第二十五話

 六花(第六人格)は仲間達に取り囲まれていた。

 三浦は握りこんだ拳を今にも振り上げようとしている。二葉はおろおろとしながらも、そんな三浦を制しようと、六花との間で両手を開いている。五木はそんな二人をやや離れた位置から眺めながらも、いつものような冷笑はそこにはなく、その表情は疲弊に打ちひしがれたように虚ろだった。

「どうする? こいつ」

 三浦が剣呑な表情で言った。五木が覇気のない声で返す。

「どうするも何も、棺桶に封印しておくしかないだろう」

「本当にそれしかないんですか? 一緒に罪を償えないですか?」

 二葉はあたふたとしている。三浦は鼻を鳴らして答える。

「四季のことだって、俺達は封印したんだ。六花だけ助けるってのは通用するのか?」

「違いない。公正さを損なっては規律など成り立たない」

「ですが……」

 六花を除く三人は口論を続けている。しかしそれは発展のない議論だった。同じような内容を堂々巡りし続け、その度に六花は責められ、それでいて結論は一向に出なかった。

 どうにでもなってしまえと六花は思う。六花は絶望していた。親友だと思っていたビーちゃんに裏切られ、殺されかけていることがショックだった。このまま仲間達を道連れに一子の肉体ごと消滅してしまいたいと強く願った。

 ビーちゃんは六花にとって最も大切な存在だった。多重人格者である六花の苦しみを理解してくれた。それは表面的な理解や共感ではない。ビーちゃん自身同じ障害を抱え、数多くの不自由を味わっていたのだから、心底から二人は通じ合い愛し合うことが出来た。ビーちゃんは六花が初めて出会った同胞であり同じ魂を持つ分身だった。

 それなのに。

「もう好きにしてよ」

 六花は膝を抱えたまま口にしていた。

「あたしのことはもう好きにして。今すぐ棺桶に封印してよ。ビーちゃんに裏切られた世界で、あなた達なんかと一緒に生きていたくなんかない」

「勝手なことを」

 五木が呆れたように肩を竦めた。

「望むならいくらでもそうしてやる。だが、それで済むような状況じゃないんだ」

「知らないよもう。殺されちゃえば良いんだ、あなた達なんて」

「黙れ! 誰の所為でこんな状況になっていると思っている! 望み通り今すぐに棺桶にぶち込んでやろうじゃないか!」

「やめなさい」

 声がした。

「今はそうやっていがみ合っている場合じゃないでしょう。そいつを封印して、この状況が少しでも好転するの?」

 四季だった。

「……四季さん? どうしてここに?」

 二葉が目を丸くする。

「あんたらとこの状況について話し合う為に、肉体を『虚無』にして来たのよ。はいこれ、さっきまでの申し送りね」

 手渡された申し送りは仲間達に共有された。六花は外の世界になど興味もなかったが、二葉に宥めすかされて指先で触れた。

 四季のしたためた文章がアタマの中に入って来る。

 自分達は手錠によって金属製のドアの取っ手に繋がれ、拘束されているらしかった。味方と言えるのは隣で同様に拘束されている雪だったが、彼が頼りになるらくもない。状況は全く持って絶望的だ。

「三浦さんの力で取っ手かドア本体を破壊できませんか?」

 二葉が提案する。しかし四季が首を横に振って。

「あのドアは金属製だったわ。いくら三浦の馬鹿力でも、どうにかなるようなものじゃない」

「ですが、試して見る価値は……」

「手錠の方を攻略する方がまだ容易いんじゃないか? 所詮大学生でしかない鈴木に警察が使うような本格的な手錠が手に入るはずもない。変態がオモチャとして買っていくような、中途半端な代物しか用意できていないはずだ」

 五木の考えに、三浦は腕を組みながら問う。

「引きちぎれってのか?」

「違う。ピッキングが出来る可能性がある。六花の特技は掏りと縄抜けと錠前外しだ。その為のピンもポケットの奥に常に携帯している。鈴木にはそれがただのヘアピンにしか見えていないはずだから、まさか取り上げられてはしないだろう。小型とは言え、ナイフを見逃すくらいなのだからね」

 その通りだ。六花はヘアピンが一本あればどんな鍵でも解除してしまえる。

 そしてそのことをビーちゃんは知らない。ビーちゃんに見せたことがある特技は掏りだけで、他の二つについては見せる機会がなく知らせていない。

「なるほど! じゃあ、この状況を打開できるかもしれないんですね!」

 二葉が瞳に希望を滲ませた。四季も納得したような表情を浮かべ、言う。

「そのようね。頼むわ六花」

 六花は膝を抱えたまま黙り込んでいた。

「六花? どうしたの」

 六花は何も言わない。

「いい加減にしないか、六花」

 五木が声を荒げた。

「早くしないと敵が来てしまう。さっさとコックピットに行くんだよ。死にたいのか?」

 六花は何も言わない。

「なあ六花。なあ! 死にたいのかって言ってるんだよ!」

「死にたいよ」

 涙に濡れた声。

「死んじゃいたいよ。だってそうでしょう? どうせここを切り抜けたって、皆あたしのことを封印する癖に。だったら皆を道連れに死んだ方が百倍マシだ」

 その言葉を聞いて、三浦が剣呑な表情で六花の方へと歩み寄った。

「なあ六花。おまえいい加減に」

「待って」

 四季が片手を上げて三浦を制した。

「聞いて六花。あなたを封印なんてしないわ。私がさせない」

「……信じられないよ」

「濡れ衣を着せられて封印されてた私が説得すれば、皆だってきっと納得するはずよ。させて見せるわ」

 四季は六花以外の人格達の方に向き直る。

「聞いて皆。六花を封印するのは良くないの」

 四季は人格達に語り掛ける。

「私を封印した時に皆懲りたでしょう? 私達は虹川一子という人格の持つ生きる力を、五つに別け合って存在している。誰か一人でも欠けたりしたら、この先の人生絶対に成り立って行かないのよ」

 人格達は皆口を閉じて聞き入っている。

「身に染みたはずよ。確かに、私達は互いにいがみ合うことも憎しみ合うこともある。全員と好き合うことなんてできないと思う。それでもね、生きる為には協調していくべきなのよ。互いに対等に尊重して、力を貸し合うべきなのよ。だから六花をここで切り捨てるのは、私達の未来を致命的に閉ざす悪手なのよ」

 四季は本心からそう言っているように見えた。六花を一時的にでも納得させる為、パフォーマンスをしているようには見えない。心底から、四季は自分達が生き抜くために六花のことを必要としている。

「そしてそれは、私達多重人格者のような、特殊な境遇に置かれた人間に限らないわ。人間同士、人格同士、一か所に集まって何かをしようと思ったら、互いが互いの力をどうしても必要としてしまうものなのよ。私達はそれを理解しなくちゃいけない。嫌い合ってでもバカにしあってでもいがみ合ってでも構わない。それでも私達は、私達に私達全員が必要だと理解して、誰のことも切り捨てたりなんかしちゃあダメなのよ」

 六花の肩に四季の手が添えられる。

「私は説得したわ。皆がそれに答えてくれるかどうか、あなたが判断して」

 その表情は六花が見て来たどの四季よりも優しいものだった。

「コックピットに座るのよ。あなたが私達のことを信じるのなら、手錠を外して誰かと代わって。信じないというのなら……それはしょうがないわ。殺されて来なさい。どちらにするか、生きるか死ぬか、あなたが決めて」

 強く心の籠ったその言葉に、六花は戸惑った。これまでの人生、多重人格の末っ子という立場で生きて来た六花にとって、六花が何かしらの選択を迫られたことはなかった。大切な判断は常に自分以外の誰かがやっていた。多数決の内の一票を握ることはあったとしても、たいていの場合において六花はあくまで付和雷同で、場を支配する意見に流されて、何となく多数派になりそうな方に手を挙げて来ただけだった。

 そんな六花が今、全員の生き死にを決定することを迫られている

「……あたしが選ぶの?」

「そうよ。あなたが選ぶの。さあ、行きなさい」

 そう促されるままに、六花はぼんやりとその場を立ち上がり、コックピットに向かった。

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