第44話 清洲城に帰還

 三河からの帰り道、俺は疲れてはいたが充実した気分だった。

 一緒に来た丹羽長秀殿、藤吉郞、又左も良い顔をしている。


「しっかし、松平家はこれから大変じゃのう~」


 歩きながら藤吉郞が言う。

 又左が藤吉郞の話に乗る。


「ああ、銭がないらしいからな。一本立ちしたのにな」


「まったくじゃ! それにご正室と嫡男の竹千代様は駿府で人質じゃろ? 下手すれば殺されるぞ」


「気の毒なこった」


 俺も驚いたのだが、松平元康殿の正室と嫡男竹千代様は駿府で今川家の人質になっているのだ。

 よく考えれば当然のことだ。


 松平元康殿は今川家に出仕していて――実質は人質だが――駿府に住んでいた。

 当然、松平元康殿の妻子も駿府にいる。


 歴史では織田信長に色々言われて、徳川家康が妻子を処分するから、俺はてっきり三河の岡崎城にいるものだと思っていた。


 俺は横で馬に乗る丹羽長秀殿に話しかけた。


「ご正室とご嫡男も救出したいですね」


「いや、駿府であれば交渉をした方が良かろう」


 駿府は駿河国にある。

 尾張、三河、遠江、駿府の並びで、駿府は現在の静岡県の東、神奈川よりにあるのだ。

 救出作戦をやるには遠すぎる。


「とすると、こちらも人質を取りたいですね」


「うむ。そうだな」


「藤吉郞。城内に『つなぎ』は?」


「任せい! 下働きの者につなぎをつけてきたわい!」


「ありがとう!」


 今回の訪問で情報取得ルートが複数出来た。

 松平家の家臣、下働きと連絡を取るようにすれば、自然と今川家の対松平工作も知れるだろう。



 *



 清洲城に戻ると、すぐ殿に報告である。

 主に俺と丹羽長秀殿が報告を行う。

 特に盛らず、事実だけを殿に報告した。


 殿はジッと黙って聞いていたが、報告が終ると気難しげに吐きだした。


「うーむ……。竹千代は態度をハッキリせなんだか……」


 殿は好条件を提示したにも関わらず、松平元康殿が同盟に応じなかったことが不満なのだろう。

 だが、断られたわけではないのだ。

 慎重に検討したいというところなのだ。


 俺はすかさず殿にフォローを入れる。


「殿。松平元康殿の態度がハッキリしなかったのは仕方がございません。松平家の舵取りが難しいのですから」


 俺の言葉に殿がふうと息を吐く。


「そうよの。しかし、同盟は成るか? 正室と嫡男が駿府で人質になっているのであろう?」


 殿は松平元康殿に同情したのだろう。

 幼い頃、一緒に遊んだ記憶があるのだ。

 珍しく弱気な言葉が出た。


 俺は強く殿を後押しする。


「同盟は成ります! 今回、松平元康殿が今川家の岡崎城を奪い、念願の三河帰参を果たしました。駿府で人質になっているご正室とご嫡男が、今川家に斬られるお覚悟があるのでしょう」


「道理である。むう……、竹千代め……、そこまで腹をくくって、今川家から独立したということか……」


「左様でございます。今川家から織田家ほどの好条件は引き出せますまい。最終的に松平元康殿は織田家につくでしょう」


「うむ! わかった! ご苦労であった!」


「「「「ははっ!」」」」



 *



 十月下旬になった。

 織田領内では、秋の収穫が一段落。

 幸いなことに尾張は平年並みの収穫で、清洲城の勘定方は胸をなで下ろしていた。


 そして松平家から書状が届いた。


 重臣が広間に集まり、殿が書状を読む。


「竹千代が清洲に来る」


「「「「「えっ!?」」」」」


「竹千代自ら織田家を見て、同盟を組むか決めると書いてある」


 殿が脇息に腕をおく。

 殿からブワリと戦の前に似た覇気が立ち上る。


 殿の目が俺と丹羽長秀殿へ向かって吠えた。


「供応役は、爽太と五郎左!」


「「「ははっ!」」」


「費えを惜しむな! 竹千代を驚かせよ!」


 俺も俄然気合いが入った。

 さて、松平元康――徳川家康をもてなそう。

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