第30話 殺人的な衝撃

(ちょっとアコウ。貴方は知っていましたの?)

(担当は誰かというのは十環姉から聞いていた)

(そうではなくて、鬼頭真白様が着物以外を着るってことよ)

(ああ、それは十環姉が嬉々として洋服を選んでいたから知っていたけど、着ているのは初めて見た)

(殺人的な衝撃でしたわ)

(それには同意する)


 前の席でさっきまで喧嘩していた二人が、コソコソと仲良く話をしている。あれかな? まだ捕縛の術を解除していないから、大人しくしているのかな?


「私、行く場所の情報をもらっていないのだけど? どこに行くの?」


 取り敢えず、どこに向かっているかの情報は欲しい。


「それは私が説明いたします」


 助手席から顔を後ろに向けて会釈してきた黒スーツの女性。寿ことぶき。若月の担当の陰陽庁の職員だ。


 助手席ということは運転手は誰だということになるのだが、鬼頭が二人を運ぶように言ったものの、流石に意識を失った十五歳の少女を抱き上げるのと、心ここにあらずの少年の対応を一人では無理だったのだろう。あこうの担当職員を呼びに行き、担当の大津おおつが運転手をしているのだ。


「依頼は新築で建てた家に誰かがいる気配がするというものです。場所はここから四時間ほど車で移動したところになります。事前には調査をしておりますので、お二人でも対処可能と判断しております」


 まぁ、初仕事みたいなものだから、そんな危険なことはないものを充てがわれているよね。


「ですから、鬼頭真白様と鬼頭様の手を煩わせることは無いと思っております。はい。⋯⋯お二人で力を合わせて絶対に解決してくださいね。仲良くですよ」

「「仲良くって無理!」」


 揃って同じことを言うほどの仲らしい。


 この手のものは地縛霊が多いのだけど、大丈夫なのかな?地縛霊って厄介だから、よっぽどのことがない限り放置のはずなのだけど⋯⋯まぁ、依頼されたから解決する方向にしたってことかな?


「わかったよ。取り敢えず、着いたら教えて」


 基本的に車内のカーテンは引かれているので景色は見えない。だから、やることが無いなら寝るというのが私の移動中の過ごし方だ。


 鬼頭にもたれかかり、目を瞑る。


「あの⋯⋯真白様。できれば、術を解いて欲しいのですが⋯⋯」


 あこうの言葉に、そうだったと目をぱちりと開ける。手を縛っていたら水分補給もできないからね。


「そのままでいろ。あと騒ぎ出したらその首をもぐ」

「鬼頭⋯⋯それ言い過ぎ」

「承知いたしました! 着くまでこのままで過ごします」

「私もこのままで大丈夫ですわ」


 え? いや⋯⋯そのままって流石に、きついよね。


 私が体勢を変えようとすれば、鬼頭に押さえられて動けなかった。


「夜遅くまで呪具を作っていたのだから寝ていろ」


 確かに日付が変わるまで呪具を作っていて、鬼頭にいい加減に寝ろと言われて、私の部屋に連行されたのだった。


 しかし、この前の依頼のときに、野狐を捕縛するため多くの呪具を消費したから、補充はしておかないといけなかった。私は呪具が無いと、戦えないからね。


 車の心地良い振動に眠気が増していき、流石にまぶたが落ちてきて、そのまま眠りの海に沈んでいったのだった。







とあるSAサービスエリア


「はぁ、やっと解呪できましたわ」


 まゆみ若月わかつきは大きく伸びをして青い空に両手を突き出した。その腕には怪しい跡が残っている。


「大津。ありがとう。助かった。流石大津家だな」


 鬼頭あこうは両手をぐるぐると回しながら、両手が自由になったことを喜んでいる。


「いいえ。とんでもございません。私は術の解呪しかできませんから」


 黒スーツの男性は、半分ほどの歳の少年に対して敬語を使って、ニコニコと笑みを浮かべている。


「でもさぁ、真白様の術を解呪できるって凄いよ」

「いいえ。完璧に解呪はできておりません」

「「え?」」


 大津は二人の腕に残った怪しい痣を指しながらいった。


「どうしても霊脈の断絶を解除することができませんでしたので、お二人とも術などは使えないはずです」

「マジか」

「術が使えないって最悪ですわ」


 術が使えないとは陰陽師としては致命的だ。


「しかし、今日の鬼頭様は殺気立っていて、近づくなオーラが酷かったな」

「私、思わず意識が飛んでしまいましたもの。あれ、絶対に真白様の格好の所為ですわよね」

「十環姉の趣味だから、ああなるのはわかるけどなぁ。十環姉って鬼頭様への恐怖心がぶっ飛んでいて無いから、あんなことを平気でできるんだよなぁ」

「お二人とも何か飲まれますか?」


 案外仲良さそうに話をしているあこうと若月に大津が声をかける。その大津の前には自販機があった。


「よくわかんないからお茶で」

「私もお茶がいいですわ」


 道を車で移動していると、何故こんなところに自販機がというぐらい山の奥でも自販機がある国だが、里の中に自販機は一箇所しか無いので、あこうと若月は無難にお茶と答える。

 自販機を知らないわけではないが、陰陽庁の本館の中にしかない自販機を使う経験はなく、どうでもいいという感じだ。


 いや、今は視界に映り込む黒いワンボックスカーの中にどうやって戻ろうかということで頭がいっぱいなのだ。


「恐怖心がぶっ飛ぶってどうすればできますの?」


 若月としては、自分の恐怖心を押さえられれば解決するのではと思い、あこうに詰め寄る。


「さぁ、詳しくは教えてもらえなかったけど、どうも真白様が関係しているらしい。はぁ、真白様が起きてくれないかなぁ。起きていれば鬼頭様の意識が真白様に向くと思うのだけど」

「それは無いと思いますよ」


 ペットボトルのお茶を差し出しながら、大津は榕の言葉を否定する。


「我々職員仲間でも、真白様は目的地に着くまで、ほぼ起きないと有名ですからね」

「絶望的だ」

「目的地を変更できませんの?」


 鬼頭真白が寝ている間のできごとは、もちろん彼女は知ることはない。ただでさえ機嫌が悪い鬼頭の殺気に助けを求める場所がないことに、榕と若月は項垂れた。


「無理ですね。ああ、寿さんも全部出し終わったみたいですね」

「大津。それは本人にいうなよ」

「おや? 私は忠告しましたよ。真白様と鬼頭様の運転手をする者は、胃の中を空にしてから同行するのが常識だと」

「そんな常識いりませんわ」


 くじが真白を拒否した理由。それは真白がいることで、二次的被害が出るからに他ならなかった。



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