅に向かって走る彩愛のスマートフォンが鳴った。慌てて出ると、相手は探索者協会横浜支部の支部長だった。
『影野くんかね? 大至急で仕事を依頼したいのだが、こっちまで来てくれないかね?』
『えっ? 今からですか?』
『大至急と言っているだろう? 早ければ早いほどいいのだが……』
『いや、まだ受けるとは……』
『その辺は、来てから決めてくれてかまわない。大至急、頼んだぞ!』
本来なら支部長から直接連絡などないはずなのだが、彼女はなぜか目を付けられているらしく、こうして依頼をしてくることがある。今回は用件だけ伝えて切ってしまった。それだけ切羽詰まっているということだろう。
「はあ、まあ行くだけ行きますか」
答えを待たずに切ってしまったので、彩愛は行かざるをえない状況であった。連日の仕事により、少しばかり疲れた様子ではあるが、駅へ向かい桜木町駅までの切符を買って、列車に乗り込んだ。
横浜支部の受付に行くと奥の部屋へと案内された。支部長がすでに話を通していたらしい。来ることを前提にした対応に、彩愛は複雑な表情を浮かべる。
奥の部屋には、すでに彼がすでに待機していて、入るとすぐにソファに座るよう彼女に伝えた。髭面にサングラスをかけて、パツンパツンのスーツを着たガタイの良い――明らかにカタギじゃない風体をした男。彼が横浜支部長だ。
「彩愛くんは強化種というのをしっているかね?」
「モンスターの変異種ですよね? 素体は通常種と同じですが、諸々の能力が上がっている個体のこと。という認識です」
「そうだ。それがダンジョンに現れてしまったのだ。これを討伐してもらいたい」
「それはダンジョンメイドの仕事ではありませんが……」
彩愛は支部長の的外れな話に複雑な表情を浮かべる。それを取り繕うように苦笑いを浮かべて事情を話し始めた。
「知っての通り、横浜ダンジョンはデカラビアという大悪魔を中心としたダンジョンだ。そのため魔法を得意とするモンスターが中心なのだが……。最近、魔法も近接戦も得意な強化種が出るようになったんだよ」
「それで……?」
事情を理解してなお、彩愛には自分が依頼を受ける意味が理解できなかった。
「そいつを倒して、できれば原因を突き止めてくれるとありがたいのだが……」
「頼む相手を間違えてますよね?」
ダンジョンメイドはダンジョンの清掃を担当する職員だ。人によってはスライムやジャイアントローチ程度の害虫駆除はするが、その程度だ。
「聞いたよ。渋谷ダンジョンに現れたと言う巨大スライムの件。君が中心になって討伐したという話じゃないか」
「それはスライムですよね? 今回とは相手が違いますよ。これは探索者の仕事です」
「うーん、でも……。君を推薦したのは、その探索者なんだよ。山本っていう男の子なんだけど……」
怒りで叫びそうになるのを必死で抑えていた彩愛。だが、五郎が結衣と暢気にやってきたことで限界突破してしまった。
「五郎、何してくれとんじゃァァァ!」
彩愛の怒りの箒が、五郎の鳩尾にクリーンヒットした。それは彼女の怒りのほんの序章だった。
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