1日目 第3話 緊張と優しさの交差点

共有スペースに移動すると、すでに他の体験生たちがみんなブラウスにリボン姿で集まっていた。柔らかな日差しが窓から差し込み、リラックスした雰囲気の中で、みんなが少しずつ緊張を解いている様子だった。しかし、拓海はその場に足を踏み入れた瞬間、周りの視線を一身に浴びることになった。


自分だけがセーラー服を着ていることに気づき、顔が一瞬熱くなった。周囲の体験生たちは見慣れたブラウス姿で過ごしている中、拓海だけが異色の存在だった。少し戸惑いながらも、目の前に立つ綾香の方を見ると、彼女はにっこりと微笑んでいる。


その時、拓海が緊張で少し肩をすくめた瞬間、綾香は無意識に拓海の手をそっと握っていた。小さな手のひらが触れ合うと、拓海は驚いたように目を見開いた。綾香もその瞬間、自分の手が拓海の手に触れていることに気づき、顔が急に熱くなった。


「えっ、あ、すみません…!」綾香は慌てて手を引っ込めようとしたが、拓海の目線が自分に向けられているのを見て、さらに恥ずかしくなった。


「ごめん、ちょっと…」と、綾香は顔を赤くしながら言葉を続けた。「あなたが緊張してるのが伝わってきて、つい…」


拓海はその言葉を聞いて、少しだけ気持ちが楽になった。彼女の優しさが伝わってきて、思わずほっと息をつく。


「いえ、ありがとうございます。」拓海は照れくさそうに微笑んだが、その心の中では、綾香の手が温かかったことを感じていた。


その後、綾香は自分の行動に驚きながらも、少し恥ずかしそうに首をかしげた。「本当に、何してるんだろう、私…。」


拓海はその様子を見て、ますます安心した気持ちになった。綾香が少し慌てる様子もまた、彼女が自分を気遣ってくれている証拠だと感じたからだ。


「大丈夫ですよ、綾香先輩。」拓海は照れ隠しに言った。「その…ありがとうございます。」


緊張感が和らいだ空気の中で、拓海は少しずつ自分の心が落ち着いていくのを感じていた。


その時、寮母さんがみんなに向かって話し始めた。「それでは、自己紹介を始めますね。まずは3年生から、次に体験生。お願いします。」


他の体験生たちが自己紹介をしていくのが見えた。名前が呼ばれることで、少しずつ緊張がほぐれていくのを感じる。自分もその一員としてここにいるのだと、少し実感が湧いてきた。


次に、綾香が自己紹介を始める番だ。彼女が立ち上がると、みんなの視線が集まり、拓海はその姿を見守る。綾香の微笑みに、少し安心感を覚えながらも、自分の番が来ることに不安を感じていた。


「私は藤原綾香です。体操部に所属していて、趣味は読書と、最近はケーキ作りにも挑戦しています。」綾香先輩は軽く微笑みながら、自己紹介を終えると、拓海の番が来た。


「そして、今日から体験を始める私のパートナー、佐藤花音ちゃんです。」綾香先輩がそう言うと、周りの体験生たちは少し驚いたように顔を見合わせた。拓海は緊張しながらも、少し顔を赤くしてうつむき加減でその場に立った。


「花音ちゃんという名前は、響きが優しくて柔らかい印象があるから選びました。それに、音楽が好きだと聞いて、音楽用語の『カノン』にもかけているんです。みんなと調和して過ごしてほしいという気持ちも込めて。」綾香先輩は、拓海が驚いた表情を見せると、にっこりと微笑んで名前の由来を説明した。


拓海はその理由を聞いて、少しほっとした気持ちになった。自分の名前が、こんなに温かい意味を込められていることに、少し心が温かくなったのだった。


「花音ちゃん、よろしくね!」綾香先輩が明るく言うと、拓海は少し照れくさそうに微笑んだ。「よろしくお願いします。」


拓海は少し緊張しながらも、周りの視線を感じつつ立ち上がり、みんなに向かってゆっくりと自己紹介を始めた。


「えっと、佐藤花音です。合唱部に所属していました。趣味は音楽を聴くことと、映画を見ることです。」花音は少しぎこちなく話しながらも、みんなの温かい視線を感じて、少しずつリラックスしてきた。


「体験の意気込みは、最初は不安もあったけれど、みんなと一緒に頑張りたいです。よろしくお願いします!」花音は自信を持って言い切ると、周りから拍手が起こった。


その後、他の体験生たちも自己紹介を始め、緊張が少しずつほぐれていった。花音も他の体験生たちと少しずつ話し、心が軽くなったようだった。周囲の反応も、最初は花音がセーラー服を着ていることに驚いていたが、次第にその姿を受け入れて、温かい笑顔を向けてくれるようになった。


「花音ちゃん、大丈夫?」と、綾香先輩が優しく声をかけると、花音は少し照れくさそうに頷いた。「うん、なんとか…。」


その顔を見て、綾香は安心したように微笑んだ。花音は、これから一緒に過ごす時間が少しずつ楽しくなりそうだと感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る