今昔物語〜本朝つけたり霊鬼

大高長太

第1話 おにどのの霊

今では昔のことですが、三条通りと東洞院ひがしのとういん通りの交わる北東の角は「おにどの」と呼ばれていました。そこには霊がいたのだそうです。


まだ京都がみやことなる前、この場所には大きな松の木が生えていました。


そこに矢筒を背負った男が馬で通りかかったのですが、突然の雷雨に見舞われ、あまりの雨で進むこともできずに松の下へと避難しました。


ところがその時、雷が松の木に落ち、その男は馬もろとも裂き殺されてしまったのです。


そうしてその男は霊となりました。


その後、京都はみやことなり、この場所も人の住む屋敷となったのですが、この霊はその場所を離れず、未だに留まっているのだとか。


そのためにその場所ではたびたび悪いことが起こるのだと、人々は語り伝えて来たのでした。



三条東洞院鬼殿霊語 第一


今昔、此の三条よりは北、東の洞院とういんよりは東の角は、鬼殿おにどのと云ふ所也。其の所に霊有けり。


其の霊は、昔し未だ此の京に京移みやこうつりも無かりける時、其の三条東の洞院の鬼殿の跡に、おおなる松の木有けり。其の辺ををのこの馬に乗りて、胡録やなぐいおいあるき過ける程に、にわか雷電霹靂らいでんへきれきして、雨痛く降ければ、其の男、過ぎずして、馬よりおりて、自ら馬をひきへて、其の松の木の本に居たりける程に、雷落懸りて、其の男をも馬をも蹴割けさき殺してけり。て、其の男、やがて霊に成にけり。


其の後、京移みやこうつり有て、其の所、人の家に成て住むと云へども、其の霊、其の所を去らずして、于今いまに霊にて有とぞ、人は語伝へたる。きわめひさしく成たる霊なりかし。


れば、其の所には度々からぬ事共ことども有けりとなむ語り伝へたるとや。



鬼殿おにどのとは鬼や妖怪が住むという家を指す一般名詞である。特に憤死したと伝えられる藤原朝成あさひらの家をさす場合もあるが、朝成あさひらは平安中期の人物であり亡くなったのは974年であるのでこの話とは無関係。朝成あさひらは三条の南に居を構え、三条中納言と呼ばれた。のちに摂政となる藤原伊尹これただと官職を争って敗れ、伊尹これただとその子孫に祟る怨霊となったという。伊尹これただの子には、冷泉天皇の女御で花山天皇の母となる懐子ちかこや、花山天皇の側近となる義懐よしちかがいるが、伊尹これただの弟の兼家らと争ってその後没落している。


*この話は京都(平安京)が都となる以前に起こった事件に由来する霊についてのものである。平安京が都となったのは794年、桓武天皇の時代。その10年前に藤原種継の建議によって、奈良の平城京から北40キロメートルの位置にある長岡への遷都を行っていたが、種継が暗殺され、さらに暗殺への関与を疑われた皇太弟の早良親王が恨みを抱いたまま死去。その後様々な不幸が続き、それは早良親王の怨霊のためであるとされた。鎮魂の儀式を行うも、さらに川の氾濫などが起こり、ついには和気清麻呂の建議によって平安京への再遷都が決定した。


なお和気清麻呂は769年に弓削ゆげの道鏡による皇位の簒奪を阻止した人物としても有名である。実はこの事件は平安京遷都にも大きく関係がある。道鏡を引き立てた孝謙天皇(称徳天皇)は、壬申の乱で天皇になった大海人皇子(天武天皇)の子孫の最後の天皇であるが、孝謙天皇の父親が奈良の大仏を建立した聖武天皇であることからも分かるように、天武天皇の子孫は奈良の仏教勢力から強い影響を受けていた。桓武天皇の父親の光仁こうにん天皇は中大兄皇子(天智天皇)の孫であり、孝謙天皇のあとを継いで天皇となった。その時光仁天皇は62歳、天皇即位の最高齢記録保持者である(二位は今の天皇陛下の59歳)。以後皇統が天武系に戻ることは無かったが、一族からは清少納言などを排出した清原氏が出ている。


しかし平安京は決して安泰ではなかった。桓武天皇の子である平城天皇は806年に即位し病弱のため3年で弟の嵯峨天皇に譲位する。平城上皇は平城京に住み、やがて藤原種継の子である藤原薬子くすこや藤原仲成なかなりとともに、嵯峨天皇と対立し都を平城京へ戻そうと画策した。810年、上皇方はついに挙兵に至り、東国に下ろうとするものの坂上田村麻呂がこれを阻止し、嵯峨天皇方の勝利に終わる。この事件はかつては「薬子くすこの変」と呼ばれていたが、現在は「平城太上天皇の変」とも呼ばれる。

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