file.12 虐待

実家までの道を秋人は歩いていた。父親からの呼び出しだ。家に着くと母親がオロオロしながら飛び出してきた。

「何してたの!?お父さん帰ってるわ。早く部屋に行きなさい」

せき立てられるようにして部屋に向かう。自室に入ると父親が秋人のベッドに腰掛けている。

「何だその格好は!?」

秋人はいつものようには着替えずこの時はグレーのモヘアニットに黒のジョガーパンツ。ニットの肩口には無数の安全ピンと白地にメッセージの書かれたグログランリボンが付いている。

「さっさと脱げ」

言われるままに衣服を脱いで跪く。

「最近変わったな。何を勘違いしてる」

苛立ちを隠さない様子のまま

「来なさい」

と声をかけるが秋人はじっと動かない。業を煮やした父親は大股で近付き秋人の腕を掴んで無理やり立たせる。

「お前はもうメス豚だ。メス豚だからこれは要らないだろ」

と身を翻し日本刀を取りだした。と思うと鞘から抜き下半身に切り掛かった。秋人は身を躱わし体勢の崩れた父親の腰を部屋の奥へ蹴り飛ばす。床に叩きつけられ呻いたが身を起こした父親は刀を構え直す。

緊迫した空気の中玄関のチャイムが鳴る。狂ったように鳴らされながら家の外からの声が聞こえてくる。

「秋人くーん!あーそーぼー」

珠莉の透明感ある声が響く。

(迎えに、来た……!?)

「おれ、行くね。迎えが来たんだ。もうあなたの言いなりにはならない」

「迎え?俺とお前は家族だぞ。他人が何になる。お前は俺だけのものだ!!」

激昂して父親は秋人に上段から切り掛かる。それを真剣白刃取りして刀を折る秋人。呆然として膝をつく父親。

「おれはおれ自身のものです」

手早く衣服を身につける秋人。スマホの録画画面を見せる。父親と秋人の行為が映っている。

「これであなたは終わりです」

折れた日本刀の刃先を壁に刺して部屋を出る。階段を降りると母親が頭を抱えて蹲っているのが見えた。それを横目に玄関を出た。

玄関から顔を見せた秋人を引っ張り出し珠莉は飛びつくようにハグした。

「間に合ったか」

諒介の安堵の声に被せるように

「大丈夫そうじゃないけど大丈夫?」

と胸の谷間に頭を埋めさせ労わる。

「……なぜ、来たんですか?」

秋人が尋ねる。二人は顔を見合わして

「呼ばれた気がして」


事務所に戻り秋人は訥々と語りだす。

「おれ虐待、それも性的なのを受けてたんです」

聞いて珠莉が目を瞠る。

「この顔の傷も、行為の準備ができてないっていう時にキレられて日本刀でスッパリと。正直いつ殺されるのかと思うと何も抵抗ができなくなって」


     *


それは母親への暴力から始まった。

警視正となり現場から離れた頃だったのか。家に来るのは愛人宅ゆえ月に2、3度だったがそれは苛烈を極め母親は病院送りになることもあった。

その頃から秋人への異常な干渉も始まる。母親の悪口を吹き込みながら「それに比べて秋人は可愛いな」と6歳だった秋人に女の子の服装を着せ可愛がった。

小学校に上がる頃には裸にさせて眺めたり性器や肛門にイタズラするようになった。幼稚園で性教育の時間プライベートゾーンについて教わった秋人は母親に相談してみた。母親は取り乱しながらようやくこう言った。

「お父さんは家族だからいいのよ」


一年も経たないうちに父親は一線を越え秋人への肛門性交に味をしめ、代わりに母親への暴力はおさまった。

第二次性徴期以降はまた別の方向で父親はおかしくなっていった。他人が秋人に関心を持つことが許せなくなり塾の講師、家庭教師にも続々と嫉妬から解雇した。秋人の顔が斬られたのもこの頃である。顔の傷を隠すという名目で前髪で顔を隠させたりもした。秋人の端正な顔で興味を持つ者を防ぐため美容師に事細かく注文も出した。


その反面秋人には有名高校、有名大学に入ることを強いて秋人は独学で合格を目指すことになる。ただ、成績さえ良ければ扱いがマシになり、監視の目が緩むので勉強自体は苦にならなかった。

大学は最高学府と父親の虚栄心を大いに満たして気が緩んだのか秋人のバイトにも気がついていなかった。秋人もそう仕向けていたからだった。


     *


「壮絶だな」

諒介がポツンと呟く。

「泣かなくてもいいんですよ……」

と秋人が珠莉を気遣う。珠莉は声も立てずに涙を流し続けている。

「ずっと諦めてたんです。けどここに来て皆さんに力をもらいました」

静かな口調で話す秋人に

「ここに、ずっとここにいたら良いよ」

「迷惑とか考えるなよ」

2人は引き止めるための言葉を精一杯口にする。秋人は首を振り

「あの人の怖さをわかってないんです」

そこで秋人のスマホが鳴る。

「出なくても……」

「いえ、家族の電話は着拒にしてるから大丈夫です。これは誰だろう」

しばらく思案し

「すいません。出ますね」

と断りを入れ秋人は電話に出る。

「はい。はい、そうです。……え。本当ですか?はい、わかりました。向かいます」

壁に向かって話していた秋人がゆっくりと振り向く。

「父が死にました。自死だそうです」

誰も言うべき言葉が浮かばずしばし沈黙が漂った。

「……なんで」

珠莉の震えた声に逆に静かで落ち着いた声で秋人が考えをまとめるようにゆっくりと答える。

「……父は警察現場という一種の暴力の場から離れた時に暴力衝動が抑えきれなくなったんだと思います。それを母やおれにぶつけてた。

形は性的虐待だったけどあれはなんというか性欲というより支配欲と攻撃欲を混ぜ合わせたものだったと思います。それをぶつけないことにはもう自身を人の形を保てなくなってたんじゃないかと」

荷物を集めて持って秋人は言う。

「警察に呼ばれてるんで行きます」

「送るぞ」

諒介が言うのに

「いえ、そうしたらきっと所長も先輩も待つでしょう。タクシーで行きます」

「じゃあ迎えに行くから連絡して」

と珠莉が声を掛けたが会釈だけで返事はなかった。


     *


秋人が去ってしばらくして珠莉が言う。

「秋人がね、今日事務所に寄って言うの、『ピンつけて……ください』って」

「え、あのジャラジャラの安全ピン付けたのお前さん?」

「そう、なんかあんなリメイク自分でできるのにわざわざ頼みに来るの初めてで。きっと何かあるんだろうなって。何かわからないけど、その何かから秋人を守ってくださいって思いながら付けたらあんなになったの」

珠莉は言いながら段々しゃくり上げて泣き始めた。

「それは強力なお守りになったな」

珠莉の頭を撫でながら諒介は慰める。


     *


後日ニュースで秋人の父親が切腹の上死にきれなかったのか首を斬り自死したことが報道された。

諒介のコネで母親は父の死亡宣告で乱心し息子にに切りかかろうとして逮捕されたが結局は閉鎖病棟に措置入院となったことがわかった。

秋人からは連絡が来ることはなかった。

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