第18話 夏の日差しの中に響く断末魔
「え? そんな古臭いこと別に言わなくてよくないっすか?」
陰陽庁の指導科の柳森が数十分後にやってきた。
因みに
その中で桔梗は相変わらず雑誌を読んでいるし、私は鬼頭の隣で鬼頭の行動を制限していた。
「だって、所詮斎木家って古いだけの家じゃないっすか。榛先生には悪いっすけど」
あ……また雪がちらついてきた。
先生は厚手のコートを着込んでいるからいいけど、夏だからと薄着をしている人にはたまったものじゃない。その
まぁ、榛家は斎木家の分家だから、斎木家を悪く言われるのは癪に障るのだろう。
「鬼頭家も脳筋で人の言う事聞かずに、暴れまわるだけじゃないっすか。別に偉いっていうわけじゃないのに、いちいち気を使わなくてもいいじゃないっすか」
脳筋かぁ。他の人から見ればそう見えてしまうのかなぁ?
「真白ちゃん。柳森も斎木家の分家じゃなかった?」
「そうだね。多分、閉鎖的な里の在り方に嫌気がさしているんじゃない?」
十環は雪が解けないので、未だに私の結界の中にいる。薄手のワンピースにこの雪景色は寒すぎるだろうね。
「えー? 生まれてからここに居れば、それが当たり前だと思うのだけどなぁ。ジジババがうるさいのって」
それもあるのだろうけど、この里で求められるのは、どれほどの力を持っているかだ。
だから無能力者に向けられる目は冷たい。
それを知っている私からすれば、柳森の反抗的な言葉も理解できる。ここから解放されたいのだろう。
外の世界は自由であり、蔑んだ目を向けられることはないと。
だから、外の考えを持つ石蕗さんに、この里のことを教えなかった。昔ながらの凝り固まった考え方をだ。
でも、それが彼女の為になるかと言えば、そうではないだろう。だって彼女は陰陽庁で、保護すると決めたのだろうから。
「気に入らなければ、ここから出ていけばいい」
鬼頭はそう言うだろうけど、陰陽庁として里の内情を知っている者を、おいそれとは外に出すことはない。
里自体には龍脈の恩恵を受けていること以外、大したことはないけれど、各家々が保持している呪具には千年以上の歴史があるものもあり、凶悪だったりする。
そんなモノを里の外に出すわけにはいかないし、知られるわけにもいかない。
「この件は先生に任せるしかないよ。それより鬼頭、次これを燃やして」
私は木の枝を鬼頭に渡す。十環に出してもらった椿の枝だ。
私と十環は鬼頭の行動を起こさせないために、玄孫二人で挟んで、やることを与えていた。いや、呪具の作成に使う墨の元を作っていた。
「柳森。お前の言い分はわかった。これを持って本部に行け。別の職に就いてもらう」
「え? 次は何の仕事っすか? 難しいことはできないっすよ」
だけど、甲高い鈴のような、仏壇の前にあるお輪のような甲高い音が空気を揺らしながら響いてきた。
その音に校庭で術で雪を投げあっていた者たちも、雪だるまを操ってそれに参戦していた者も、式神と校庭を駆けていた者も、雑誌を読んでいた桔梗も時間が止まったかのように、その音に視線を向けた。
「へぇー。変わった鈴っすね? これなんっすか? 振っても音がならない鈴に意味あるんっすか?」
柳森には音が聞こえていない。だけど、ここにいる誰もがその音に注目している。
「それうる……っ」
鈴がうるさいと言おうとした石蕗さんが途中で言いどもった。いや、先生の式神に口元を押さえられて、話せないようにされている。
「本部に行け」
「はいはい。わかりましたよ」
柳森はそう言って、校門があるこちらのほうに向かってくる。そして、その背後から黒い毛並みの『十六夜さん』がついてきていた。
そのことに柳森は気付かないし、誰も指摘しない。
「いやぁ〜、もうこの学校にこなくていいって清々するっすよ」
私達の方を見ながら言い去っていく柳森。二度とここには来ることはないから、安心するといいよ。
無能力者でも、呪具師や鍛冶師など陰陽師たちを支えることができたのに、彼は割り切れることができなかったのだろう。
陰陽師になれなかった己に価値を見いだせなかった。その結末がもうすぐ訪れる。
「ああ。あれだけ振れば、集まってくるよね」
空を見上げる十環。その言葉に私は答えない。降り積もった白い雪に映る影で、上空を飛ぶモノの多さがわかるというもの。
野良の異形。それが鈴の音に惹かれて集まってきていた。
だけど、見ることも聞くこともできない柳森は、己が置かれた状況に気づくことはないだろう。
校内は、学生がいるため異形には行動制限の呪がかけられている。だが、校門から一歩外に出れば、その効力はない。
こういうことがまかり通る。これが里全体が陰陽庁であるからできること。そう、この地に法を守るように促す目も、法を裁く場所もないのだ。
雪が舞う青い空に断末魔が響き渡る。
里に順応できなかった者の末路だった。
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