5日目 第10話 雨上がりのメイクアップ
試着を終え、花音が少し照れながらも鏡の前で自分を見つめていたその時、綾香も急いで次の服を選んでいた。花音の姿が可愛らしくて、どこか嬉しそうな表情を浮かべながら、綾香はもう一つ新しいアイテムに手を伸ばしていた。時間が経つにつれて、二人はお互いの気持ちを少しずつ感じ取っていた。
「うーん、これも可愛いけど、もうちょっと違う感じも試してみようかな。」
綾香が小声でつぶやきながら、さらに可愛らしいデザインのトップスを手に取る。その目には期待と、ちょっとした冒険心がうかがえる。花音もそれを見て、少し微笑みながら、「先輩、すごい楽しいですね」と言った。
「だって、こんなに花音のこと考えながら選ぶの、初めてだからね。たまには私が主導権を握るのも悪くないでしょ?」
綾香のその言葉に、花音は少しだけ照れて顔を赤くした。「そ、そうですね…」
そのまま綾香も服を試着して、店内で一通り見比べながら、最終的に自分が選んだ服に決めることになった。綾香が選んだ服は、シンプルなシャツとスカートセットだったが、そのシンプルさの中に、少しだけ大人っぽさがあり、花音にぴったりだと感じさせるものだった。
綾香は試着室の前で、「これでいいかな?どう思う?」と花音に尋ねる。その声にはどこか安心した気持ちが滲んでいた。花音は、その服がすごく似合っていて、綾香のスタイルも格好良くて素敵だと思ったが、少しだけその照れ隠しをして、「すごくいいと思います。綾香先輩、何でも似合いますよ」と素直に答えた。
そして、次に二人の目に入ったのは、鏡の前で少し乱れてしまったメイクだった。外で降り始めた雨に濡れたせいか、メイクが少し崩れているのがわかる。
「うーん、これじゃあなんだかちょっと気になるね。」
綾香が軽く額に手を当て、鏡を見つめていた。確かに、ファンデーションが少し溶けてしまっていたし、アイラインも少し滲んでいた。その時、店員が少し立ち止まり、二人にやさしく声をかけてきた。
「お二人とも、もしよろしければ、こちらの化粧品売り場でお直ししていきませんか? 少しお時間いただければ、メイクを整えますよ。」
店員の声が、花音と綾香の耳に届いたとき、二人はお互いに顔を見合わせた。雨で髪が濡れ、メイクが崩れているのは明らかだ。綾香はその提案にすぐに頷いた。
「そうですね、雨でちょっと崩れちゃいましたし、ちょうどよかったかも。すみません、お手数おかけします。」
「大丈夫ですよ。どうぞ、こちらへ。」
店員は笑顔を浮かべ、二人を化粧品売り場へ案内した。そのフレンドリーで優しげな態度に、二人は自然と安心感を抱いた。化粧品売り場に足を踏み入れると、まず目に入るのは柔らかな照明と、所狭しと並んだメイクアップアイテムたちだった。
「こちらでお直しできますので、少しお待ちくださいね。」
店員は二人を高級感あふれるメイクスペースに案内した。ここは、店の中でも特に静かなエリアで、落ち着いた雰囲気が漂っている。心地よい音楽が流れ、化粧台の鏡に映る自分を見て、花音は少しだけ顔を背けた。普段の生活なら、こんなにじっくりと化粧を施してもらうことは絶対にない。それでも、今回は綾香と一緒に、少し特別な体験をしているのだと、花音は少しだけ不思議な気分を抱えていた。
店員が道具を整え始める。花音はその動きを見守りながら、心の中で「男子だって、バレてしまったんだろうな」と考えていた。しかし、店員が気づかぬふりをして、丁寧にメイクの準備を整えているのを見て、花音はだんだんと落ち着いていった。さすがにプロだ。自分の違和感を少しでも和らげようとしてくれているのが感じ取れる。
「では、まずはお肌の調整をさせていただきますね。」
店員は、花音の顔を見てから、柔らかな手つきで化粧水を手に取り、顔全体に優しく塗布していった。肌にしっとりと馴染む感触に、花音は不思議と心地よさを感じた。まるで、こうして女性としての自分を丁寧に整えられているような感覚だ。
「少しお待ちくださいね、次はファンデーションを。」
その後、顔のトーンを整えるファンデーションが塗られ、顔のキメが細かくなる感覚に、花音は思わず目を閉じた。普段、自分ではあまり気にしていないことだが、こうして他の人にしてもらうと、肌が滑らかになった感じがして、思わずリラックスした気分になる。
その間、綾香は別の席で同じようにメイクを整えられていた。雨で崩れたメイクを直す綾香も、花音と同じように、すっかりリラックスした様子で店員の手に身を委ねていた。綾香の顔にファンデーションが塗られ、目元が少しずつ引き立てられていく様子を見ると、花音はなんだか不思議な感覚を覚えた。綾香がメイクをしているところを、こうして見ているのは初めてだったからだ。
次に、花音の目元を整えるために、店員はアイシャドウを選んでブラシで軽くのせていく。あまり派手すぎない、でも華やかな印象を与える色合いだ。花音は、まぶたの上を滑るブラシの感覚に身を任せた。目元が少しずつ明るくなっていくのを感じて、まるで新しい自分が現れてくるような気がした。
「目元、もう少し明るくしてみましょうか?」
店員が問いかけると、花音は少し考えてから答えた。
「はい、お願いします。」
プロの手にかかると、花音の目元はどんどん引き立っていった。アイシャドウがまつ毛の根元まで丁寧に入れられ、下まぶたにも柔らかなハイライトが施される。そのおかげで、花音の瞳がひときわ大きく、そして優しい印象を持つようになった。
その後、アイラインが引かれ、まつ毛に軽くマスカラが塗られる。全体的にナチュラルでありながらも、しっかりと目元の印象が強調されていく。花音はその度に鏡を見ながら、「こんなに自分が変わるんだ」と驚きとともに実感を抱いていた。
「次は、チークを軽く入れますね。」
頬にほんのりと色づけられると、花音は思わず微笑んだ。こうして他人にメイクしてもらうことが、こんなにも心地よいとは思わなかった。自分を女性として扱ってもらっているという安心感が、次第に花音をリラックスさせてくれた。
その後、最後にリップが塗られ、ほんのりとしたピンク色の艶やかな唇が完成した。花音は鏡を見つめ、少し驚いたようにその姿を確認した。これが、今自分が作り上げられた「女の子」の顔なのかと、少しだけ自分に対して新たな感情を抱いていた。
「完成です!」
店員は満足そうに微笑んで言った。
「本当にきれいに仕上がりましたね。」
花音は、今までにないくらい、顔がすっきりと見違えていたことに驚き、同時に少しだけ誇らしさを感じた。
その後、綾香のメイクも無事に整えられ、二人は鏡の前に並んだ。二人とも、まるで別人のように整えられ、気持ちも新たになったようだ。
「うわ、花音、すごく変わった!」
「綾香先輩も、めっちゃ素敵です。」
お互いの仕上がりを見て、二人は微笑み合った。雨でびしょ濡れだったあの瞬間から、まるで新しい自分になったような気がする。そして何より、この気配りとプロフェッショナルな対応に、二人とも心から感謝していた。
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