山奥に転移したのでモフモフしながら治癒して過ごします

はるのはるか

第1話 異世界転移

 気がつくと、そこは森の中だった。


 ついさっきまで大学で講義を受けていて、居眠りをしていた。


 夢……そう思えば妙に納得できるが、それにしても現実感が尋常ではない。


 なにしろ夢を見ていてそれを「夢だ」と認識できないだろう。


 ──ガサガサッ


 草むらが物音を立て、そこから犬が姿を見せた。


 いやそれにしては少し大きいか。


 真っ白い毛並みはさながらシベリアンハスキーのようだが、やはりデカい。


 すると、その犬らしき動物が口に咥えて引き摺るように、もう一匹も草むらから姿を見せた。


 そちらはもっと大きく、毛並みもモッサモサとしている。


「くぅぅん………」


 小さい方が鳴きながらペロペロと大きい方を気にかけているのが見える。


 よく見れば、大きい方はぐったりと横たわり血を流していた。


「……そいつ、怪我してるのか?」


 近づいて声をかけると、俺に気がついたのか途端に警戒し出した。


「グルルルッ……」


 低いうねり声をあげ、今にも襲って来そうなほどだがしかし、向かってくることはなかった。


 怪我をしている方の元から決して離れないという意志を、この動物から感じ取れた。


「大丈夫だ。何もしない……だから、そっちの奴の様子を見させてくれるか?」


 手のひらを差し出し、危害を加えないという意志を相手に伝える。


 ゆっくりと俺の手に鼻を近づけて来て、軽く匂いを嗅ぐとすぐにペロペロと舐めだした。


「ごめんな。いきなり話しかけられて怖かったよな」


 優しく頭を撫でてやると、気を許してくれたようでリラックスした表情を見せた。


 横たわる大きい方の彼の元まで来て、怪我をしている箇所を確認してみる。


 地面とで隠れてあまり見えないが、腹部から出血しているように見える。


「グル………」


 まだ意識があるのか、半目開けた状態で俺を見ている。


 どうにかしてやりたいが、今ここに即時治療できる道具なんて一つもない。


「大丈夫……大丈夫だ、俺が何とかしてやるからな」


 意識を失いかけている傍らで、俺は彼の顔に優しく手を添えて必死に熟考する。


 どうにかして救う方法がないか、何でもいい、何かあれば──


 その時、不意に彼のお腹に置いている自らの手元に視線を向けた。


 手のひらを覗いてみると、光り輝いていた。


「なっ、何だこれ!?」


 顔に添えている手のひらも光っており、両手がゴッドハンドの如くなっている。


 光る手のひらをまじまじと見ていると、小さい方の彼が俺の手を咥えて大きい方の彼の身体に押し当てた。


「触れていろってことか……?」


 もう片方の手もモフモフした身体に添えて、じっと様子を窺っていた。


 時間にして、僅か6、7秒くらい当てていた。


 すると、目を閉じていた大きい方の彼が徐ろに意識を取り戻した。


 俺は彼から少し離れ、彼は横たわっていた状態から起き上がった。


 負っていたはずの傷はどこにもなく、付着した血だけが残っている。


「……デカすぎだろ」


 とても犬とは比較にできないほどの体長で、例えるならばホッキョクグマだろうか。


 なんと言う動物か、ますます皆目見当もつかない。


「──ありがとう。まさか人間に助けられるとは……」


「あっ……会話できるのか」


 声は美しい女性のもののようだ。


 彼ではなく彼女だった。


「いや良いんだ、元気になったんなら良かったよ。俺が何をしたか分からないが、結果良ければ全て良しだ」


 自分が今動物と言葉を介して会話していることに物凄い違和感を覚えながらも、何とか単語一つ一つを繋ぎ合わせて喋った。


「大きな借りができた。何か形にして礼をしたい」


「あー……ほんと、礼なんて要らないからさ。そんなもん貰ったらバチが当たりそうだ。これからは気をつけろよ」


 格好付けながら二匹から背を向けて歩き出した。


 とりあえずこの場から離れるべき、そう思った。


「まっ……待って!」


 背後から一瞬強い風が吹き荒れた次の瞬間、ふわりとした感触が背中全体に伝わってきた。


「お願い、何でもいいから。お礼をさせてほしいの」


 これは……後ろから抱きつかれているのだろうか?


 いや、というかなぜ人の姿に……


 背中に当たっている柔らかい感触はもしや……


 様々な思考が行き交う中、とてもいい匂いが鼻腔をくすぐってくる。


「わ……分かったから、とりあえず離れてくれないか」


 抱きつきから解放され、後ろを振り返ると、そこには白銀色の長い髪の毛をもった美女がいた。


「その姿は……」


「人化しただけだよ。正真正銘、さっきの怪我をしていたシルバーヴォルフだ」


 確かに声は先ほどのものと全く変わらない。


 その代わり外見は全くの別物だ。


「シルバーヴォルフ……?聞いたことない動物の名前だ」


「それはもちろん、私たちは動物ではないからだよ。人間は私たちのことを総称して魔物と呼んでいる」


「魔物……。すまん、多分だけどここは俺のいた世界じゃないように思うんだ。だから知らないんだと思う」


 ここが元いた地球のどこかではないことは既に何となく分かっていた。


 魔物なんてのはファンタジー世界に出てくるような生き物だ。


「別世界の人間ってことかな……?なるほど、だから私を助けてくれたわけだ。そうとなれば帰る場所もないでしょ。ちょうど礼ができる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る