File.04 浮気調査

「なんで今回もこいつと?」

珠莉の声が事務所に響き渡る。

「尾行だからカップルに見えていいだろ」

「カップルなら別に所長とでも」

「俺とだと目立つんだよ、パパ活とかに見えてもな。秋人なら歳も近いし服装の趣味も似てるし」

2人の会話を聞きながら秋人は思う。

(目立つのは2人とも相当な美人だからでは。その自覚がないんだなぁ)

「あと写真を物陰から撮ることにかけてはこいつの右に出る者はないだろ?」

「……それは確かに」

と素直に納得させられてしまう珠莉。それを見ながら

(ストーカーですから)

とドヤ顔になってしまう秋人。

「なぜドヤ顔!?」

憤る珠莉に諒介が驚きながら

「この厚い前髪でなぜ表情がわかるんだ!?」

「ドヤ顔の気配がする」


     *


仕方なく秋人を伴って尾行に出かける珠莉。今回は浮気調査で今日はスケジュール通りならターゲットの密会の日だ。

使うホテルも大体決まっているようで途中の諒介からの連絡で行き先が特定された。


「こんな近くからでバレないですかね?」

ホテルは路地裏にあるので路地も車一台通れるくらいのまぁまぁな細さ。

「そのためのカップル作戦なのだよ」

と得意げに珠莉が説明する。

「バレかけたら身を寄せて乳繰り合ってるカップルの擬装をしたらホテル街では風景に溶け込んじゃうわけ」

「本当にそんな上手くいきますか?」

「今のところは上手くいってるよ」

「パパ活カップルに?」

「え。ほんとにそんな風に見える?諒介も40なったからなー。若く見えるけどおじさんかー」

「パパ活は別として。実際本当にパパ、ていうか所長に父親に対してみたいな感情はあったりするんですか?」

「うーん、確かに18で施設を出てからはこの事務所にずっと住まわせてくれてるし保護者ではあるのかな。父親というものを知らないからよくわからないんだけど……来た!」


ターゲットの2人が通り過ぎるのが潜んでた路地から見え、間を置いて珠莉と秋人は後を追い始めた。幾つかのラブホテルを通り過ぎ目的地が目に入る。

突然2人が後ろを振り返り辺りを窺う素振りを見せた。一応は警戒をしているのだろう。

「今!カップルのふりして」

と珠莉がカップルの擬装を図ろうと声をかける。瞬時に秋人は珠莉の身体を近くの電信柱に押し付けTシャツをばっと捲り上げブラをずらして乳房を出す。

「ちょっと待っ……」

焦った珠莉の言葉を手で塞いで乳を吸ったり揉んだりし始めた。抵抗が抜けた頃手を外す。

「あっ、あぁん」

枷がなくなり漏れた声に秋人が唆す。

「もっと盛大に出していいんですよ。ほら」


ターゲットの2人はそれを見て警戒を解いて会話を交わす。

「なんか凄いのいたな」

「ホテルまで間に合わなかったのかも」

「ムラムラしてきた。急ご」

とくっついてラブホの中へ消えていった。

すかさず写真を撮る秋人。珠莉の体重を預かりながら器用としか言いようがない。

珠莉を半ば肩担ぎしながら二人を追ってラブホの中に入る。その頃には珠莉もどうにか自分の足で立つ。

「どうしよう。隣の部屋取られた」

「大丈夫ですよ。代わってもらうんで来てください」

彰人が珠莉の手を引いて歩き出す。どうするのかと疑問符で頭をいっぱいにしていた珠莉は素直に手を繋いだままついていく。


隣室の前に立ちその扉をノックする。反応はない。当たり前ともいえる。普通のホテルではなくラブホテルなのだから。構わずノックを続ける。すると程なく扉が開いた。

「なに?ルームサービスとか頼んでないけど」

バスローブ姿の男が頭だけ出して対応する。

その扉に身体を押し込んで秋人が室内に聞こえるような大きめな声で言った。

「霊が出るんです、この部屋」

「なんだ、それ?」

「霊が出るんです。通常は貸さないようにしてたんですけど何かの間違えでお貸ししてしまったようで」

戸惑った様子で男は室内を振り返る。女の様子を気にしている風がある。

「証明できます。中に入っても?」

一旦中に戻って帰ってきた男の了承を得て秋人と珠莉は室内に足を踏み入れる。そのままベッド側に近寄る。部屋の隅に女がバスローブとシーツを巻き付けて遠くからこちらの様子を窺っている。

「これです」

とベッド横の壁にかかっている絵を取り外す。裏返して一瞬固まる。

「どうした?お札とか貼ってんの?」

少し笑いを含んだ声で男が問うのにすーっと絵の裏を見せた。

「ぎゃっ!」

のぞき込んだ女の叫び声が聞こえた。男も絶句している。

絵の裏にはお札が貼られていた。それも一枚や二枚ではなく全面にびっしりと貼られそのお札のうち上の方の何枚かが剥がれかけている。

「これはいけない。剥がれかけている。また封印しないといけないので……お部屋変わっていただけませんか?」

男女は揃ってこくこくと頷き慌てて服を着て秋人から代わりの部屋のキーを受け取って出ていった。


それを確認し秋人は絵をベッドに置いてリュックから盗聴器、通称壁マイクと録音機を取り出し隣室の音を聞くためのセッティングを始める。

「どういうこと?この絵のこと知ってたの?」

震える声で珠莉が尋ねるのに秋人は

「そんなわけないでしょ。何もない絵に持ってきたお札を貼り付けて偽装するつもりだったんですよ。まさかそんなことになってるとは。びっくりですね」

と笑いかけてみる。

「この部屋本物なんだろ?反対側の部屋にしようよ」

必死の様子で言う珠莉ににべなく

「ダメです。もう始まりますよ」

「でも……」

と珠莉は目を潤ませ涙ぐみ秋人の傍から離れない。

「もしかしてホラーダメな人ですか?」

「ホラー映画とかは平気だけど本物はダメ……」

わざとらしく嘆息して秋人は

「仕方ないですね」

左手で音を聞きながら操作し右手で

「途中でしたからね」

と珠莉を抱き寄せる。

「エロはいらないんだよ……」

強がった様子で言いながらも珠莉は黙って身を預けている。

「せっかく抱き合ってるのにもったいないじゃないですか」

そう耳元で囁いた秋人に

「もういい、気が紛れるなら何でも」

と蚊が鳴くような声で応える。

「選ばせてあげますね。上と下どっちがいいです?」

少し逡巡して

「まだブラずらされたままなんだけど」

思わず吹き出して秋人は謝る。

「これはすみません。責任取って鎮めさせてもらいます。片手だけで申し訳ないですが」

向かい合ってた姿勢をバックハグの体勢にさせ胸元に手を伸ばしながら

「そうです。また膝貸しましょうか?」

返答は拳だった。



「なんかラブホテル堪能しちゃいましたね」

「してねーよ。怖い思いしただけじゃん」

帰り道もう怒る気力もなくげっそりしながら珠莉は言う。

「あとあーいう場面はキスのふりでいいだろ?実際に乳繰らなくていいんだよ。そう言う意味じゃないんだよ」

「だってキスはダメでしょう。好きな人とでなきゃ」

と意外にも真面目な口調で言われ

「わ、わからない。貞操観念あるのかないのかないのか」

と混乱しつつも

(こいつ私のこと好きじゃないのか?)

となんだか傷ついた気持ちになるのを頭を振って振り払った。


     *


「なに、また殴られてんの?」

事務所に戻ると諒介の呆れた声が2人を出迎えた。

事務所に戻るなり3階に駆け上がっていき恐怖で布団にくるまった珠莉を置いておき

「あー、これは完全にクロですね。いい証拠取れてるよ」

と音声データを諒介と秋人で確認する。

「なー、この音声喘ぎ声が2種類聞こえない?」

「提出できるように編集します」

(後で珠莉様のだけ抽出しとこ)

と思う秋人なのであった。

だが壁マイクで集音できるのはどこの音なのかを思い出すのはまた後の話……

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