四章
第十五話
四季は最後の最後まで抵抗しなかった。
ぼく(五木・第五人格)にとって、それは意外なことでもなんでもなかった。全員で城を出て山を登る時も、天使様に出して来て貰った棺桶を前にした時も、四季は命乞いなどしなかった。その表情は心安らかですらあり、その振る舞いは覚悟を決めたような堂々としたものだった。
「……どうして、四季さんは自分を封印することに賛成したんでしょうか」
二葉が首を傾げた。ぼくはいつものように無視しようとしたが、ふと思い直して返事をしてやった。
「自分の口を封じたかったんだろうさ」
「どういうことですか?」
「あの絵を描いたことを君に看破された時点で、彼女の目的は、自分の身を守ることではなくなったということさ」
ぼく達は山を降りるところだった。森と土の匂いのする山道は冷ややかで凍えそうな程だった。空は常に暗闇に覆われていて月も星もない。山にはぼくらの他に生き物はおらず、木々はそこにあるだけで伸びもしなければ枯れもしない。ただ時折吹いて来る乾いた風に、しなるような音を発するだけだった。
「……といか、五木さん。今はわたしと話してくれるんですね」二葉が嬉しそうというよりは、むしろ不安がるような声を発した。それがいつまで続くか伺っている様子だった。
「そりゃそうさ。四季がいなくなった今、嫌が応でも、君達はこのぼくの指揮系統に入るのだから。いくら何でも、すべてのコミュニケーションを排除する訳にはいかないだろうさ」
「どういうことだ?」三浦は低いだけでなく剣呑な声を発した。
「これからはぼくがリーダーでありホストだ。言うことには従って貰う」
三浦は忌まわし気な表情で、二葉と六花は目を丸くしてぼくの方を見詰めた。
「不満かな?」
「四季がホストだった時も、俺達は別にあいつ一人に従っていた訳じゃない」
「だが彼女が一番大きな発言力を持っていたし、そのことに皆納得していたはずだ。彼女が自分のことを暫定的にでもリーダーと称する際、誰も文句を言わなかっただろう?」
「言わせておいただけのことだ。俺達は対等な存在で、特定のリーダーを必要とする訳じゃない。おまえの意見が正しい時は従うが、それは四季の時と変わらない」
「暫定的にでもリーダーを決めておかないと、議論が紛糾した際にまとまらないぞ? ただでさえこれからは偶数人数でやって行くのだから、何もかも多数決で決める訳にはいかないだろうし」
「いなくて良いよリーダーなんて」六花が言う。「四季ちゃんがリーダーぶってたのも、単に声が大きいから成り行きでそうなってただけなんだし。うざいのがいなくなって、やっと対等になったくらいに考えようよ」
皆絶句した。この大人しくて暗い、無口な部類である少女がこうも露悪的なことを言い出したことに、皆驚きを覚えたのだ。
「おい。口に気を付けろよ」三浦が苛立ちを露わにした。「いなくなった奴の悪口はダメだ」
「でも。あの人は『あたし達』の身体を使って人を殺してたんだよ? どうして悪く言っちゃいけないっての?」
「あいつが人を殺していたのは事実なんだろうが、そのことと『一子』にとってのあいつの功績は別だ。うるさい奴だしムカつく女だったが、奴なしには俺達はまとまらなかったと思う。奴の力失くして『一子』が生きていけなかったのもまた確かだ」
「実際、四季さんなしで明日から学校とかどう乗り切るかを思うと、大変そうですもんねぇ」二葉は他人事のように言った。「もし五木さんが友達にいじめられたりしたら、遠慮なくわたしを頼ってくださいね。代わりにいじめられてあげますからっ。いつでもウェルカムです!」
こんな奴に頼るつもりは毛頭なかった。むしろ極限まで出番を減らしてこの城の中に閉じ込めておいてやるつもりだった。
「それより五木くん。分かったんでしょ? 協力者。誰?」
六花の問いかけに、ぼくは思わせぶりに小首を傾げて見せる。
「さあ。誰だろうね」
「やめてよ。そういうもったい付けるみたいなの」
「正直に言うとまだ予想の段階なのさ。ほぼ間違いないとは思ってはいるが、それでも確証を得られるまで、少し待ってくれ。調査をする。……と言っても」ぼくは肩を竦める。「下手にちょっかいを掛ける必要はないかもしれないね。仮にそいつと接触するのだとしても、対決という形は避けるべきだ」
「どういうこと?」
「この事件は既に終わっているじゃないか」
犯人の目的はぼくらに謎を解かせ、六枚の絵を見せ付けること。それはもう終わったことだ。
他に狙いがあるのだとしても、少なくとも一端の区切りが着いたと見て、間違いはない。
「だから犯人を打倒する必要性はぼくらにはない。そいつとはそもそも共犯関係なのであって、事件の隠蔽という意味では、むしろ協力すべき間柄だよ」
「だからって文句の一つも言わないのか?」三浦が言った。
「それが合理的だよ。どう考えても仲良くするべきなんだ、そいつとは」
ぼくは言った。心の底から。
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