第30話 決着! 桶狭間の戦!(最終話:桶狭間編)

 ■作者より:いつもより長目の五千文字ちょいです。クライマックスなので切らずに掲載します■


 俺たち織田軍は、逃げる今川義元を追撃した。


 逃げる義元。

 追う織田軍。


 何度も突撃を敢行するが、今川義元を守る旗本たちも必死で主君を守り逃がす。

 突撃をする度に、双方の兵士は減っていく。


 織田軍は池田恒興殿が馬で走り回り、後方から兵を集めて補充してくれる。

 だが、兵士たちの疲労が色濃くなってきた。


 鍛え上げた浅見隊も体力の限界が近い。

 浅見隊は常に先陣を切って突撃を敢行したのだ。

 突撃する度に倒れる者が出て、今や十二人しか残っていない。


 体力的にも戦力的にも、そろそろ限界だ。

 勝ち戦からの追撃戦なので、士気の高さでカバーしているが……。


「かかれ!」


 殿の下知が響き、俺たちはやじりのような鋭い陣形で今川義元の旗本集団に突撃を敢行する。

 旗本集団も百人を切っている。

 だが、抵抗は頑強で今川義元はスルリと逃げた。


 確実に敵の兵数を減らしているが……。

 四回目の突撃は失敗に終った。


 ダメか!

 また届かない!


 俺は浅見隊を集めていて、ふと気が付いた。


「佐助はどうした?」


 小頭の弥平がキョロキョロと見回して答える。


「最初の戦の時はいましたが……。オイ! オマエは見たか?」


 弥平が浅見隊の一人に聞く。


「見てないですね……」


 他の者にも聞いたが、佐助を見ていないと言う。


「佐助を連れてくるんじゃなかったな……」


 俺は後悔して、ため息をついた。

 佐助はまだ子供だ。

 やはり戦場は、まだ無理だったのではないか?

 無理矢理にでも留守番させていた方が良かったのではないか?

 そんな思いが、俺の胸に溢れた。


 俺の曇った顔を見て、小頭の甚八が頭を下げる。


「兄貴スイマセン! 俺が面倒を見ていれば……」


「いや、この乱戦の最中に子守は出来ん。気にするな。それにまだ死んだとは限らん。はぐれただけかもしれん」


 それよりも今回の突撃で浅見隊は十人に減った。

 三十人いたのが十人だ。

 そして十人全員が疲れている。


 毎日、走らせ、筋トレをさせ、槍と刀を振らせ、食事をしっかり与えた。

 鍛えて作り上げた肉体が限界を迎えようとしている。


 浅見隊に同行している又左も疲れが見える。

 タフな男が肩で息をしているのだ。

 又左が羽織っていた青いアロハシャツは返り血で赤く染まり、朱槍からはどろりと血が垂れている。


 俺もヒドイ。

 槍はもう何回取り替えたか覚えていない。

 体のあちこちが痛い。

 槍で叩かれたり、刀で薄く切られたり、組み合いになり殴られたり蹴られたり。


 桶狭間で突撃し、追撃戦でも四回突撃したのだ。

 そりゃアチコチ怪我もするだろう。


 今いる場所もよくわからない。

 桶狭間からは離れた場所にいる。


 今の時間もよくわからない。

 桶狭間で戦端を開いてからどれくらい時間が経ったのだろう?

 数時間だと思うが……、長いような短いような……。

 時間の感覚が麻痺してしまった。


 俺が足軽たちをまとめていると、池田恒興殿が足軽を二十人ばかり引き連れて戻ってきた。

 二十人の足軽の顔を見たが、フレッシュとはとても言えない。

 全員、疲れている。


「浅見殿……。すまぬ……。これしか集められなかった」


 足軽の数が少ない上に、コンディションも悪いことを池田恒興殿は詫びた。

 だが、状況を考えれば仕方がない。


「池田殿! 忝い!」


 頭数が補充できただけマシだ。

 もう手持ちの札で勝負するしかない。


 俺と池田殿が話しているところに、殿が馬を寄せてきた。


「恒興、爽太。どう思う?」


 殿の顔にも疲れがにじんでいる。

 頬がゲッソリとして、目が落ちくぼんで見える。


 池田殿が声を絞り出す。


「もう、馬が保ちそうにありませぬ……。泡を吹いておりまする……」


 池田殿の馬は口の端から泡を吹いている。

 他の騎馬を見ても同様で、もう限界なのだろう。


「で……あるか……」


 殿がうつむき、深くため息をついた。

 疲れているのだ。

 追撃しても今川義元の首は無理だと思い始めている。


 ダメだ!

 ここで義元の首をとるのだ!


 史実でも織田信長は今川義元を桶狭間の戦で倒している!

 今は度重なる突撃で辛いが、結果は出せるはずだ!


 俺はキッと殿と池田殿をにらんだ。


「殿! 池田殿! お聞き下さい! 我らがキツイなら、敵はもっとキツイはずです!」


「むっ……」


「それはそうだが……」


 二人とも顔を上げて俺を見る。

 俺はにらみ殺す勢いで殿を見て、腹の底から声を出した。


「殿! ここで今川義元を討つのです! 討たねば……、今川は再び尾張に攻め込んできますぞ! 次も勝てると言えますか?」


「むう……」


「それは……」


 殿も池田殿も言葉に詰まる。


 俺も疲労のピークにある。

 シンドイ。今すぐ横になりたい。


 だが、今川義元をここで討たなければ、今川義元の再侵攻があるだろう。

 そして歴史が変わってしまう。

 歴史……。そう歴史……。

 俺の知る歴史が、頭の中でグルグルと回った。


 そうだ!

 俺の目の前にいるのは織田信長なのだ!

 天下人! 織田信長なのだ!

 俺がここで織田信長を天下人に押し上げるのだ!


 俺はグッと拳を握った。


「殿! 殿は天下を取るお人です! この戦は天下取りの一里塚でございます! ここで半端をしては、天下を取れませんぞ!」


「なにっ……!? 天下だと!?」


「浅見殿!? 何を!?」


 殿は目と口を開け、ポカンとした。

 池田殿も驚いている。


 俺にとっては当然の史実でも、織田信長本人にとっては意外な言葉だったのだろう。

 俺はありったけの力を言葉に込める。


「殿は天下を取ります! 天下人になります! さあ! お下知を! 今川義元を倒せと下知なさいませ!」


 俺の勢いに押されて殿と池田殿は言葉が出ない。

 俺たちの周りに群がる織田軍の兵士たちも何事かと聞き耳を立ててている。


 いつの間にか雹は止んでいた。

 雲を割って日の光が差し込み、俺と殿を照らした。


 殿がボウッとつぶやく。


「そうか……天下……天下か……」


「そうです。天下です。この戦は天下取りの一歩目です!」


「ふっ……大きゅう出たの……尾張の大うつけが天下取り……面白い!」


 殿の顔と声に生気が戻った。

 野心でギラついた織田信長らしい顔だ。


 殿は周囲の織田軍兵士たちに大声で下知した。

 織田全軍の視線が殿に集まる。


「みな聞け! これが最後じゃ! 義元の首をとる! 必ずじゃ!」


 殿の声には力があり、放った言葉には決意があった。

 義元の首を必ずとるのだと全ての将兵が奮い立った。


 小頭の弥平はブルリと武者震いをし、甚八は手にした槍をギュッと握った。


 殿が右手をさっと振り下ろす。


「突撃!」


「「「「「うおおおお!」」」」」


 織田軍全軍が一丸となって、今川軍の旗本集団に走り出した。

 陣形も何もない。

 馬も、人も、ただただ今川義元一人を目がけ一直線に走った。


 織田軍の少し前を退却する今川軍旗本集団は、俺たちの勢いを見て後続が足を止めた。


 池田殿が馬を巧みに操りスウッと前に出る。


「騎馬隊! ぶつかれ!」


 池田殿の下知。

 連戦で少なくなった騎馬隊が前に出て、今川軍旗本集団の後衛にぶつかった。

 文字通り馬が体当たりをしたのだ。


 鉄板に鉄球を叩きつけたような大きな音。

 次いで池田殿たちが馬から投げ出され宙を舞った。


「池田殿!」


「恒興!」


 池田殿は地面に叩きつけられた。

 だが、生きている。

 上体を起こし、俺に叫んだ。


「浅見殿! 行け!」


 池田殿たち騎馬隊の捨て身の攻撃で、今川軍旗本集団の後衛が割れた。

 馬が限界に達しているから、池田殿は馬を捨てる覚悟で決死の攻撃を実行し、今川軍に楔を打ち込んだのだ。


 俺は先頭を走りながら、大声で呼びかけた。


「浅見隊! 続け!」


 返事はない。

 全員疲労のピークで声が出ないのだ。


 その代り、又左、小頭の弥平と甚八が俺を追い抜き前へ出た。

 ブンと又左の朱槍が大きく水平に払われると、今川軍の旗本が吹き飛んだ。

 横から飛んできた武将が又左に組みつき二人はゴロゴロと地面を転がる。


 俺たちは又左の横を駆け抜ける。


 続いて弥平と甚八が突っ込む。

 二人とも槍を横にして敵兵を押し込む。

 二人は俺に道を作ったのだ。


「御大将!」


「兄貴!」


 二人の作った道を俺は駆ける。

 後ろから殿の声。


「行け! 爽太! 後ろは任せい!」


 俺は前だけに集中した。

 なぜか周りがゆっくり動いているように見えた。


(これは……!? ゾーンってヤツか!?)


 スポーツ選手が集中すると、まれにゾーンと呼ばれる状態になる。

 集中力が高まり、脳の情報処理力と肉体の実行力が大幅に上がるのだ。


 どうやら俺はゾーンに入ったらしい。

 周りのスピードが遅く感じる。

 自分の体が思い通りに素早く動く。

 八方眼とでもいうのだろうか、周囲の状況が上空から見ているように理解出来る。


 左から迫る立派な鎧を着た将を槍の石突きで押し倒し、右から刀を振りかぶる兵士の足を槍の穂先で切り裂く。


 一歩、二歩、三歩と進む。

 急速に今川義元に近づいている。


 クルリと槍を回し、左右の敵を弾き飛ばし、さらに前へ。


 ついに今川義元を捕えた。

 馬上の義元はデップリとした体格の良い男だった。

 マロのような間抜けな顔でもなければ、ゲームに出てくるイケメンでもない。


 いたって普通の小柄で太った中年男性に見えた。

 急いで逃げ続けたからだろう、鎧は身につけていなかった。


 だが、見た目に誤魔化されてはいけない。

 この男が東海一の弓取り今川義元だ。

 平凡な男であるわけがない。


 義元は俺を見て叫んだ。


「下郎が! 名乗れ!」


 義元の言葉は時間稼ぎに俺は感じた。


「ヤアッ!」


 ゆっくりと流れる時間の中で、俺は義元の叫びを無視し槍を突き出した。

 義元は体をひねって槍をかわす。

 義元の脇の下を俺の槍が通過し、義元が俺の槍をガッチリ掴んだ。


「フッ……」


 俺の集中は切れない。

 俺は短く息を吐くと同時に槍を手放し、一歩踏み込む。


 目の前に義元の腰に差した刀があった。

 俺は義元の刀の鞘に左手を添え、右手で素早く刀を抜いた。


 抜いた刀が日を反射してギラリと光る。

 俺は刀を真っ直ぐに突き出す。


「ああ!」


 義元の叫び声。


 俺の突き出した刀は義元の腹に深く刺さった。

 俺は動きの止まった義元を馬から引きずり下ろし地面に叩きつける。

 刀を腹から引き抜き、首に突き刺した。


「ググッ……」


 くぐもった声が喉から漏れ、義元の目から光が失われた。


(倒した! 義元を倒した!)


 俺の全身から喜びと興奮が溢れ出た。

 俺は体の奥底から湧き出た興奮のまま、両手を突き上げて叫んだ。


「今川義元ぉー! 浅見爽太が討ち取ったぁー! 義元を倒したぞ! やったぞ!」


「うおおお! 兄貴! やったー!」


「御大将! やりましたね!」


「爽太! やりやがったな!」


 小頭の甚八、弥平、そして又左が駆け寄ってきた。

 俺たちは抱き合って喜ぶ。


 周囲の今川軍は茫然自失で、座り込んでしまう者もいた。

 今川義元を駿河に帰す――それだけが今川軍の支えだったのだろう。


 徒歩の池田殿がヨロヨロと近づいて来た。


「浅見殿!」


「池田殿! ご無事で!」


「ご苦労様でした。よう、やりなさった!」


「池田殿が馬を潰して、隙間を作ってくれたからです。感謝を!」


 池田殿は、フッと笑った。


「爽太! ようやった!」


「殿!」


 殿が馬に乗りやって来た。

 殿は馬から降りると、俺を力強く抱いた。


「ようやった! 本当にようやった!」


 殿の声が震えていた。


 俺は織田信長に感謝をされて満足だった。


「殿! 勝ち鬨です!」


「うむ! 皆の者! 織田家の勝ちじゃ! えいえいおう!」


 織田軍の勝ち鬨が響き渡った。



 *



 田楽窪――俺たちが今川義元を倒した場所は、田楽窪という場所らしい。

 地元出身の足軽がいて教えてくれた。


 戦が終り今川軍は散り散りになって逃げた。

 俺たち織田軍は精も根も尽き果て、逃げる今川軍を追いかける余力はなかった。


 今川義元の遺体を馬の背に乗せて、俺たちは足を引きずるようにして来た道を戻った。

 勝ち戦であったこと、敵の大将今川義元を討ち取ったことが俺たちを支え、何とか足を動かした。


 桶狭間に戻ってくると、農民たちが戦場の片付けをしていた。


「ほれ! その槍はこっちへ持って来い!」


 農民に指示を出しいてるのは……藤吉郎だ!

 藤吉郎のそばに佐助もいる!


「あいつら生きていたのか! オイ! 藤吉郎! 佐助!」


 俺が大きな声で呼びかけ手を振ると、藤吉郎がこちらを向いた。


「うん? おお! 殿!」


 藤吉郎が一目散に駆けて来る。

 殿の前に来ると大げさな身振り手振りを交えて話しをする。


「サル! 生きておったか!」


「はい! はぐれてしまいましたので、戦場の片付けをしながら殿のお帰りをお待ちしておりました。ささ! 水と食い物を用意しておきました!」


「ふっ……大儀!」


 藤吉郎は近隣の村人を動員して、戦場の片付けをさせながら、村人に炊き出しをさせていた。

 俺たちは水と食い物にありつけて大喜びだ。


 水を飲み、握り飯を食べていると佐助が近寄ってきた。


「大将! 凄いね! 敵の大将を倒したんだろ!」


「ああ、又左や弥平……、池田殿や甚八……、みんなが力を貸してくれた」


「スゲエや!」


「佐助は生き残ったな。良かった」


「へへへ……」


 俺たちは一休みをすると清洲城へ帰ることにした。


『とにかくクタクタで家に帰りたい』


 みんなそんな風に思っているのだろう。

 清洲城より近い砦もあったが、清洲城帰還に異議を唱える者はいなかった。


 出発しようとすると藤吉郎が浅見隊にあれこれと指示を出し始めた。


「浅見隊はこれを担げ! オマエさんは、これじゃ!」


 縄で縛られた槍や刀の束を、浅見隊の隊員に背負わせている。

 戦場で拾い集めた物だ。


「村の衆に食事代を払わねばならん。この槍や刀を持って帰って売るんじゃ!」


 藤吉郎のヤツ……しっかりしているな、と俺は感心した。


「何せ浅見隊にツケておるからのう」


 藤吉郎がとんでもないことを言いやがった!

 俺は驚いて藤吉郎に問う。


「おい!? 俺の払いなのかよ!?」


「おう! そうじゃ! 爽太は浅見隊の大将じゃろが! 払いは大将に決まっておろう!」


「うおおお……いくらになるんだよ!」


「わはははは! 細いことを気にするな! ほれ、爽太はこの槍の束を担げ!」


 俺が頭を抱えると、殿と池田殿がゲラゲラ笑いながら礼を述べた。


「爽太! 馳走感謝!」


「浅見殿! ご馳走になった!」


 他の隊の兵士も『浅見様! ご馳走様です!』と声を掛けてくる。


「まあ、勝ったからな! メシくらい奢ってやるよ!」


「「「「「わーはっはっはっ!」」」」」


 こうして桶狭間の戦は終った。


 俺たちは今川軍の侵攻を食い止め、今川義元を倒した。


 最後は、殿も、池田殿も、又左も、藤吉郎も、佐助も、浅見隊も、そして俺も、みんな笑顔だった。


 ―― 桶狭間編 完 ――


 ■―― 作者より ――■


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