第20話 妹の証言

 堤たちが島田明子の自宅を訪れると明子は家にいた。表札には夫の良介と明子の名前しかない。子供は独立する歳でもないので、二人の間にできなかったのだろう。

 突然の刑事の来訪に驚いたものの、明子は二人を家の中に上げてくれた。

 立川に、また色々と聞かれるのかと思うと気が滅入り、電話に出るのをためらってしまったらしい。


「それで、兄のこととは、どういう――」


 他人の顔色を伺い慣れている女の顔だった。テナガザルだが目立つほどの手の長さではない。


「最後にお兄さんに会われたのはいつですか?」


 堤は彼女の問いには答えずに質問した。明子は不安な様子のまま答えた。


「ええと、そうですね。もう三ヶ月ほど前になりますけど。一月に会ったきりです。兄が何か?」


 堤は無視して続けた。


「要件は何だったんですか?」

「え?」

「お兄さんから会いたいと言われたんじゃないんですか? それともあなたが会いたいと言ったんですか?」

「あ、それは――。兄からある人を紹介してほしいと言われて。それで――」

「ある人とは誰ですか?」

「そ、それは――」


 明子は泣くまいと耐えているのか、顔を歪ませながら答えた。


「三千代さんです。そうです。兄に、三千代さんを紹介してほしいと頼まれたんです。私は三千代さんとは、その――。ちょっと前に、何というか――」


 明子が、どこまで話したものか思案しながら話しているのが、堤たちにはバレバレだった。


「あの、そのときには、もうすっかり疎遠になっていましたし、断ったんですけど。兄は言い出したら聞かなくて、その、怒らせると怖い人なので――」

「結局、紹介したんですね」

「はい、ある方に頼んで。それで兄と一緒に三千代さんに会いに行きました」

「日にちは覚えていますか?」

「はい、手帳を見れば――」


 明子はバッグの中から、企業が年末の挨拶で配るような小さな手帳を取り出した。


「一月十八日の月曜日です。兄も私も平日動けるものですから」

「どういうお話をされたんですか?」

「え?」

「三千代さんと何のお話をされたんです?」

「それは――」

「我々は三千代さんが亡くなった事件の捜査をしているんです。いいですか――」

「すみません。本当にすみませんでした」


 明子が突然泣き出した。落ちたな――。


「兄は三千代さんに借金の申し入れをしたんです。私が簡単にお金を借りたもんですから。それを親から聞いて、自分も借りたいと言い出して。私は散々返済が遅れ、最後には親のなけなしの年金をもらって、やっとのことで彼女に返済したんです。もう二度と三千代さんの顔は見たくなかったんですけど。兄には逆らえなくて――」


 佐藤から暴力を振るわれたことがあったのかもしれない。


「兄は、三千代さんの前では大人しくしていました。どうしてもお金が必要だと言って、三千代さんに縋り付かんばかりでした。三千代さんは、近寄らせたりしませんでしたけど。その代わり、『どれだけ欲しいのか見せてみろ』と。『床に額を擦り付けて土下座してみろ』と言ったんです」


 たいした元お嬢様だ。子爵の家柄の獣人がやることではないだろう。


「ああ、また始まったと思いました。三千代さんは自分が上に立っていることを実感しないと気が済まないんです。ただ、あまり無茶なことを言われると兄は辛抱がききませんから、部屋の中で暴れ出したりしないかとヒヤヒヤしました」

「それで、お金は借りられたんですか?」

「それが、ええ。貸してくれたんです。その場で三十万を兄に渡していました。最初から貸す気だったんじゃないかと思います」


 三千代にしてみれば三十万は端金なのか。いたぶれる相手ができたと思えば安いものだったのか……。


「その日はお金を借りただけですか?」

「はい。兄がお金を受け取って、そのまま三千代さんの家を出たところで別れました」

「それっきりお兄さんとは会っていないんですね?」


 堤に睨まれると、明子はあっさり白状した。


「すみません。十一日の夕方に突然訪ねてきました。お金を貸してくれと」


 明子はそう言うと、また少し泣いた。


「私はそんな余裕ないって断ったんですけど。私が出さないと夫の職場に行くと言いだして。仕方なく一万円だけ渡しました」

「それは十一日の何時ごろですか?」

「夕飯を作り始める前だったので、五時か五時半頃だと思います」

「それ以降は本当に会っていないんですね」

「はい、本当に会っていません」

「電話は?」

「電話もありません」

「そうですか」

「すみません。本当にすみませんでした。三千代さんのニュースを見たときに、もしかしたら兄がって、一瞬思ったんです。でも、三千代さんからお金を借りている人はたくさんいたので――。それでも、同じ日に兄が会いにきたことがやっぱり気になって。嫌な予感がしたというか。胸騒ぎが収まらなくて。本当にすみません」


 明子は最後に「すみません」と絞り出すように言って、また少し泣いた。


「他にも思い出したことがあったら我々に知らせてください。おい」

「はい。こちらにお願いします」


 立川が名刺を差し出した。

 明子が佐藤と一緒に三千代に会ったのは、一月の一回だけなのだろう。

 それ以降、佐藤は二回三千代を訪ねているのだが、とても返済のために訪れたとは考えにくい。いったい三千代からいくら借りたのか。

 堤たちは、鼻を啜る明子と玄関先で別れた。

 念の為、明子の自宅周辺でも聞き込みをしたが、佐藤を見かけた人物はいなかった。

 立川が、ここでの仕事は終わりだな、という顔で気を緩ませている。

 堤は不意に頭に浮かんだことをボソッとつぶやいた。


「そういや、今日の十三時から告別式だったな」

「え? 参列するんですか?」

「――まあな」

「主任らしいですね。じゃあ、途中で香典袋を買うためにコンビニにでも寄りますか」

「ああ」

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