第2話

どうやら俺は、刺されて死ぬ間際のようだ。


 人は死に瀕すると走馬灯を見るというのは有名な話で、

だとするならば、これがまさに走馬灯という奴なのだろうが、


 ここまで明瞭なものとは予想外だ。

もっと脳内に駆け巡るアドレナリンの如く湧いては消える

フィルム映像のようなものをイメージしていた。


「はい! 木綿豆腐二丁と、サービスで豆腐つくねもつけといた」


「あ、ありがとう..」


 にしてもだ。目の前にいるこの女性は元カノの、東條シズクだよな..?

それもまだ付き合っていた頃なのか距離感が近い。


 高校生くらいに見えるけど、豆腐屋で、、バイトなんかしてたっけ?


 近所のお節介おばちゃんみたいな、

昔ながらのエプロン姿のシズクは、外は寒いのに額には汗が溜まっていた。


「ねぇ..。今日は帰らないの?」

「あ、えっと..」


 走馬灯の割には、意思疎通も成立する。

不思議だったのは、彼女が僕の行動に対しその発言をした事だった。


「帰らないなら、ウチ上がってく?」

「....。良いけど、じゃあ、東條さんがバイト終わるまで待つよ..」


 と、俺がそう言い終えたのに対し違和感を覚えたのか、

シズクは怪訝な目つきでこちらの顔を凝視してきた。


「リョウ君..。東條さんて、どうしてそんなに他人行儀なの..?

それにバイト終わりって、、私はここでバイトしてるんじゃなくて

働いてるのだって知ってるでしょ..??」


「そ、そうだっけ..」


 やっべ。すっかりド忘れしてたけど思い出した。

確か東條シズクは高校時、豆腐屋を営む実家で働いていたんだった..。

母親は屋台グルマを担いで近くの街に繰り出すから、その間の誰もいなくなった

お店は彼女が一人で切り盛りしていた。


「そ、そうだった..。ごめん今日疲れてるみたいでさーあはは..」

「ふーん..。なら良いけど、、じゃあ、勝手に上がってて良いよ。

私もしばらくしたら行くから」


「わ、分かった..」


 半強制的な見えない空気に促されるように、僕は店内へと足を進めた。


 かなりこじんまりとした個人商店で、ましてや豆腐屋さんなんて

経済状況が芳しくないこのご時世、大型商店に客を吸い取られほとんど

絶滅危惧種のようなものだが10年前はそうでもなかったのかーー?


 東條家が存続出来ているのは

老舗というブランドを背負っている面も大きいとは思うのだが、、

やはり陳列棚を物色する感じ売り上げはいまひとつ。


 彼女がさっきサービスでくれた豆腐つくねは特にそれが顕著だった。


 東條家の家紋と思しきロゴに商標登録までされといて、

これだけ仕入れた割に膨大な在庫を抱える赤字商品ほど悲しいものはない。


 それを考えると、posシステム? かなんかで機械が在庫と売れ筋を

管理してくれるコンビニはよく出来た商売モデルだ。


「ここは経理とかを任せてくれるaiとか、導入したりしないの?

ほら最近だとchatgptとか有名じゃん」


「chatgpt? なにそれ?」


 そっか..。この時代にはまだ生成aiなんてものはなかったんだ。

実際に生活していてあまり意識しないけど、時代は随分と変わったものだ。


 というかこの走馬灯..。いつまで続くんだ?



 荒屋(あばらや)と形容しても差し支えないほど汚いシズクの家は、

店の奥にある扉を開けて、階段を登り、廊下を突き当たりまで進んでいった先にある。


 段々と過去の記憶が明瞭になってきた。


 俺は高校時代、何度かここに訪れた事がある。

この軋んで床が抜けそうな渡り廊下も、かがまないと天井に激突する低さも、

全部が全部、当時のまま存在するのは流石俺の記憶力といったところか?


 さて目下の課題は、彼女が来るまでの待ち時間に何をするかだ。


 この走馬灯もいつ覚めるか分からない中、

俺は慎重に、シズクの部屋の扉を開けた。


 四畳半くらいのスペースの落ち着いた空間だ。

女性の部屋は甘い香りがするという通説はあるがそうでもない。

換気をしているのもあると思うが、冷え切った風が室内を突き抜けたため

思わず身震いしてしまった。


 俺はそんな中何を思ったのか、シズクの布団にダイブした。


 そういう事は一度もした事がないまま別れたからこの上で

営まれた事はない故、このベッドにダイブするという行為自体人生史上初だ。


 普段だったら絶対にこんな事はしないのに、

走馬灯だからもう全部どうでもいい

というマインドと過労による積年の疲れがここに来て限界に達したらしいー


 だからかは分からんが、

実家のような安心感に包まれた俺は数分も経つ事なく一瞬で眠りについた。


 グゥーー


 目が覚めたのは、すっかり部屋の中が真暗闇に包まれてからだ。


 シズクがここに来たのだろうか?

布団の上にそのまま覆い被さって寝た俺の身体の上には、

小さな毛布がもう一枚だけかけられていた。


「....」


 こうやって誰かに優しくされるのは久しぶりで、少し嬉しい。

それに思う存分眠ったおかげか、頭は冴え渡っていた。


「こんな走馬灯もあるんだな..」


 なんて独り言を呟いた時、

扉を開ける音と共に部屋の明かりが灯った。


「え..?」

「あ、もう起きたんだね!」


「おはよう..。えっと、、毛布..。ありがとう..」

「良いの良いの! 疲れているのは本当だったみたいだね。

疲労は回復した?」


「うん。お陰様で良い夢も見れたよ」

「えへへ..。じゃあとりあえず茶菓子持ってきたら食べよっか」


「あ、ご丁寧にどうも..」

「ううん。疲れている彼氏に、これくらいのもてなしはさせてよ。

いつも色々助けてもらっちゃってるから..。本当に、ありがとう..」


「お、おぅ..」


 俺がシズクを助ける? 何の事か分かんないけど、とりあえず適当に頷いとこ。


「ねぇ..。前にクイナが受けた秋の全国模試、結果帰って来たんだけど見る?」

「あぁ、みるみる」


 クイナ??


 クイナって、誰だ..? ワ○ピース一巻で階段から落っこちて死ぬ奴か?


「リョウ君に教わった箇所が出たみたい! ジャーン! 志望校判定はA!

偏差値も初めて70超えたんだよ!!」

「お、おぉ!! すげーじゃん!!」


 誰だか分かんないけど、凄いな..。


 ただ、シズクの文脈から読み取ると、俺はその偏差値70超えの

成績優良児に勉強を教えていたみたいな感じだけど..。果たして?

どう過去を振り返ってもちっとも思い出せない未知の記憶だ。


 なんだか頭の中に蓋が閉まっているような..。


「でも良かった..。これでクイナも私達と同じ高校に進学出来るね」

「あ、あーえっと、、」


 桜島学園


 鹿児島県の、

文字通り桜島の近くに位置する男女共学のミッション系スクールだ。


 県内トップの進学校であり、

そんな高校にたまたま運よく合格しただけの俺だが、

そこでシズクと出会い、

こうして今も走馬灯の中で彼女と会っている事も考えると

ご縁という不思議な力はやはり、

人間の将来性にこうも著しく干渉してくるものなのか。


「私達もそろそろ期末あるし勉強しないとね!」

「あっはは。懐かしー」


「懐かしい..?」


 やっべ。言葉選びを間違えた。


「そうだね..。早めに対策しないと!」

「え..?? リョウ君がそう言うのなんて珍しい..。

いつもテストの前日に一夜漬けで何とかするって言って、、」


「毎回赤点を取る..。

当時クラスで流行っていた漫画、は○らく細胞から取って、

ついたあだ名は赤血球。それとは対照的に、

お前みたいな成績優良児はマクロファージだったっけ..?」


 クソ。嫌な事思い出した。話を変えよー


「まぁでも、良かったな、その、、クイナ..。

偏差値70なんて、受験期の俺でも取れなかったよ」

「うん。本人が一番喜んでたよ。それに、リョウ君に言っといてだって、

『ありがとう』って。あの子、感情をあまり面に出さないだけで本当は

リョウ君にすごい感謝しているから。これからもよろしくって..」


「ふ、ふーん..」


 どうやらかなり俺の事を厚意にしてくれてたみたいだけど..。

やっぱり思い出せないな....。


 しかし話を聞く感じ、そのクイナという女性は俺らより年下で、

シズクのように頭脳明晰かつ、自分は彼女の家庭教師?みたいな真似を

していたと仮定しよう。


 そうとなればクイナが果たして何者か自ずと想像がついた。

というよりも今し方ようやく思い出した所だ。


「でも遅いなぁクイナ..。もう部活終わって帰宅してても良い頃合いなんだけど..」


 クイナは、シズクの妹だ。








 



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