第十三話
繋ぎ合った若い男女の手がある。
それだけ聞くと牧歌的で幸福な光景だと言えた。しかし実際にはそれはむしろ猟奇的でおぞましく何より悪趣味だった。何せその男女の手は握り合った状態でそれぞれの手首から切り落とされていたのだから。
ぼく(五木・第五人格)は鞄の中の二つの手に気が付くと、両親の不在を確かめてから鍋に放り込んだ。四季と三浦にやらせたように、薬品で煮て始末するのだ。
煩わしい作業だった。楽しくもなければ何の経験にもならない。こんなことをぼくがやらされるのがたまらなく不条理だった。真っ赤になった鍋の中を分離した肉が漂う様は珍しいとも言えなくもないが、望まずしてやらされている作業でそこに興味深さを見出せるはずもない。
こんなことは終わりにしなければならない。
ぼくは鍋を見守りつつ血まみれの三枚のメモを見詰めていた。二つの手と共に鞄の中に入っていたものだ。内の二枚はいつもの謎解きで、血塗られた紙には以下のように記されていた。
愚者の棺の鍵は私。
目を開ける程に見えないが、瞼を閉じた時にだけ、あなたの前に現れる。
咎人の棺の鍵は私。
回る部屋の中でいつも控えている。部屋を出る時、私は他人を傷付けてしまう。
さらにもう一枚の紙にはネットのURLが記載されている。湯の沸騰する音を聞きながら、ぼくはそのURLをスマホに打ち込んだ。
サイトにジャンプする。
黒を基調としたシンプルなデザインのページだった。五つの棺が中央に並べて配置され、それぞれ上に『生贄の棺』『乱波の棺』『道化の棺』『愚者の棺』『咎人の棺』という文字が表示されている。他にタッチしてアクセス出来そうなアイコンはない。
試しに『生贄の棺』をタッチすると、『鍵を入れてください』という文字と共にパスワードの入力画面が表示される。迷わずに『book』と打ち込むと、一枚の画像が現れた。
それは一枚の油絵だった。
過去に一子が通っていた小学校の運動場の遊具の傍に、六角形の西洋の棺が置かれている。その棺で眠っているのはなんと二葉で、目を閉じて両手を重ねた姿は静謐だった。
世界にはまるで運動場と棺しかないかのようだった。黒い棺桶の中で二葉の白い肌が映えている。長いまつ毛が彩る閉じられた両目の間で、まっすぐに通った鼻筋はしなやかだった。桃色の唇は信じられない程柔らかく、瑞々しそうだ。二葉はこの棺桶の中で永遠に身動きをしないのだろう。それは死体なのだから。かと言ってこの棺桶にある限り、この美しい二葉の姿が損なわれるなどありえない。腐り落ちることも朽ち果てることもなく、その姿のまま永遠にあり続けるのだ。そんなことを考えさせられる絵だった。
流石に愕然とした。初めて見る絵だった。凄まじく出来の良い絵だった。二葉が描かれているということは、それがぼくらの中の誰かが描いたので間違いない。交代人格達を除いて、誰も彼女の姿を知らないからだ。だとしてもその絵はとてつもない傑作で、これほどのものを描きながらそれを仲間に見せないというのは、あまりにも考えづらいことだった。
もしかしたら、ぼくらの中の殺人犯は、この絵を仲間に自慢する為に人を殺しているのかもしれない。ただ見せるだけでは妙味に欠けると考え、劇的な演出として人を殺し、謎掛けを残し、それを解かせてから絵を見せるということを思い付いたのかもしれない。それをくだらないと断じられない程度には、ぼくは目の前の絵に魅せられていた。
スマートホンの小さな画面に嫌気の射したぼくは、部屋に戻ってパソコンを起動した。インターネットにアクセスしてURLを打ち込むと、五つの棺をそれぞれクリックして一つ一つパスワードを打ち込んでいった。
蛮族の棺の鍵『san』。
道化の棺の鍵『mizuko』。
愚者の棺の鍵『dream』。
咎人の棺の鍵『bullet』。
すべて遺体の一部と共に残されていた謎解きの答えだった。道化の棺の鍵だけは回答を迷った。『水子』に相当する英語がなかった為なのだが、試しに『mizuko』と打ち込んだら無事通過することが出来た。もしかしたら他の回答も『hon』とか『taiyou』とか打ち込んでも通ったのかもしれない。
乱波の棺の中には三浦の死体の絵があった。棺は近所の土手に置かれていた。長く荒々しい髪を乱して眠る三浦は役目を終えた戦士のように気高かった。
道化の棺の中には四季の死体があった。棺は中学校の教室に置かれていた。壁の端に寄せられた机に取り囲まれたような棺の中で、四季は信じられない程孤独に眠っていた。
愚者の棺の中にはぼくの死体の絵があった。棺は近所の繁華街の交差点に置かれていた。無人となった繁華街に放り出された棺で眠るぼくは、羨ましい程安らかだった。
咎人の棺の中には六花の絵があった。棺は近所の林の中に置かれていた。伸びる草木に覆われた棺で眠る小さな六花は、誰よりも可憐で人形のようだった。
五つの絵を見てぼくはある仕掛けに感づいた。街の地図を表示させて、それぞれの絵の舞台となっている箇所にアイコンを立てる。それらを繋ぎ合わせると、それは綺麗な五芒星を描いているのが分かった。さらにその五芒星の中で眠るぼく達の姿は、ぼくらの住まう『城』の部屋割と酷似している。
ならば五芒星の中央にはコックピット・ルームに相当するものがあるかもしれない。ぼくは家を出て五芒星の中央を目指した。
そこは近所の川原だった。注意深く足元を凝視して歩き回ると、ひしめき合う石や岩の色が他と違っている箇所があるのに気が付いた。そこだけ岩のいくつかが引っ繰り返されたように、それまで土に接していた面が表を向いているのだ。何かが掘り返された痕跡であるように見えた。
ぼくはその地点まで向かい岩をどけて行った。肉体労働だったが三浦を呼ぶことはしなかった。ぼくはぼくの発見をぼく自身の手で確かめたかった。
そこには一つの棺桶があった。
黒い棺だった。それは現実世界に現れた六つ目の棺でありぼくは戦慄した。息を飲み込んで棺の蓋を開ける。意外なほど容易く開いたその中にあるものを一刻も早く確かめたかった。
入っていたのは六枚の絵だった。
内の五枚はぼくの知っている、知ったばかりの絵だった。棺に眠る交代人格達の描かれた絵。ネットで見た絵の原典だろう。
もう一つの絵は、城の中のコックピット・ルームの絵だった。それはおぞましい絵だった。コックピットの椅子の上には、朽ち果てて骨や腐った内臓を晒し、ハエのたかった少女が据わっている。腐り落ちた肉の隙間には、ボロボロになった歯茎の上に白い歯が覗いている。服には乾いて茶色くなった血がこびりついていて、痛みきった髪が抜け落ちて体の各所に絡んでいる姿はあまりにも無様だった。
劣化し切ったその遺体が誰の物なのか。ぼくは確信を持って判断出来た。
それは虹川一子の死体だった。
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