40 青く輝く瞳の奥に
日暮れ前に急いでギルドに戻り、昼間とは違った入り口から冒険者ギルドに入る。
マスターと共に案内してくれた師匠さんに聞いてみると、夜になると向こうの受付は騒がしい酒場へと変わってしまうから、この時間に事務的な手続きが入り用なら、少し離れた隣の建物へ移って行うのが賢いやり方なのだとか。
そうして、ずいぶんと広い待合の奥に、これまた大きなカウンターの見える部屋の中。入って早々に、マスターは受付らしきカウンターの裏へと消えていき、数分もしないうちに紙束をもって戻ってきた。
近くにあった羽ペンを手に取って、受付のカウンター前で背中を折り曲げ、立ったまま紙束に何かを書き加えたところで、ふうと一息ついている。
「これで大方必要な書類は揃ったな。あとは紹介状だけだ」
「俺は特に何もしていないが、もういいのか?」
「面倒な事務仕事は全部任せちゃっていいのよ。そのためのギルド職員なんだから」
そういえば、この広間には昼間のマスターと同じような服装の人々の姿がちらほらと見える。カウンターの向こう側にある仕切りの奥からは微かな物音が響き続けているし、ギルド職員さんはそれなりの人数がいるのだろう。
「マスターが……ギルドマスター。マスターが……」
そうして俺も一息つき、張りつめていた緊張の糸を緩めたところで、カヤさんがなにかをぶつぶつと呟き続けている事に気が付いた。もしかすると、あの訓練場でのやり取り以来、ずっとこの様子だったのだろうか。ギルドに戻ると言われてからは集中してしまっていたせいで、気が付いていなかった。
「カヤさん、大丈夫か?」
「えっ!? あ、はい」
そうして声をかけてみるとわかったのだが、やはり彼女はずっと意識をどこかへやってしまっていたらしい。ある程度かいつまみながら手続きを終えたことを伝えると、ずいぶんと驚かれてしまった。
結局、マスターからもある程度の補足が入り、あとは紹介状さえあれば登録を終えられる事を聞くと、カヤさんもようやく平常心に戻ってくれたようだ。
「そういうことだから、今日はもう帰っていいぞ」
「なるほど。もう日も暮れかけてますし、武器屋はまた明日ですね……」
俺が頷くと、カヤさんは軽く顔を横に振って、俺に微笑みを向けてくれた。いくらか立てていた計画が狂ってしまったのかもしれないが、どうにか飲み込むことができたのだろう。
俺個人としても、今日という一日はずいぶんと充実したものであったように思える。
まだまだわからない事は多いが、それでも前に進んでいる実感はあるし、漠然とではあるものの、これから上手くやっていけるような気もしている。
そんなところで、俺が一人で満足感を味わっていたら、待合の隅にいた師匠さんが、荷物をまとめ始めている事に気が付いた。どうかしたのだろうか?
「じゃあ、私は一足先に発つとしますか」
「え、もうですか!?」
「今回はまだもった方でしょ? 私は忙しいんだから」
どうやら、そういうことらしい。朝の段階である程度聞いてはいたが、彼女には何らかの使命があるそうだ。詳しいことは教えてくれなかったが、様々な土地を渡り歩く必要があると言っていた。
そういうわけで、彼女は別れの挨拶もそこそこに、今すぐに街を出るつもりであるらしい。カヤさんが「せめてあと一晩だけ!」だとか「今回は旅の話も聞かせてくれて無いじゃないですか!」といった言葉で引き留めるのを見ていると、自然と笑みがこぼれてしまう。
おそらく、彼女らの間に割って入っていくのはよろしくないだろう。……なんて思っていたら、背後の方から視線を感じた。
「おい、そこのもじゃもじゃ」
「え、ああ……」
「こいつをもってけ」
マスターの声に振り向いてみると――――何かが放り投げられている!
「うわっと!? ……これは?」
「中を見てみろ」
どうにか受け止めて見てみれば、それは袋のようなものだとわかった。肩ひもも二つ付いている辺り、背負い袋の一種なのだろう。
言われた通りに、中を覗いてみれば茶色い何かが二つ見える。片方は衣類……というよりは防具だろうか。もう一つは重く、ベルトと一体になったホルスターのようだ。形からして、中に入っているのは、小さなまさかりかなにかだろうか?
「防刃性の高いインナーと、よく切れる手斧を見繕っておいた」
「……武器としても使えるか?」
「最低限な。あまり期待はするなよ」
試しに留め具を外し、ホルスターの中を指で広げて覗いてみると、鈍く輝く手斧が見えた。錆もなく、とても使い込まれているようには見えない。おそらくは、新品なのだろう。
「ありがとう。やっぱり、優しいんだな」
「言ってろ」
俺がお礼の一言を添えると、彼はすぐさま顔を背けてしまった。無表情を保とうとしているようだが、嬉しそうな声色だけは取り繕えなかったようだ。
「ヨウハさん!」
「……ああ!」
とはいえ、あまりからかうのも無粋だろう。たった今カヤさんにも呼ばれてしまったわけであるし、今日のところは切り良くここらでお別れしたほうがよさそうだ。
……だが、これくらいは最後に添えてもいいだろう。
「これから、よろしく頼む」
「……ふっ」
やはり彼は、表情を取り繕うのは得意でも、細かい感情を隠すのは苦手であるらしい。その口元は棒のように角度が付いていないし、険しい表情もそのままであるけれど――
彼のその、青く輝く瞳の奥に、確かな喜色が含まれていたように思えたのは、きっと気のせいではなかったのだろう。
***
空は薄暗くありながら、明るい光の灯る不思議な通り。
私も最近になって知ったのですが、夜のエイビルムを照らしているのは、古い魔道具の一種なのだそうです。町の中に魔物が出現したり、街中でむやみな魔法を使われたりしないよう、この土地の魔力の量を調整する役割を持っているのだとか。
結局、帰り道で私の隣を歩いているのはヨウハさんだけなわけですから、この町についての豆知識を披露しても良いのですが、それらはまたの機会にしましょう。今は他に、聞きたいことがあるのです。
「結局、マスターと何を話してたんですか?」
「ああ、いくらか手土産をもらった」
「食べ物ですか!?」
「……残念ながら、ただの装備だ」
「そうですか……」
一連のやり取りを終えてから、我ながら食い意地が張り過ぎていると反省します。気をつけたほうが良いとは思っているのですが、やっぱり私は感情を取り繕うのが苦手です。最も、下手に取り繕って会話を切り上げてしまうのも良くないとは思いますが……
「カヤさんは、何が好きなんだ?」
「私は……牛乳が好きですけど」
「どうかしたのか?」
いや、別に大したことではないのですが、また気になることが起きてしまいました。
「その、カヤさんって言い方、なんとかなりませんか?」
「え?」
「なんていうか……呼び捨ての方がしっくり来ます」
そう。仲間同士でさん付けするのが、なんとなくしっくり来ないのです。いや、別に本当に体したことではないんですが……ないんですけどね?
「だったらあなたも俺のことを、ただのヨウハと呼ぶべきじゃないか?」
「げっ……たしかに……」
言われてみればその通りです。というか自分で名付けておいて、最初からさん付けしていた私の方が重症かもしれません。
人に求めるならまず自分から。わかってはいることなのですが……自分の立場になると、やっぱり難しいのだとわかってしまいました。ちょっと反省です。
「ま、まあ、ひとまずは保留ということで」
「ふふ、そうだな」
そんな風にやり取りをしながら大通りを進んでいると、早いもので門が見えてきました。この時間になると、大きな門は人一人が通れる程度まで閉じてしまっていますし、少しだけ警備も厳しくなりますから、門番さんと話す必要がありそうです。
なんて考えていたら、前方からちょうど、門を抜けたばかりの人影が見えました。軽装で剣を携えた男性と、ゆったりとした黒いローブを身にまとった女性の二人組。門番さんとやり取りを交わす、その身なりには見覚えはありませんが……なんだか少しだけ妙な気がします。
「……どうかしたのか?」
「いや、そこの二人組、多分冒険者ですよね……?」
「おそらく、そうじゃないか?」
「ふむ……?」
違和感の正体を口にする前に二人組が近づいてきて、私は口をつぐみます。結局何を妙に思ったのか考えてみますが、やっぱり思い当たりません。というか、そんな調子でじろじろ眺めていたら、二人組の女性の方に一瞬睨まれてしまいました。
「まあ、いっか」
そうこうしているうちにすれ違い、お互いの姿が見えなくなったので、私は呟いて門へ進みます。ヨウハさんも気にしないことにしたようで、私に続いて来てくれました。
今日はもう遅いですから、少し急いで帰りましょう。
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