43 登録完了

「とりあえず、エイビルムに向かう準備をしましょうか」


 そう提案したカヤさんは、身支度を始めることにしたらしい。

 玄関から戻って寝室とは別の部屋の扉を開き、その奥に踏み込んだ……かと思うと、ひょこりと扉のフチから顔を出し、こちらの顔色を伺っているように見える。


「どうかしたのか?」

「いや、ヨウハさんさえ良ければなんですが……」


 俺が返答を待っていると、カヤさんは何か迷うような様子で目線を泳がせ「やっぱり大丈夫です」と部屋の中へ消えていった。

 一体何を言おうとしたのだろうか。何か手伝えることがあったなら、遠慮なく言ってくれていいのだが……


 そんな風に思考を巡らせていたのも束の間。

 再び部屋の扉が開いて、背負い袋と杖を身につけたカヤさんが姿を現す。


「お待たせしました。行きましょう」

「……ああ」


 随分急いで準備してくれたのか、彼女は少し息を切らせて俺の前に立ち、ふんと鼻を鳴らしながら杖を握りしめた。

 ……彼女は一体、何を言いかけて止めたのだろう?


◆◇◆◇◆


 いつも通りの道順でエイビルムにたどり着き、いつも通りの冒険者ギルドを訪れ、私はこれまたいつも通りに……ギルド・・・マスターのいるカウンターに向かっています。

 もちろん今日はヨウハさんも一緒です。

 紹介状を渡してしばらく待っていると、カウンターの奥に引っ込んでいたギルドマスターが戻ってきて、ヨウハさんの前に立ちました。


「よし。これでお前は正真正銘、冒険者ギルドの一員になった」

「……ありがとう」

「一応、冒険者としてやっていく上での心構えについても伝えておくが――」


 残りは紹介状だけで、手続きはもうほとんど済んでいるとは聞いてはいましたが、こんなにも早く終わってしまうとは。

 昨日の夜に計画していた用事が、昼前に全部終わってしまいました。

 こうなると少し困るのは、残りの時間をどう使うかということです。


「――といった感じだ。基本的に常識的な行動を心掛けてくれれば、何も難しいことはない」

「承知した」

「俺から伝えられることはそれくらいだが、何か聞いておきたいことはあるか?」

「それなら、少し聞いておきたいのは――」


 当たり前ですが、少し前に比べれば現状は劇的に良くなっています。

 一度も魔物を相手にしたことがなかった状態から、数度の死線をくぐり抜けるような経験を積み、ヨウハさんが仲間になってくれたおかげで受けられる依頼の幅も大きく広がりました。

 もちろん、未だ金欠であることには変わりなく、今日食料品を買い足せば、貯金もほとんど無くなってしまうはずですが、それでも稼ぐ宛は増えたわけです。

 それでももちろん、マスターの言葉を忘れているわけではありません。


『どうしてもと言うのなら、仲間を最低でも一人、できるなら二、三人作るか雇え。討伐依頼を受けられるのはそれからだ』


 ヨウハさんと出会ったあの日、マスターに面と向かってかけられた言葉。

 砂浜のカニとツノイシの群れを相手取ってみたからでしょうか、流石に私も、討伐依頼の危険さについては身に染みて実感しています。

 私の杖は新しくなりましたし、ヨウハさんはマスターに認められるほど強いですが、それでも私たちはたった二人です。

 お互いに弱点を補い合い、気を配りあって戦うにも限界はあるでしょう。


 それでも、ヨウハさんとなら十分にやれるつもりではいますが……欲を言えば、たまに頼れる仲間があと一人……できるなら二人欲しいところです。


「――カヤさん?」

「あっ、はい。どうしました?」

「マスターとの話が終わったが、これからどうする?」


 なんと、気付けばそんなに経ってしまっていましたか。

 そう思って、マスターの方を向いてみると、彼はわざとらしくため息をついてしまいました。


「あのな。悩みがあるのか何なのか知らんが、冒険者としての心構えについてはお前も聞いておくべきだったと思うが?」

「ああ、すいません……でも、私だって心構えは身に沁みついてますよ!」

「ほう?」

「冒険者は可能な限り公共の益に奉仕し、各々の街の規範となるような振る舞いを心掛けること。ですよね、マスター!」

「まあ、その通りではあるんだが……」


 そこから言葉を先細らせたマスターが「お前の場合度が過ぎるんだよ……」とつぶやいたのを、私は聞き逃しませんでした。

 それについては……反省するべきなのでしょうか。難しいところですが、彼が私に聞かせるつもりでなかった言葉であることは確かです。

 耳がいいというのも、少し困りものですね……

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