14 無いと思いたかった
冒険者ギルドの扉が開く。
入ってきたのは、銀髪で、四角い帽子を被った少女。
少女はギルド内を見渡すことすらせず、一直線に掲示板へ向かう。
いつものことだが、俺がここに立っている時間となると、彼女が受けられるような依頼は残っていないはずだ。
彼女は掲示板を一通り見終えると、俺のいるカウンターに向けて歩いてきた。
「あの、マスター」
「お前が一人で受けられる依頼なら、もう無いぞ」
既に貼り出しているのはもちろん、まだ確認中のものの中にも、彼女が一人で受けられるような依頼は無い。
「そうですか……」
俺がそう言うと、彼女も察したのか、そう呟いて黙ってしまった。
前のように俯いてはいないものの、少し落ち込んだ表情に見える。
彼女が黙っている間に、俺は改めてギルドの中を見渡した。
いつも通り、まばらに人は残っているが、俺に用がありそうな冒険者はいない。
少しくらい、喋っていても大丈夫だろう。
「まあ、そんな顔するな。この前の依頼はうまく行ったんだろ?」
「えっ? あっ、はい」
俺がそう言うと、少女は少し驚いたような表情になる。
俺から話題を振られるのが、珍しいからだろうか。
はっきり言って今の時間は退屈だ。
たまには話に付き合ってもらってもらおう。
「まさか魔物の死骸が流れ着いていたとはな」
「流れ着いてたのは死骸じゃありませんよ。生きているのを倒したんです」
「ハッ。お前一人で倒せるような魔物には見えなかったぞ?」
「それは……まあ、その……」
思わず少し笑ってしまったが、彼女の反応を見る限り、真っ向から戦って倒したというわけではないのだろう。
ギルドに運ばれた死骸は俺も見る機会があったが、とても彼女一人で倒せるような魔物には見えなかった。
その上、あのカニのような魔物の甲殻にはヒビが入り、大きな何かで甲殻を断たれたような傷もあった。
思うに、彼女の言葉は噓か、もしくはあの魔物が余程弱っていたかのどちらかだろう。
とは言え、俺も目の前の少女を不機嫌にしたいわけではない。
「まあでも結果的に、依頼主は大喜びだったらしいぞ」
「えっ? そうなんですか?」
俺がそう言うと、少女は少し嬉しそうな表情になる。
なんというか……やはり彼女はとても分かりやすい。
「ああ、依頼主が言うには、見たことがない魔物だったそうでな。これは素晴らしいモノだだとか、依頼を出してみて良かっただとか……まあとにかく喜んでいたそうだ」
俺がそう言うと、目の前の少女の表情は、かなり明るくなったように見える。
「そんなに……」
少女はそう呟いて、口元に笑みを浮かべた。
まあ、あの依頼主はその他にも、すぐに解剖しなければだとか、味も見ておいた方がいいだろうかだとか……まあ、色々なことを言っていたそうだが、その辺りは伝えなくてもいいだろう。
わざわざ喜んでいる彼女の邪魔をすることは無いし、彼女が喜びそうなことはまだ残っている。
「それにだ。もしかするとこれが一番嬉しいことかもしれないが、依頼主は追加報酬を支払うとも言っていたそうでな」
「うっ」
「実際に報酬はかなりの額になるそうだ。聞いた限りだと本来の二倍か、三倍にも届くそうで、お前も受け取ればしばらくは……うん?」
そこで気付いた。
追加報酬という言葉を聞いた瞬間から、少女が微妙な表情で固まっている。
「……どうした?」
まさかとは思う。
まさかとは思うが、嫌な予感がする。
「えーっと……実は今日はそのことで、マスターにお願いがあったんですけど……」
「……報酬の受け取りは別窓口だぞ」
一応、分かってはいるだろうが、言っておく。
正直に言えば、そういうお願いでは無いことも、俺は分かっている。
「そうじゃなくて……私、今回の依頼で杖を折ってしまったんですよね」
「……そうか」
見てみると、今日の彼女が右手に持っているのは、前に見た杖ではない。
柄は金属製で、杖の先についているのは角ではなく、控えめな大きさの青い石のようなものだ。
それが、金属でできた円盤のような台に載っている。
何となく察しそうになるが、そんな事はないと思いたい。
「それで、代わりの杖を探してたらこれを売ってる行商人さんを見つけて……」
「…………」
そんな事はないと思いたかった。
「お試しで触らせてもらったら、思ったより威力が出て、商品を壊してしまって……弁償はいいって、護衛の冒険者さんが言ってくれたんですけど、お詫びに杖を買い取ったら、お金が無くなっちゃいまして……」
「……結論を言ってくれ」
杖を買ったらお金が無くなった。
経緯は俺が思っていたよりはマシだったが、概ね想像通り。
問題は、それで何故俺にお願いができるのかということだ。
答えはすぐに、震える声の少女自身が教えてくれた。
「その………こないだ言っていた、パン屋の店番……紹介してください……っ」
「…………」
そのこないだ、俺の提案に力強く嫌だと返した少女はどこに行ったのか。
俺は額に指を当てながら、自分でも信じられないほど大きなため息を付いた。
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