第13話
◆ ◆ ◆
正直ずっと、平静を保つのに必死だった。
なぜ彼が、
気づいたのは体育祭、昼休みのハーフタイム。教室へと向かう途中。縁石に座り込み、休んでいた彼を見かけた時だった。
彼はクラスメイト。いつもおとなしくて、誰かと話をしているのはこれまで一度も見かけたことが無い。きっと人見知りなのかな。それとも、もともと寡黙な性格なのか。
はじめて彼を見たのは、高校一年の終わり。桜が満開の終業式の日だった。
おそらくだけど、遠巻きで目が合ったのを覚えている。その時はちょうど、別の生徒に告白をされてすぐの出来事で――恥ずかしくなってつい、すぐに逃げ出してしまったけれど……。
そんな彼とは、二年生になり同じクラスになった。すぐにあの時の彼だと分かった。
男子の中では一段と肌が白くて、さらに雰囲気がどこか……大好きなインヘヴンの「エル」と、ほんの少しだけど似ていたから。
話をしたことは一度も無い。でも、してみたいという興味はあった。
だけど。どうしてだろう。エルを意識すると、途端に緊張してしまう自分がいて。
一方当の彼はというと――私のことなど、全く覚えていない様子だった。
何で? どうして? それほどまだ月日も経過してないのに。確かに目は合ったはず。
けれど、自分から終業式の日のことを話すのは何だか恥ずかしくて、聞けなかった。
そんな中で迎えた、体育祭当日。日差しを避けるように俯き、滴る汗を拭った彼。
何てことない仕草。けれどその瞬間、真っ白な稲妻が落下したような衝撃を覚えた。
無抵抗に吸い込まれていく視線。そこに映る、彼の首元に巻かれたマフラータオル。黒地の中にチラリと見えた白の英文字と、端の部分にデザインされた青い薔薇のロゴ。
ウソ……。
間違いない。あれは「奏」から受け取った、クレールのモノと同じタオルだった。
それをどうして、彼が――。
「花のように清く、美しく」
そんな両親からの教えを胸に。華道に加え水泳にバレエにピアノと、習い事に励む毎日。両親は大好きだし、家業の華道も大好きな生活の一部。
何不自由のない日々を送らせてもらって、いろいろな経験をさせてもらって、心の底から感謝している。けれどもどこか満たされないというか、物寂しいというか……。
学校ではみんないつも優しく接してくれた。でも少し距離を感じるというか、遠慮されている、というか……。思えば学校内に、きちんと「友人」と呼べる人が居なかった。
そうして迎えた高校一年の冬。習い事の掛け持ちが忙しくて、母に言って水泳だけでも外してもらった。二年生になったら、ちゃんと学校の友だちを作りたい。同級生と過ごす時間を持てるようになりたい。そう思い、予め調べて同学年の女子の顔と名前も覚えた。
新学期からはすぐに。もっと皆と、打ち解けられるように。
そう思う中。何気ない休日に一人、外出をしていた際。
それは偶然立ち寄った、とある小さなレコード店での出来事だった。
花のように美しく、それでいて攻撃的なインヘヴンの「音楽」に出会ったのは。
衝撃だった。こんな世界があるのだと初めて知った。激情と静謐の緩急あるメロディラインに加え、特にヴォーカルである「エル」の歌声と美しさに魅了されてしまい。
それからは彼らは「花」と同等に、私にとって大好きな生活の一部となった。
四月。春休みを終え二年生になり、これまでどこか視野狭窄だった思考と行動を少しずつ変え広げていった事で、私にも友人と呼べるクラスメイトができた。
ものすごく楽しくて、嬉しくて。もっともっと、新しい事を経験したいと思った。
そんな中、街で偶々見つけたとあるライブ広告。
五月のある夜に、勇気を出して行ってみたそのライブハウスで――。「彼ら」を知り、その「音楽」に触れ、心を打ち抜かれた。
クレールは新生のバンド。先日のファーストライブは本当に素晴らしくて、インヘヴン以来の衝撃だった。中でも特に、ヴォーカルの「奏」の歌声は美しくて、伸びやかで。
全身全霊で聴き入ってしまった。それでいてMCの際は、歌唱時とはまるで対照的で。
人柄はとっても柔らかくて、シャイで。けれどもすごく、カッコよくて。
咲き誇る薔薇のように、美しくて。
――エルも好きだけど。
奏も……同じくらい。
自身の中に、新たな稲妻が走った瞬間だった。
だから居てもたってもいられず、ライブ終わりについ、出待ちなんてしてしまって。
あの時は本当に緊張した。それに、自分でも何をしているんだろう、って。
でも全員が優しく接してくれて嬉しかった。それに目の前であの、奏にも……。
そうしてあの日から――私はクレールの、奏の大ファンになった。
あのライブで、運よく入手したマフラータオル。奏がくれたプレゼント。最高の宝物。
偶然だと分かっていても、どこか運命を感じてしまう。クレールはまだバンド活動を始めたばかりとのこと。後日調べてみたけれど、グッズ等は一切販売されてはいなかった。
なのに。全く同じモノを、どうして「彼」が。
まさか、クレールのメンバーと知り合い? それとも、彼もクレールのファンということ? タオルを目にしてからずっとずっと気になってもうしょうがなかった。
そんな思いが残ったままで訪れた、体育祭後半。
新競技となる借り物競走。重要なアンカーとして集中しようと試みるものの、ずっと彼のことが気になってしまい、頭から離れなかった。
……もう……どうしよう。
そして巡って来た順番。一呼吸置き意識を切り替えたのち、バトンを受け取る。レーンに沿って全身全霊で走り込み、途中ボックスから引いたお題。それはまさかの「色白な人」だった。
真っ先に浮かんだのは「彼」の顔。今思えば、自分でも不思議に思ってしまう。普通なら女子の、クラスメイトの元へ行くはずなのに。
意識的? それとも無意識?
気づけば私は、彼の元へと走っていた。
このタイミングを使って、すぐに。彼にマフラータオルのことを聞き出したい衝動に駆られ、でも考えると、途端に緊張してしまう自分がいて……。
ダメ……今は競技に集中しないと。そう思いながらも既に、彼を求め、声を掛けてしまっていた。そして腕を取り、どうにか思考を切り替えようとしていた矢先、彼は負傷を。
ごめんなさい。私が半ば強引に連れ出してしまったから。だから彼の分も私が頑張らないと。彼の身体をフォローしつつ、ゴールを目指そうとした――その時だった。
頬に触れた、例のマフラータオル。と同時に、微かに香る汗の匂い。
瞬間先程まで高ぶっていた探求心が、再び息を吹き返し一気に蘇った。
思えばあの日。奏からの貰ったタオルにも男性の汗の香りが微かに染みついていて。フラッシュバックした映像の断片と今いる現実とが、脳裏の片隅でひらり、交錯する。
――っ、もしかして。
我を忘れ、無意識に。気づけば彼の首元へグイグイと顔を近づけてしまっていた。
でもダメ、わからない……。考えれば考えるほどに迷走してしまう。
そう言えば「枚方くん」って――声色が少し、奏とも似ているような。
でも雰囲気は全然違うし……。流石に、考え過ぎよね。
「あっ、いけない!」
熟考し入り乱れる脳内。その、数秒後だった。
競技のことなどすっかり頭から離れてしまい、私たち二人はコースから大きく逸れる形に。今思えば恥ずかしすぎて、泣きたくなるほどの大失態だった。ごめん……なさい。
競技を終え、保健室へと運ばれていく彼。私のせいだ。だからちゃんと、後できちんと謝らないと。そう思い、私は一人グラウンドを後にした。……ごめんね、枚方くん。
あの、マフラータオルについては――。
その時にまた、改めて。
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