鋼鉄の魔法少女~魔法少女は腕が飛ぶ

銀色オウムガイ

プロローグ 魔法少女は腕が飛ぶ

0-1

 西暦2000年。20世紀最後の年に、人類は異星人との接触を正式に果たした。

 勿論、友好的な接触と、侵略という意味での接触。その両方である。

 これを発端とし、異星人の科学力をベースに世界征服を企む組織の大量発生。

 さらには各地で眠っていた怪獣の頻出。

 結果、世界は混沌と化し、新歴という新たな暦と『暗黒の10年』と呼ばれる時代が始まった。

 そして『暗黒の10年』を終わらせたのは、突如として現れたヒーローたちだった。

 ある者は戦闘用スーツを纏ってチームを組んで。ある者は自らを機械の身体に改造し、孤高に。

 ある者は異星人と一体化して巨人となって。ある者は平和を守る戦闘用アンドロイドとして生まれ。ある者は古来より続く呪術や魔術を使って。

 ある者は突然発生した異能を使い。ある者は古来より存在している異形のもの。

 そして、ある者は――異世界からやってきた妖精と契約し、魔法の力で戦った。

 それらをひっくるめて、ヒーローと呼び、その中でも異世界の妖精と契約した少女たちのことを、魔法少女と呼んだ。

 ――時は、新暦24年。

 新たな妖精が、この街にやってきた。


「魔法少女の卒業ラッシュ。早く新しい適合者を探さなきゃまずいっピ……!」


 ヒーローと呼ばれる存在のうち、魔法少女が魔法少女でいられる時間は短い。

 最年少では13歳。そこから3年で多くの魔法少女は引退し、さらに2年経てばほとんどいなくなる。

 その理由は、進学や就職という非常に現実的なものと……魔法少女に変身したときの恰好に対する羞恥心である。

 個人の好みもあるだろうが、流石に20や30になってまでビビットカラーでフリフリとした恰好は恥ずかしい、という意見が大多数だ、というのも当然だ。


「最初はみんなあの恰好で喜んでくれるし周囲の反応もいいのに、どうして数年後にはみんな微妙な顔をするんだピ。人間の少女の趣向はわかんないっピ」


 その妖精は、街中を飛び回りながら魔法少女の適性のある少女を探す。

 だが、そもそも魔法少女適性のある人間は、中学生から高校生までの人間。ならば、そう言う場所に向かい、人が少なくなったところを見計らって接触・勧誘するのがセオリーであろう。

 だが……この妖精はその知識はあっても、実際にそれらがどのような施設なのかまでは知らず、結局はこうして闇雲に飛び回ることになっている。


「ぴぎっ!?」


 が、妖精にはある欠点が――否。意図した欠陥があった。

 それは、魔法少女と契約していない妖精は、適性のない普通の人間には見えない、という事である。

 逆に言えば、この状態の妖精が見える人間こそ、魔法少女の適性のある少女、という事になる。

 結果。人込みを飛べば問答無用でぶつかる。それも何度も。


「ぴっ、ぱうぅ、ぺぎっ」


 何度もなんどもぶつけられて、ボコボコにされながら、ようやく解放された時……妖精の目の前には怪物が居た。

 まるで蜘蛛の脚のようなものが背中から生え、8つの目がぎょろぎょろと周囲を見渡しているそれの両手首から糸が射出され、周囲の人間を捕らえ始め、辺りに悲鳴が木霊する。


「な、ななな!? 何が起こってるっピ!?」


 人型のそれは、捕らえた人間を引き寄せると、それを背中から生えた脚でしっかりと掴むと、また別の人間を糸で捕らえて引き寄せる。

 と、先に捉えていた人間と見比べ、最初に捕まえた人間と新たに捕まえた人間を入れ替え、先に捕まえていた人間を開放する――訳もなく、その頭を掴んで持ち上げると、その首筋に噛みついた。


「あっ、がぁあ、あああああああ……」


 時に。蜘蛛の捕食方法を知っているだろうか。

 蜘蛛は獲物に消化液を流し込んで液状にした中身を飲む、体外消化という方法を使用する。

 つまり、この噛みつかれた人間は生きながら体内を溶かされ、のである。

 やがて、中身を失った人の皮だけが残ったそれを投げ捨て次の人間を襲う。


「こ、これはまずいっピ……!」

「これ以上はさせるか!」


 そこに現れたのは仮面の戦士。


「仮面ファイタークルーガー、参上! バウダレア第17号。覚悟しろ!」


 そう名乗って、ポーズを決める。

 が、怪人のほうはお構いなしで口から針を飛ばして攻撃してくる。それを横に回転して避け、そのまま走り出して勢いをつけて飛び蹴りを放つ。

 跳び蹴りは見事に蜘蛛の怪人に命中し、一気に吹っ飛ばし、その衝撃で捕らえていた人間を手放し、仮面ファイタークルーガーが2人を受け止めて糸を引き千切って開放。


「さあ、早く逃げるんだ!」

「ありがとう、クルーガー!」


 助けられた人間は仮面ファイタークルーガーに礼を言って走って逃げだす。

 残ったのは、ヒーローと怪人のみ。

 ――が、実際にはそうではなかった。

 もう1人――いや、もう1匹と言っていいだろう。それがその場にいたのだ。

 そう、さっきから衝突事故を起こしすぎてボコボコになって地面に倒れ伏した妖精が。

 魔法少女と契約していない状態の妖精は、適性のない人間には見えない。だからといってそこからいなくなるわけではなく、ちゃんと物理的な接触はできるのである。


「さあ、仕切り直しだ! いく――」

「ふぎゅあ!?」

「――ぞぉおおおおおおおお!?」


 妖精は、ヒーローに踏まれた。

 ヒーローは妖精を踏み、勢い余って転倒した。

 怪人はそれを見逃さず、ヒーローに対して両手の糸を放ってその身体を拘束する。


「しっ……ぐあああああああああ!!」


 糸は仮面ファイタークルーガーの身体を締め付け、その身体が軋み、アーマーが砕け始める。


「この、はな……かはっ!」


 戦闘用のスーツであろうと、限界を超えたダメージを受ければ壊れる。

 まさに今、その瞬間が訪れようとしていた。


「あ、あわわわわ! 僕のせいでとんでもないことになったピ!」


 実際。その妖精がその場に転がっていなければ、こんな状況にはならなかっただろう。

 最初はわずかなひび割れであったのに、はっきりと音が聞こえるほど軋みだし、ついにはそれが砕けた。

 と、なればそこに残るのは生身の人間だ。

 戦闘用アーマーすら砕くような力で締め付けられれば、生身の人間など即死しかねない。


「ピッチャー振りかぶって――」


 その声は、突然現れた。

 同時に、妖精の身体はその声の主に持ち上げられ、両のてのひらに包まれる。


「ピ? 何が……」

「――投げましたー」

「ピィィィ!?」


 包まれた、というのは勘違いであったようだ

 それはもう綺麗な投球フォーム投げられた妖精は時速190キロオーバーの速度で投げつけられ、それは蜘蛛の怪人の頭部に命中。

 小さくてもとんでもない速度で投げられたそれは怪人を怯ませるには十分であり、首を大きく仰け反らせ、両手首から出ていた糸が千切れた。


「えっ、なんで僕今投げられたっピ?」

「邪魔」

「ぴぐぅっ!?」


 状況を理解する前に今度は蹴り飛ばされ、妖精はそのまま転がる。


「あ、あまりに理不尽だっピ……」


 自分を蹴った人物を確認しようと視線を向けると、そこには肩甲骨あたりまで黒い髪を伸ばした少女がいた。

 外見だけで年齢を判断するならば15歳以上20歳未満、といったところだろうか。

 おまけに、未契約状態で普通の人間には見えないはずの妖精である自分を掴んで投げつけるなんてことができるのは――魔法少女の適性を持つ人間だけである。


「み、見つけたっピ! 緊急事態故致し方なく強制契約発動! 魔法少女に変身だっピ!」


 強制契約とは。未契約状態の妖精が持つ特殊な契約である。

 文字通り、適合者に対して妖精側から一方的かつ強制的に契約し、かつ変身させるというもの。

 契約解除は後からでもできるため、今回のように怪人に襲われている場合はそうやって無理やり変身させることで身を守ると同時に、戦う力を与える緊急手段である。


「これであのコも……」


 が、この妖精にとって想定外の事が起きる。

 変身しながら駆けていく少女はその右拳を蜘蛛怪人の顔面に叩き込むと続けて左の拳も叩きつけ、両手で頭を掴むと強引に下方向へと引っ張り顔面に膝を叩き込んだ。


「ピ!?」


 流れるような動作で行われる徒手空拳。しかもわりと残虐ファイト風。

 膝蹴りを顔面に食らって怯んだ怪人を一度開放するとその場で跳びあがり、両の足でその胸を蹴り飛ばした。


「うん?」


 その時、その少女も自分の姿が変わっている事に気付き、着地と同時に自分の恰好を確かめる。


「なっ、なんじゃっこりゃあああああああ!?」


 ピンクを基調としたフリル多めスカート短めの魔法少女としての姿に、少女はどこかの刑事ドラマでの名シーンかのような叫びをあげる。


「え、えっと。僕と契約して魔法少女になってほしいっピ!」

「お前の仕業かあああああッ!!」

「ピギュゥゥゥウ!?」


 少女はこんな事になった原因である妖精を捕まえ、その身体を雑巾のように絞る。


「ちょ、そんなことより怪人が逃げてるっピ!」

「あれは私の獲物じゃないッ!」

「ええっ!?」


 逃げていく怪人をよそに、少女と妖精は揉め続ける。

 そりゃあ自分の意思と関係なく強制的に魔法少女にされたのだから、当然の反応である。


「とにかく、変身解除しろ」

「わ、わかったっピ……」


 妖精の力を借りて変身解除した後、少女は妖精を乱暴に投げ捨てる。


「私は魔法少女になんてなるつもりはないよ」

「あっ……! 待って欲しいっピ!」


 同意のない契約であるとはいえ、一応は契約者である少女を見失う訳にもいかず、妖精は去っていく少女を追いかける。

 そうなると当然であるが、少々困った事になる人物がいる。


「だ、誰か、救急車を……」


 唯一その場に居合わせていた人間に忘れられたヒーローは、周りに人が戻ってくるまで放置され続ける事になった。

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