第2話 素質

界登かいとはプロのスカウトが見に来ていると知った時、これはチャンスだ、と思った。

自分のプレーを見てもらえる、ここで活躍すればプロから声がかかる。


しかしその試合は膠着こうちゃくしており、また雨でピッチコンディションもよくなかった。

そんなことは言い訳にしからならないこともよくわかっていた。だが、何としてもゴールが欲しかった。焦りと無理が、界登の冷静さを失わせ、プレーを狂わせた。それが怪我につながった。しかも、そのせいで試合に負けた。その日のことは、今でも時々夢に見る。みんなが、勝てなくてごめん、そう言った。だが、一番ダメだったのは自分だと、界登はわかっていた。だから、しばらく立ち直れなかった。


界登を救ってくれたのは周りの人たちだった。何より、その時試合を見に来ていたスカウトの廣澤ひろさわたずねてきてくれたのが大きかった。廣澤に自分のエゴを見透みすかされ、プロとしては無理だとはっきり言われた。


その廣澤と後日話す機会があった時、スカウトの仕事について聞いたことがある。その時、廣澤はこう言っていた。

「試合を見に行くのには、3つの目的があるんだ。

まずは、気になっている選手のチェック。これは、話題になっていたり、スカウトの間でうわさになっている選手とか、大会で活躍している選手などを自分の目で見て、本当にいい選手なのか、自分のチームに合いそうか、などを見極みきわめるためだね。

次に、自分たちのチームに欲しいと思っている人材を探すため。チームからは来季らいきに向けて、こういう選手を探してくれってリクエストをされている。試合の記事などであらかじめどんな選手がいるかって情報は仕入れておく。気になっている大学、高校の試合に実際に足を運んで、それを確かめる。

そして3つ目が、原石げんせき発掘はっくつだよ。これから伸びそうな選手、例えば1年生で3年後伸びていそうだなとか、今はそれほど活躍していないけれど、プロになって伸びそうだとか、少し専門的なアドバイスを受ければけそうだとか、そういう選手を見つけて、早いうちからコンタクトをとっておく。実際に他のチームにも気づかれるような活躍をし始めた時に、交渉こうしょう有利ゆうりになるからね。まだ知られていない中からいい選手を見つけた時ほど、うれしいことはないね。

僕はいい選手がいたら試合だけじゃなくて練習なんかも見に行くようにしている。普段の練習への取り組みはどうだとか、他の選手とのコミュニケーションは、などなど、見るべきところは多いんだ。そして、実際に直接話をしてみる。そのときの印象いんしょうも大事。僕はプレーの質だけじゃなくて振る舞いだとか、性格だとか、そういうところも重視じゅうししているからね。メンタルに問題がある選手はチームの士気しきを落とすし、性格的にチームのカラーになじめるかどうかも、重要だからね」


廣澤は日焼けした顔をにこりとさせて、界登に言った。

「そして界登くん、僕は君という原石を見つけたと思ってるんだよ」


その言葉を、界登は心にピン止めした。

「原石」

それは、界登の可能性を認めてくれていると同時に、まだプロとしては輝けないといういましめでもあった。うぬぼれていた自分に、突き付けられた現実。「原石」のままでただの石ころとして終わるのか、みがき上げて輝きをはなてるのか、それは全て自分のこれから次第だということを、廣澤は言っているのだと、界登は受け止めた。


界登の良さを、廣澤はこう教えてくれた。

「ストライカーとしての嗅覚きゅうかく。ピッチを俯瞰ふかんできるちから。どこにいても、どこにゴールがあるかを正確にわかっており、そこへ向かう道筋みちすじをイメージできている。負けん気の強さ。エゴが強いところ。そして、怪我けがを通じて、つらさを乗り越えたこと、周りの人の気持ちを思えるようになったところ。それから自分の弱点に気づくことができたところかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る